第10話 生存者たち
こうなったのは本当に突然の事だった。娘の誕生日プレゼントを買いに休日に近くのショッピングモールにお出かけする。たったそれだけの事だったのに、一体どうしてこうなってしまったのか。
最初は風邪を引いた長女のために延期するつもりだった。だが優しい長女は妹のために自分だけ家に残ると言ってくれた。よほど今日の事を楽しみにしていた末の娘の落ち込み様がこたえたらしく、自分は家で留守番しているからと言ってくれたのだ。私たちはそんな長女の言葉に甘えて末の娘の誕生日プレゼント選びにショッピングモールに出かけた。最近テレビで報道されていた事態が、自分たちに降りかかるとも知らずに。
始まりは突然だった。一階で昼食を食べ終え、2階のおもちゃ売り場に向かっていた時だ。ちょうどエスカレーターを降りてすぐに一階から甲高い女性の悲鳴が聞こえて来た。最初は何かの撮影かと思った。最近は若い人を中心に動画投稿が流行っているせいか、無許可でこういうドッキリ的なことをやる者が増えていたからだ。だが、すぐにそれがそんな雰囲気ではないことに気が付いた。悲鳴が鳴りやまなかったのだ。1人2人じゃなく、10人20人と、そこら中から男女子供や老人も関係なく色々な悲鳴が聞こえて来るなんて言うのは、海外ではともかく日本の動画投稿者がやるにしては規模が大きすぎる。
何が何だか全く分からなかった。ただとにかく頭の中に逃げなければという気持ちだけがいっぱいになって、娘を抱きかかえて妻の手を引き、そこからは無我夢中で走った。このショッピングモールは横に長いから、悲鳴から遠くに離れさえすれば一階に降りてそこから外に出られるかもしれない。そう思った。
けれどそれは間違いだった。元々の場所から離れてゲームコーナーのある方に来てみれば、なんと1階が血の海になっていたんだ。その中でゆらゆらと不気味に揺れている血まみれの人たち。恐ろしかったよ。まるで何の感情もないみたいな感じで、ただ前を見てボーっとしているんだ。焦点が合っていないというのかな。とにかく気味が悪い光景だった。
僕はそれを見て、話しかけるべきじゃない、もしかしたら薬か何かを使ってこの事態を引き起こした人たちかも知れないとそう思ったんだが遅かった。隣にいた妻が下に居た人たちに向かって「助けて!」と叫んでしまったんだ。妻の声が聞こえた瞬間、あいつらは一斉にこっちを見た。血走った目と口周りについている何かの肉の破片。かすれたような間延びする声。妻の顔を見ると、顔面蒼白と言った感じで歯が震えでカチカチと音を鳴らしていた。
そこからはまた無我夢中で走った。妻の手を取って夢中で。だってさっき声をかけてしまったばかりに奴らがエスカレーターに群がって行くのが見えたから。ここから一番近い場所は突き当りのゲームコーナーと小さい雑貨屋やお菓子売り場。それからちょっと変わったパーティー用の服なんかを売っている店。だけどこの中で隠れられそうなのは突き当りに有ったゲームコーナーだけだった。どんどんどんどん奥に進んで、隠れられる場所が無いか探した。するとコインゲームの台の近くに店員さんが居るのが見えたんだ。
店員さんは僕たちが必死の形相で走って来るのを見て、一体どうしたのかと質問してきた。その時は館内放送のBGMやそれぞれのお店から出る音でゾンビ共から音で特定されるという事が無かったから、ゲームコーナーにゾンビも来ていなかったし、各台から出る音が大きくて悲鳴なんかは聞こえてないらしかった。
店員さんに説明すると、やはり当然のように彼は僕たちを疑いの目で見て来た。当然だ、いきなり口の周りに肉の破片をくっつけたゾンビみたいなやつらが人を襲ってるなんて言われて信じるはずがない。だがあまりの私たちの必死の様相に多少は信じてくれたらしく、自分が行ってちょっと様子を見てくるからとりあえずカウンターの奥の控室に居てくれと案内してくれた。もちろん止めたさ。あんなおぞましいゾンビのような奴らを見に行くだなんて危険すぎるからね。しかしそれでも彼は見に行くと言って聞かず、その結果あのゾンビよりももっと恐ろしい化け物になってしまったんだ。
