第27話 彼女の職場に押しかけたら その2

 結愛がバイトしているカフェ『エルパソ』は、外観から予想できた通り趣のある内装をしていた。


 西部劇に出てくる酒場みたいな木造のつくりで、淡いオレンジ色の照明が優しく店内を照らしていた。


 ウェイトレスの制服は、ドイツのオクトーバーフェストで見られるようなドレス風の衣装をベースにしながら、動きやすいように簡略化されたものが採用されている。


 オフショルのデザインで、鎖骨から胸元までざっくり開いているタイプだから、俺としては少々目のやり場に困った。ウェイターは見当たらない。女性ばかりだ。


 この店は、夜になるとアルコールを出す酒場に変わるらしく、店の端にはバーカウンターがある。今はまだ昼間だから、バーテンらしき人物はいないみたいだ。


 店内の奥には、ステージのようにせり上がった舞台があって、俺の位置からはピアノが見えた。インテリアなのか、実際に弾けるものなのかどうかはわからない。


「いらっしゃいませ……あれ? 慎治?」


 入店した俺たちを出迎えたのは、結愛だった。


 他のウェイトレスと同様の格好をしているから、コルセットのせいか余計に胸元が強調されてしまっていた。


 なんだここは、卑猥な店か? 違う、俺が不慣れなせいだ。だから、多少露出しただけでいやらしく見えてしまうのだ。いやらしく見えるのは俺がいやらしいせいである。


「瑠海も一緒だったんだ?」


 結愛が不思議そうにした。


 桜咲のことだから、事前にMINEで結愛に伝えているものと思っていたのだが。

「サプライズだよ、サプライズ。いきなりドーンって来て、結愛っちを驚かせちゃおうと思って!」

「マジで! めっちゃ驚いた~」


 結愛と桜咲は、ハイタッチをパチン! と決めると、にこやかに笑い合うのだが、急に結愛だけが、なんとも心細そうな顔になり。


「……で、追加でサプライズ~、とかないよね?」


 俺と桜咲の間で視線を行き交いさせた。


「えっ、ないけど?」


 これには桜咲ですら戸惑いを隠せなかった。


「そっかぁ。じゃあよかった」

「あ~、もしかして結愛っち、名雲くんとデートでここ来ちゃったとか思った?」

「ち、違うし! そんな小学生みたいなこと考えてないから!」

「ガチの反応で妬けるわ~」


 すると桜咲は、ノールックで俺の胸元に逆水平チョップを放ってきた。


「ラブラブすぎて胸焼けするわ~」


 そうかい。俺はお前の物理攻撃のせいで胸がじんじん痛むんだけどな……。今更お前のバイオレンス性にケチつける気はないから、攻撃するよ、ってせめて事前に言ってくれよな。受け身取れねぇ。


「じゃ、席に案内するからこっち付いてきてよ~」


 すっかり上機嫌の結愛が店の奥へと導こうとする。


 俺たち、一応客なんだけどな、そんなフランクな物言いで、あとから店長に叱られたりしない? と余計な心配をしてしまう。


「あ、ちなみにこの子、店長ね」


 閉じたバーカウンターの台で、真っ黒な小動物が丸くなっていた。


「……猫にしか見えないんだが?」


 黒い毛玉に指をさす俺に対し、結愛と桜咲が揃って口にする。


「だって猫だし」

「猫以外のなんなのよ?」


 おかしいな。陽キャギャル組と俺では認識の齟齬があるらしい。猫なのに……店長?


「うちのカフェ、黒猫のロコちゃんが店長ってことになってるんだよね。まー実際は、店長代理の女の人が店長の役目やってて、私の面接もその人がしてくれたんだけど」


 店内のちょうど中央の席に俺たちを案内し終えて、結愛が言った。


「なんでそんなややこしいことを?」

「仕事に上下関係持ち込みたくないんだって。ここのオーナーが言ってた」

「上下関係を持ち込まないと成り立たないのが仕事じゃないのか?」


 働いたことはないが、会社ってそういうものでは?


「名雲くん、ぜーんぜんわかってないね。オーナーっていうのは、理不尽で強引なものなんだよ。考えたらダメ、感じるの!」


 ユーアーファイア! とか言いながら、桜咲が結愛に加勢するのだが……桜咲ってひょっとして忠実な社畜になる才能あるのでは?


「まーでも、先輩はいるし、結局店長代理が色々やってくれるから、ロコちゃんはかたちだけって感じなんだけどね。でもほら、動物が店長なんて、なんか癒やされるでしょ?」


 結愛が、店長ロコ氏の方を指差すと、待機中のウェイトレスが時折そちらにやってきて戯れる姿が見えた。


「猫カフェ要素も盛り込んでるってことか」

「そーそ。猫嫌いな人なんていないからね。仕事しながら癒やされちゃうから、ストレスもないんだよ」


 実際に働いている結愛が言うなら、そうなのだろう。


 ただ、世の中には猫好きだろうと猫アレルギーを持っている人間がいるわけで、そういう人が客としてやってきたらどうするのだろう、と思わないでもないが。

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