第30話 楽隊カフェ その2

「でも名雲くん、その調子だと、結愛っちを名前呼びするようになっても、まだ瑠海の方が結愛っちと仲良いみたいだね」


 てっきり桜咲から上から目線を食らうかと思ったのだが、物思いに耽るような珍しい表情をしているのが気になった。


「瑠海のミスだからあんまり強く言えないけど、結愛っちから無理に聞くようなことはしないでね」


 ひょっとしたら俺は試されているのかもしれない、と一瞬思った。


 自分の警告を振り切ってまで結愛に踏み込む度胸があるのかどうか、俺はまたも桜咲の査定を受けているのではないか?


 だが、普段はどこまでも明るい桜咲が、憂いと悲しみが滲んだ静かな態度を取っていれば、言葉通りの意味で言ったのだと俺にもわかった。


「……わかったよ。しつこく聞くようなことはしない」


 誰にだって、言いたくないことや言えないことはあるはずだ。


 つい最近まで、桜咲だって、親友の結愛が相手でも打ち明けられないことがあったのだから。


 結愛に秘密があったって、結愛から信頼されていないと気落ちすることはなかった。親しくし続けていたいからこそ、言い出しにくいことだってあると思うから。


「これでも俺は、桜咲さんが想像しているよりは、結愛のことをわかっているつもりだからな」


 桜咲の査定に響かないように、俺は強気に出る。


「ホントかなぁ」


 桜咲は、簡単には信用してくれなかった。


「一緒に住んでるってだけで満足しちゃダメなんだよ? 結愛っちは……名雲くんが思ってるより複雑な人だから」


 まるで彼氏面をする桜咲に、俺は反論できなかった。


 俺は結愛の何を知っているのだろう? と改めて考えてしまう。

 少なくとも、結愛と出会ってからの四ヶ月程度で、ただのクラスメートでは終わらない程度、結愛を知ることができたはずだ。


 けれど結局は、俺と結愛の関係性は、紡希を安心させるための『恋人』でしかないのだ。


 もしかしたら、紡希のため、という理由を取っ払って、俺自身がもっと結愛を知りたいと思わなければ、結愛の本当の姿は掴めないのかもしれない。


「ヤバそうになったら、ちょっとは瑠海も助けてあげるから」


 一度突き放してきたはずの桜咲が助け舟を出してくる。


「別に名雲くんのためじゃなくて、結愛っちのためだし、あと……推しが一緒の同志の義理だから」


 桜咲は、俺と目を合わすことなく結愛を見つめる。


 カフェの外に出れば、当然ながら演奏の音は聞こえなくなる。

 俺はこれから、癒やしの演奏が届かない場所で、結愛と向き合わないといけないのだ。


「桜咲さん、ありがとう。気持ちだけ受け取らせてもらうよ」


 負傷した左腕と違って、こればかりは他人任せにするわけにもいかないんだよな。

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