第40話 前日なかなか寝付けなかったパターン

 勉強合宿の日がやってくる。


 この日は普通に学校で授業があったので、一旦帰宅したあと、泊まりの準備を整えてから結愛の家へ向かうことになっていた。


 俺は今、結愛の家の最寄り駅に立っている。


 泊まりの荷物も入れられるように、中学の修学旅行の際に買ってもらったアウトドアブランドの大きめのリュックを引っ張り出してきて、勉強道具と着替え一式を詰めて背負っているものだから立っているだけでもちょっとしんどい。


 翌日は結愛の家から学校へ直で向かうことになる都合上、私服ではなく制服だ。

 クラスメートが周りにいやしないかと心配になって、待ち合わせ中にきょろきょろ周囲を見渡す俺は不審者に違いない。


 結愛とは待ち合わせ中で、一緒に結愛の家に行くことになっている。


 平屋のようなかたちをした小規模な駅舎は、最小限の機能しかないようで、改札くらいしか目立つものがないシンプルな見た目をしていた。ホームと駅の外を隔てるものも、緑色のフェンスだけだ。


 とはいえ、駅の周囲にバスやタクシーの乗り場があり、飲食店も並んでいるせいか、人通りが多いおかげで、寂しい雰囲気はなかった。


「……結愛はまだか?」


 俺が駅に到着する直前に、『着いたよ~』というメッセージが送られてきたので、すでにどこかにいるはずなのだが。


 再びきょろきょろとし始め、不審者になっていると。


「だーれだ」


 背後から、両肩をポンと叩かれる。


「じゃん、私でした!」


 やたらとハイテンションな結愛が、俺の前に回り込む。


「答える前に飛び出てきてるじゃないか――」


 俺は絶句した。

 結愛の私服? を目にしたせいだ。


 へその見えるクロップドな黒いTシャツ一枚に、背後に回り込めば尻が見えるんじゃないかってくらい股下が短いデニムのショートパンツにサンダルという格好の結愛は、夏だから、という理由じゃ済まないくらい露出が高く見えた。水着で来てんのかと思ったぞ。


「えー、どしたの? なんか時間停止してない?」


 結愛が、身を捩りながら俺の顔を覗き込んでくる。シャワーでも浴びてきたのか、しっとりした結愛の髪からは、爽やかで甘い香りがした。


「いやその服……」


 俺はどうにかそれだけを口にして、結愛を指差す。ていうか、脚長いな。水着見た時も思ったけどさ。隣に誰か並んだから公開処刑だぞ。俺も含めてな。


「これくらいの方が、慎治もやる気出ると思って」


 こいつは一体、俺に何のやる気を出させようとしてるんだ?

 そう思ったのだが、結愛の場合、狙ってやっているわけではない場合があるので、下手に追及すると恥ずかしがって行動不能になる場合もあるから、何も言えなかった。こんな格好の結愛、周りにあまり見せたくないから、早いところ結愛の家へと移動してしまいたい。


「家行く前に、ちょっとスーパー寄らせて。晩ごはんの買い出ししたいんだよねー」


 俺は結愛にくっつきながら、駅前のスーパーに入店する。


 冷房効いてるからさ~、という理由で、カートを押す俺にぴったり密着しながら店内を回らなければいけなくなったので、俺はこの段階で精根尽き果てそうだった。カートがあってよかったよ。俺の足代わりになってサポートしてくれたからな。

 カゴに入った食材から考えて、カレーだな、と見当をつけつつ、どうにかレジに並んだ時だ。


「慎治~、ちょっとお尻から取って」


 カートに体を預ける格好で俺の前に並んでいる結愛が、軽く尻を突き出してくるものだから何事かと思った。


 結愛の尻……いや、尻ポケットを見ると、エコバッグがちらりと顔をのぞかせていた。右側のポケットにはスマホが入っているし、なんでもケツポケットに入れようとするなよな。


 要求通りエコバッグを引っ張り出してやると、結愛が軽く喘ぎめいた声を漏らすので、だんだん痴女めいてきたな、と行く末を案じてしまうのだけれど、結愛のぬくもりをほんのり感じられるバッグを手にしてドキドキしてしまっている俺の方がよっぽどヤバくて将来が不安なのは明白だった。


「ちっす、また来ちゃいました」


 知り合いに声を掛けるようなノリで、結愛がいきなりレジの店員に話しかける。

 こいつ、レジ係のおばさんが相手でもこんなフランクなノリでぶっ込むのか、と俺は改めて結愛のコミュ力に戦慄を覚えるのだが、会話を盗み聞きする限り、2人は知り合いらしかった。


 俺の姿を見つけたおばさんが、あらぁそっちの子はもしかして彼氏? などと余計なことを訊ねてくる。


「そーなんですよ。今日うちにお泊りなんで。朝までコースっす」


 バチンとウインクをキメながら俺の腕を抱き込む結愛に対し、あらあらぁ若いわねぇ、と目を輝かせるレジおばさん。突然の出来事に、俺は、はい、まあ……と曖昧な返事しかできなかった。


「……あの人、結愛の知ってる人?」


 レジを抜け、サッカー台の上で買ったものをエコバッグに詰め込みながら、俺は結愛に訊ねる。


「ここ、春の間ちょっとだけバイトしてたとこだから。その時一緒に働いてた人だよ」

「結愛が、スーパーで?」


 なんだか意外だった。

 確かに、ここは利便性もよくて感じのいい店だが、結愛がバイト先に選ぶにしては地味に思えた。


「わりと、こういう落ち着いたとこの方が好きなんだよね」


 結愛が言った。

 意外な返答ではあったけれど、結愛への親しみは増した気がした。ここで、あからさまにウェイ系パリピが集まるような場所でバイトをしていたなんて言われたら、結愛を遠くに感じてしまうだろうからな。


「信じられないなら、今度レジ打ち用の制服着てあげるけど?」


 そういうのが好きなんでしょ? とばかりに結愛が得意そうな顔をする。

 華やかな見た目の結愛が、自分の派手な部分を押し込めるように地味な制服に身を包む姿は……想像するとなんだかグッときてしまった。


「ふふ、慎治、借り物だから汚さないようにね?」

「お前は俺が何をすると思ってたんだ?」

「え? 制服プレイでしょ?」


 事も無げにあっさり言ってのけるところに、やはり結愛は結愛だな、と再認識した俺は、食材を詰め終えたエコバッグを持とうとする。


「片方持つよ」


 結愛が持ち手の片方を握る。

 ここは俺が持つよ、と答えた方が男らしいかと思ったのだが、エコバッグを通して俺と共同作業なかたちになった結愛が満足そうに微笑んできたので、断らないで正解だったのだろう。


 スーパーを出て、人々が往来する通りで真夏の熱気に当てられると、ひょっとして傍から見たら俺たちはバカなカップルに見られているんじゃないか? という疑念が生じ、結愛の家につくまで落ち着かない気分になってしまうのだった。

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