第23話 こうなったのも全部結愛のせい その2

 篠宮恵歌主演のホラー映画は、大手の配給なので、ショッピングモールの中にあるシネコンでも上映されていた。1日あたりの上映回数が多いあたり、期待されているのだろう。


 無駄遣いは避けるたちの俺だが、紡希にねだられて、ポップコーンやジュースを購入してしまった。結愛に至ってはパンフレットまで購入してやがる。結愛の場合は自腹だから、俺が口を出す権利はない。


 券売機にて、チケットを購入する。ちょうど中央の席が3人分空いていた。


 劇場の中に入り、紡希をセンターにして、左と右にそれぞれ俺と結愛という構図になる。


 篠宮恵歌のフィルモグラフィの中では珍しいジャンルということもあり、普段はそう混むことのない劇場内も、この日はほぼ満席だった。夏休み真っ只中という時期も関係しているのか、俺たちと同年代らしき観客も多い。


 上映開始まであと数分あり、館内はまだ明るく、観客の話し声が響いていた。


「紡希、怖かったら俺の手を握ってくれていいぞ」


 俺は、右手を紡希に差し出す。無事な方の右手だ。存分に頼ってくれよな。


「怖いとか思わないから平気なんだけどなー」


 頬を膨らませて、俺の手のひらをぐいぐいとこちらに戻そうと押し出してくる紡希。


 紡希は、ホラー映画好きとしてのプライドからか、いくら怖くても素直に泣きついてくることはないのだった。


「じゃあ俺が怖くなったら紡希の手握ってもいいか?」


 半分は冗談で、もう半分は本気だった。


 なにせ、篠宮恵歌を大スクリーンで観るのは初めてだからな。ヤツの顔が大画面で映し出された時に、アレルギー的な何かでぶるぶると体が震えてしまうことも考えられる。


「慎治、なんか鼻息荒くなってない?」


 結愛が呆れ顔で、こちらに身を乗り出してくる。


 結愛はほんのりと俺を変態扱いしているところがあるよな。


「そうだよ、怖いなら結愛さんと手繋いじゃって」

「ここからじゃ結愛は遠いしなぁ」


 だからといって、席を替わる必要はないけどな。紡希をセンターに置いているのは、知らない人が紡希の隣に座らないようにするためだ。上映中は照明が消えるわけで、痴漢行為を働こうとする不埒な輩から守らなければならない。


「だったら、私が手伸ばせば済むことじゃん?」


 そう言って、結愛が手を伸ばしてくる。


「ほら、シンにぃも!」


 何故か俺まで紡希に促され、結愛へと手を伸ばすことになってしまう。


「これでよし!」


 目の前で、人の手によるシートベルトが完成したことで、紡希は満足そうに頷いた。


「結愛さんがバイト始めてから、シンにぃと一緒にいる時間減っちゃってたもんね」


 紡希は、そのために俺を誘って映画に行きたがったのだろうか?


「じゃあせっかくだし、手繋いだままでいよっか?」


 結愛が言った。


「そうだな」


 紡希は、繋がったままの俺と結愛の手を両手でガッチリと包んで離そうとしないので、そもそも俺に拒否権はなかった。紡希が用意した舞台を無駄にするほど無粋でもない。


 幸い、席同士が近かったおかげで、伸ばした腕が疲れるようなことはなかった。


 そうこうしているうちに、劇場内が暗転した。

 スクリーンに、上映中の諸注意や予告が映し出される。


 いざ上映が近くなると、冷静に観られるかどうか不安になりそうだ。

 だが、もはや握り慣れた気すらする結愛の手のひらの感触に浸っていると、不安を覚えるようなことは何もない気がするのだった。

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