「僕の話はこんな所だ。まずは自己紹介させてくれ、僕の名前は上空隼人、それでさっき話に出て来た妻が彼女、上空蜜葉。それから末の娘の上空ひまりだ」
「そうか。俺は金芝、金芝氷雨だ。よろしく」
上空父に差し出された手を握り返してよろしくと伝える。実際にはあまりよろしくするつもりは無いが、助けてもらった恩もあったので握手に応じることにした。
それにしても上空か、少年と同じ苗字だが……。
「それとさっきは助かった。危うく死ぬところだった」
「ははは、さっきも言ったけど。困ったときはお互い様だよ」
「こんな非常時でもそう言うことが言えるなんて、あんた相当のお人よしだな。それで、あんた達以外にもここに生存者は居るのか?」
「ああ、一応昼時でお客さんも少なかったから後は従業員の女の子と店長さんが居る」
「そうか」
人数は俺を含めて6人。うち一人は子供だし、父親が抱えればいいので5人としても、この人数であの化け物と対峙しつつゾンビの処理までして突破するのは難しい。最悪目的さえ果たせればいいのだが、この夫婦とちっこいのは本当に少年の両親と妹なのかどうかは先に確認しなければならない。
「ところで当然なんだが、上空スバルという名前に心当たりは無いか?」
そう言った瞬間、夫婦の目が目一杯に見開かれた。やはり知っている名前らしい。
「す、スバルを知っているんですか!? スバルは無事なんですか! 教えてください!」
突然、上空母が俺の両肩をつかんで揺さぶって来る。そんなに大きな声を出していれば、いくら台の音やなんかで五月蠅いと言っても外に声が聞こえてしまうかもしれない。ひとまず肩をつかんでいる手を取って離れさせ落ち着くように言って旦那に預ける。旦那は自分が叫ぶ前に妻が声を出したからか、少し冷静になってくれたようだ。
「すまない、まさか君の口から娘の名前が出てくるとは思っていなかったから、妻も私も混乱して声を出してしまった。許してほしい」
「いや、こちらも不用意に名前を出してしまったしな」
「それで、どうして君がスバルの名前を知っているのか教えてくれるか?」
「ああ、まず俺がスバルにあった経緯から話そう。あれは……」
俺は上空スバルに会ったところから、ここに救出に来るまでの経緯を一通り話した。夫婦は最初、スバルが生きていることに涙を見せていたが、その後の流れと俺がなぜここに居るかはしっかり聞いていたようだ。
「そうか。スバルが君をここに来させてくれたんだな」
「まあそうだな。とはいえ本当に生きて会えるとは思っていなかったが」
「そうだろうね。今君から聞いた町の様子からしても、僕らが生きているのは殆ど奇跡に近いし」
「それにしても、スバルは少年じゃなくて少女だったのか。全然気づかなかった」
「ふふふ、そうよね。私もスバルに女の子らしい服を着てもらいたいって思うことはあるけど、今はああいう恰好をして男の子に混ざって遊ぶのが好きみたいだから、そのままにしていたのよ。そのうち嫌でも女の子らしくなっちゃうしね」
「そうか。せめて自己紹介の時に教えてくれても良かったと思うんだがなぁ」
「ははは、スバルの話は合流してからたっぷりするとして、とりあえずここからどうやって逃げるか考えないといけないな。金芝君は助けに来たってことは何かプランがあるのかい?」
プランがあるかと言われても、まず生きていないだろうと思っていたので何も考えていなかった。適当に能力を使ってゾンビ共をなぎ倒して行けばいいぐらいに思っていたのだ。まあ、赤坂や少年、いや少女には知られてしまっているので、この夫婦と妹には知られてもいいのだが、問題は後二人居るという生存者たちの方だ。彼らには出来れば知られたくはない。あまり知っている人間が多いと面倒くさいからだ。
「プランは一応あるが、少々問題がある」
「聞かせてくれるかい?」
「ああ、まず俺のプランだが。それはあの化け物を含めたゾンビ共の一掃だ」
