第31話 思い出はアナログ その1

 紡希は、この日も元気に百花ちゃんのところへ出かけていった。


 なんでも、明日には桜咲家は田舎の祖父母の元へ行く予定になっているので、しばらく遊べなくなってしまうのだそうだ。今のうちに、遊び溜めしておこうというわけだろう。


 紡希はおらず、親父も試合のため他県にいる。


 一方の俺は、今日も家にいる。


 引きこもっているわけじゃない。勉強が俺の仕事なのだ。在宅ワーク中なんだよ。やるべきことがあるから、家にいるだけなんだ。


 こうしてリビングのソファでだらっとしているのだって、ヒマだからではなく、勉強の休憩中だからだ。仕事には休憩が必要だから……。


「なんか2人っきりって久しぶりじゃない?」


 向かいの二人がけソファに寝そべりながらスマホをいじっていた結愛が言う。


 寝そべるのはいいんだが……くびれを強調するみたいに横になるのはやめてくれねぇかな。腕も脚もへそも出した部屋着だし、俺には刺激が強いんだわ。


 この日、結愛はバイトが休みだった。

 長期休暇は絶好の稼ぎ時とはいえ、陽キャの結愛はクラスメートとの付き合いもあるから、毎日働いているわけではない。この日は、そんな多忙な日々の中で丸々一日分ぽっかりと空いた休日だった。


「休みの間は、紡希ちゃんと一緒ってこと多かったし」


 結愛はニマニマしながらこちらに寄ってきて、俺が座っている一人がけソファに無理やし尻を押し込んで場所を確保してくる。もちろん、俺が負傷していない側にやってくるのだが、感触を味わわせるかのように体を寄せてくるのは勘弁してほしいところ。


 一人がけのソファとはいえ、体のデカい親父ならともかく、俺が座ったところでソファのすべてを占拠できるわけではないので、結愛とはぴったりとくっついて隣り合うようなかたちになる。


「そうだな。紡希にとって、いい夏休みになってるといいんだが」

「なってるでしょ。紡希ちゃん、めっちゃ楽しんでるみたいだよ? 寝る前とか、早く明日が来ないかなー、なんて言ってるし」


 結愛が言うなら、そうなのだろう。紡希は、結愛には最大限心を許しているからな。


 思い返すと、紡希は出会った直後から結愛に懐いているという、ちょっと異常とも言える仲良しっぷりを見せていた。


 まあ、それが結愛の魅力によるものと言われたらそれまでだけどな。結愛なら、それくらいできるだろう。


「ならよかったよ。ここ数年は、夏休みなのにまともに楽しめなかったはずだから……」


 結愛の保証により、ようやく俺は安心することができた。


 欲を言えば、もっと色々どこかへ連れて行ってやりたいところだったけど。紡希が寂しさを感じていないのなら、及第点ということにした方がいいのかもしれない。


「せっかくだしさー、2人だけでできることしない?」


 結愛は俺の胸元へ肩を寄せると、膝の上にあった俺の手を握った。


「慎治の……見せてよ?」

「えっ?」


 なんと言ったのか、はっきり聞こえなかったことが、かえって俺の鼓動を早めた。


 一体俺の何を見せろと……? ここで?


「だからぁ、慎治のアルバム見せてよって言ったの」

「ああ、アルバムか……」


 びっくりさせやがる。


「慎治はー、なんだと思ったの?」


 結愛は俺をからかうような笑みを浮かべる。


 こいつめ……わざと聞こえにくいように言いやがったな。


 こういう時は、結愛に乗せられないように気をつけなければ。ますますおもちゃにされてしまう。それ以上に厄介なのが、もはや俺は結愛におもちゃにされようがまったく悪い気がしなくなっていることなんだよなぁ……。


「アルバムねぇ……結愛もずいぶんアナログなアイテムを見たがるんだな」

「慎治のとこならあるかなーって思って」

「バカにするなよ。テレビにキッチンにバスルームに、最新機器を取り揃えた我が家にそんなアナログなアイテムなんて……あるんだよなぁ」


 今でこそ試合だなんだと日本どころか海外へ飛び回っている親父だが、俺が中学生で義務教育を受ける身だった頃までは、自宅がある都内か、地方へ行くにしてもビッグマッチでしか試合をしなかった。


 だから、親父と一緒にいる時間は今よりずっと多かった。

 どういうわけか、親父は学校行事はもちろん、どこかへ出かけるたびに、写真を撮りたがった。


 親父はスマホすら十分に使いこなせない男だから、ここで言う写真はカメラで撮ったものだ。写真屋にフィルムを出して現像してもらう、クラシカルなアレである。ポラロイドで撮ったこともあったな。とにかく、カメラという機器をよく持ち歩いていた。


 そのわりには、親父が撮る写真は、技術的にそう優れているようにも見えなかった。カメラが好きなのではなく、家を空けがちな親父なりの父親らしさを象徴するアイテムとして持ち歩いて、息子の姿を収めていたのだろう。


 そんなわけで、写真というかたちで、親父との思い出が多く残っていた。

 我が家には、写真が一枚一枚ファイリングされたアルバムが多く眠っているのだ。


「物置に本棚があって、そこにたくさんあるぞ」


 以前、電灯を変えるために脚立を探しに行った場所だから、結愛も足を踏み入れたことがあるはずだ。

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