第5話 腐れ縁の友
それ以来、彰人は葉月のアパートへちょくちょく通うようになっていた。気が合うと言うか、彼は二歳年上の葉月と過ごす時間が心地良かったのだ。
彼女もまんざらではないらしく、訪れる彰人を迎え入れていた。いや、彼が来るのを心待ちにしていると表現した方が正しいのかもしれない。
「葉月さん、これは好きでしょうか」
「アナゴの蒲焼き? 大好物よ」
急な海洋葬を和也にお願いしたのが、親同士の連絡網で両親と兄夫婦にすっかりバレていた彰人。たまたま実家に顔を出したら、どんな関係なのかと問い詰められてしまった。
関係を問われても、彰人には尊敬できる女性としか言いようがなかった。両親と兄夫婦が恋愛音痴の
兄嫁が気味悪いほどニコニコしながら彰人に手渡したのが、たまたま日替わり定食にしていたアナゴの蒲焼きだったという落ち。進展があったらお義姉さんに報告しなさいよと顔に書いてあった。
「彰人君の実家、定食屋さんだったわよね。お店の名前はなんていうの?」
「お袋亭って言います。ビジネス街にあるんで昼はめちゃくちゃ忙しいけど、土日祝祭日はお休みなんですよ」
ならば二人の間に進展があったのかと言えば、そのまんまだったりする。端から見ればじれったい話しだが、友達以上から恋人未満の関係を二人はむしろ楽しんでいるようにも見える。
「葉月さん、自殺したりしませんよね?」
不意に彰人が、そんな事をポツリと言った。メモ帳の最後にあった
彼女は改まった顔でそうねと言い、彰人から視線を逸らした。その先には故人の位牌と在りし日の写真が置かれている。
母は一人娘で祖父母は既に他界しており、遠い親戚もいるにはいるが今の葉月は天涯孤独に等しい。
自分が死んだところで泣いてくれる人なんかいないだろうと、彼女はそう思っていた。つい最近までは。
「彰人君が海に連れ出してくれなかったら……」
「くれなかったら?」
「母さんの所へ行ってたかもね。あ、私の所に通ってるの、もしかして安否確認?」
「そうですよ、だって葉月さんは俺の大事な人ですから」
君は真顔でよくもまああっけらかんとと、葉月は呆れを通り越して笑い出した。俺何か変なこと言いましたかと、当の本人は首を捻っているが。
葉月は彰人を好ましい男子と認めているが年上だし不倫の件もあるし、せめて岡崎よりも早く出会えていたらと想いを巡らせる。キレイな体であったなら、年上でも告白できたかしらと。
翌日、ところ変わってここは居酒屋虎の穴。
和也と同じく小学校からの腐れ縁で、運動音痴だった堀井純一の経営するお店。カウンター席に和也と座り、取りあえず生ビールを大ジョッキで。
葉月からアルバイトの面接で遅くなると着信があり、時間調整で立ち寄ったところに和也と鉢合わせた次第。
「へぇ、彰人はプラトニックラブなんだ」
「ちょっと待てよ和也、それは恋人同士が清い交際をするって意味だろ? 俺たちそういう関係じゃないし」
「じゃあ頻繁に会いに行って酒飲んで
彰人はカウンターに頬杖をつき、しばし考え込んだ。おいおい考え込むことかと、カウンター越しに顔を見合わせる和也と純一。
「あの人は俺にちゃんと向き合ってくれた恩人でさ、抱き締めるとかキスとか考えた事もなかった。あの落ち着ける空間を、壊したくないんだよな」
交際を求めたら壊れそうな、あの部屋に行けなくなるような、そんな気がして今の距離を保ちたいと彰人は正直に言う。
二人にお通しを置いた純一が額に手をやり、和也が顔に手を当てていた。相変わらずだなと。
「今だからこそ聞くけどお前さ、三年連続で清美ちゃんと綾子ちゃんからバレンタインチョコもらったろう。それが本命か義理かちゃんと見極めたか」
「見極めなきゃいけなかったのか?」
このニブチンがと、問いかけた純一がまな板にあったキャベツに出刃包丁をグサリと刺した。この唐変木がと、和也がビールジョッキを手放し頭を抱える。
憧れの的だった美少女二人が配ったチョコレートの数はそう多くない。暗い高校時代を過ごした彰人だが、本人が分かっていないだけで小中時代は結構モテたのを腐れ縁の二人は知っている。
「電子回路図ばっかり見てないで、女心も見ろよ」
「いや純一、電子回路図は芸術だぞ」
そこじゃねえよと、純一の手元からダンという音が聞こえた。斬撃という名の物理攻撃により、キャベツのダメージがまた増えている。
女性を見る目のベクトルが普通の男子と違うのは分かっていた和也と純一。だがこのままでは、こいつ一生独身を貫くのではないかと心配もしていた。
「和也、彰人のお相手さんはどんなタイプなんだい?」
「小柄な美人さんだよ。タイプはそうだな……、保健室の先生みたいな雰囲気」
純一がふうんと言い、和也と一緒に彰人へ流し目を送る。酒の肴にしてやるからこの店に連れてこいと。
そうは言いつつも二人の仲を進展させようと、和也も純一もやる気満々であった。余計なお節介にならなきゃ良いが。
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