「なっ! そ、そんな事どうやってやるんだい? ここにある武器は精々モップぐらいしか無いんだよ?」
「そこは問題ない。あんた達の娘にはすでに知られているから言ってしまうが、こいつを使う」
そう言って俺は手の平に氷でかぼちゃの馬車と白雪姫を作る。さっきから黙り込んでしまっている妹ちゃんに見せて緊張をほぐすためだ。
「わぁ! 白雪姫!」
「ああそうだよ。白雪姫だ。ほら挨拶してごらん」
「うん! 初めまして、私はひまり。よろしくね!」
ひまりがそう言うと、俺は白雪姫にスカートを掴んでの礼をさせる。こういう小細工は小さいころに散々やったので結構得意なのだ。
「こ、これは何だい!? まるで……」
「まるで魔法みたいか?」
「あ、ああ。流石に魔法はありえないだろうから、君はマジシャンなのか?」
「まあそんなところかな。とにかく俺はこの氷を使って戦うことが出来るんだ。だから皆が控室に居る間に敵を一掃してこようと思う。で、まあこれは見ての通りちょっと不思議な力でね、あんた達家族以外には誰にも知られたくないんだ」
「今の言い方からして、ただのマジシャンじゃなさそうだな。まあもうゾンビも居るしあんな化け物まで居るんだ。今更氷が出せるぐらいで驚いていられないか。しかしそうか。君の能力について多くの人に知られない方がいいのは間違いないな。面倒事になるのが目に見えている」
俺の意見も大体同じだ。どんなところから面倒事に繋がるか分かった物じゃないからな。そもそも赤坂達に出会ったことに始まって、ここまではすべて面倒事なのだ。これ以上はご免こうむりたい。
幸いこの家族には子供が居る。変に漏らして俺の心証を悪くするよりは、身内に近い所に居て守ってもらった方が生存率は高いと考えるはずだ。つまり漏らす可能性は極めて低いと言える。だが他の2人はどうだろう。とりあえず会って見なければ分からないか。
「上空さん。すまないが後の二人を連れて来てくれないか? ひとまず脱出するかどうかだけ話し合っておきたい」
「分かった。少し待っていてくれ」
上空父は俺たちが居る控室から用心して出ると、後の2人が居るであろう部屋の方向に歩いて行った。そしてほんの数分後、上空さんが二人を連れて戻って来来た。片方は50代ぐらいのおじさんで、もう片方は20代か下手したら10代かというぐらいの女だ。女の方は疲れているのか若干目がうつろになっている。
「それで貴方が私たちを呼んだそうですが、要件は何でしょうか?」
まだまだ黒々とした頭の毛が健在な小太りのおじさんが、自分たちを呼んだ理由を聞いて来る。女性の方は黙ったままだ。
「すみません急に呼び出してしまって。早速本題なのですが、こちらの上空さん夫婦とお話ししまして、この場所から脱出をしないかという事になっているんです。そこでこれについてお二人にも意見をいただいた方がいいかと思いましたのでお呼びしました」
「脱出、ですか……」
「ふ、ふふふ、……脱出なんて無理よ。どうせみんな死ぬだけだわ」
「す、鈴木さん」
「店長だって見たでしょ。小宮君がどうなったか」
「小宮さんというのは?」
「小宮君はこの店の従業員だったんですが、生き残ったは良いもののこのままでは食料が尽きて終わりだと脱出を図ったんです。それで……」
「それでね、小宮君はあの化け物に見つかって上半身と下半身を引きちぎられてムシャムシャ食べられちゃったのよ! これで分かったでしょ? 脱出なんて出来っこないんだから、死ぬまでおとなしくしているしかないのよ!」
そう言って鈴木さんは当たり散らすようにして部屋を飛び出して行った。それを悲しそうな目で見つめる店長。
「すみません。小宮君は鈴木さんとお付き合いしていたみたいで、彼が目の前で死んでしまって相当ショックだったようなんです。鈴木さんをここに一人にするわけにもいきませんし、少なくとも私はここで鈴木さんと共にいようと思います。家族も近くには居ませんから」
ふーん。
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