第31話 部活憧れをこじらせているから合宿なんて言っているわけじゃないんだよ その3

 俺は狂気の世界に迷い込んでしまったようだ。


 俺の目の前で、風呂用の椅子1脚に2人で腰掛けた美少女が裸のまま背中を向けている。


 シャンプーしに来ていいよー、と呼ばれて、足をもつれさせそうになりながら風呂場へ来てみたら、これだ。


 特に高良井のことは直視できねえ。


 水着姿だって見ているのだから、タオルで被われた半裸の高良井を前にしてもそうそう動揺はしないだろうと思っていたのだが。


「高良井、お前なめてるだろ?」

「なめてないよ? これで十分じゃん?」

「本気で隠せって言ったよね? 思いっきりか? それがお前の!」


 なんと高良井は、バスタオルで胸元から下半身をすっぽり覆うのではなく、ハンドタオルで胸元を隠すだけでこちらに背中を向けていた。


 水着で覆いきれない肌が露出していた時と違って、湿気と汗のせいで肌が湿っているからか、白い肌がぬらぬら光ってやたらと艶かしく、異性の全裸を目にしたことがない俺にはあまりに刺激が強すぎる光景だった。こんな時、ラブコメマンガみたいに鼻血が噴出して気絶してくれれば丸く収まりそうだが、あいにく血液は上ではなく下へ集まっていた。


「紡希ちゃんで隠れてるからよくない?」

「よくないよ」


 そりゃ紡希と椅子を分け合っている都合上、斜め45度な位置で座っていて、尻の片側同士がぴったりくっつついているのだが、もう片方はフリーだから頑張れば見えちゃうからな? 風呂場だから湯気はあるけれど、リアルなこの世界では謎の光線で局部を守っちゃくれないんだぞ。


「紡希は隠す気ゼロだし……」

「だって、シンにぃがシャンプーする時はいつもこうじゃん!」


 紡希は、タオルで胸元を隠すこともせず、ノーガード戦法だった。


「名雲くんさー、なんかごちゃごちゃ言ってるけど、そうやって時間稼いでしっかり私たちのこと観察してない?」

「してない。こんなこともあろうかと、俺は今、メガネをしています」


 裸眼でも0.6程度の視力がある俺は、学校へ行く時だけコンタクトをしているのだが、家では中学時代に授業中だけ掛けていたメガネを使っていた。


「おかげでレンズが曇っているから、くっきりはっきりは見えない」


 尻らしきものがあるな、とわかるだけで、尻のかたちがちゃんとわかるほどは見えない。それでも俺からすれば刺激的過ぎる光景ではあるが。


「ちゃんと見えるの?」

「頭くらいなら見えるさ」

「なーんだ。つまんないの」


 こいつ、自分の体をエンタメ化しようとするなよな。


「つまろうが、つまらなかろうが、どっちでもいい。さっさと終わらせるぞ」


 風呂場の暑さと、目の前の刺激的な光景のあわせ技で、俺はすでにフラフラの状態だった。


「目ぇ瞑れ。シャンプーは自分で適量付けろ」


 JKとJCの頭を洗ってやる、という狂気の現場に始終付き合う気はない。


「いいけど、じゃあタオル抑えててよ。腕上げたらタオル落ちちゃうんだから」

「じゃあそっちは高良井さんが自分で抑えろ。俺がシャンプーをつけるから」


 シャンプーが入った容器に手を伸ばそうとすると。


「名雲くん、今の私はもうシャンプーをつける方に頭が切り替わってるから、名雲くんがタオル抑えててくれないと無理っていうか」

「シンにぃ、結愛さんはお客様なんだよ? ちゃんと言うこと聞いてあげて」

「ああっ、くそ、早くしてくれ!」


 紡希まで加勢に入ってしまったら、抵抗することはできない。それより、さっさと終わらせてほしかった俺は、アクシデントが起きないことを祈りながら高良井の胸に手を伸ばす。


 タオルの両端をつまんで、直接胸元に触れないようにして抑える戦法を取ったのだが、引っ張ることでタオル越しに高良井の胸の感触を味わうことになってしまう。胸もまた脂肪なんだな、ということがわかってしまうくらい、ぷよぷよの胸は弾力があって、普段ぶら下げていることを大変に思うくらいの重さがあった。思わず、いつもご苦労さま、と労ってしまいそうになるくらいだ。


 そうして、白い液体で泡まみれになった茶髪と黒髪が目の前に並ぶことになる。

 俺は、少しでも早く終わるように、両方の頭に手を伸ばし、同時進行で洗髪することにした。


 だが、慣れた紡希はともかく、右手から感じる高良井の頭皮や髪の感触とか、そこから感じる温度は未知のもので、手のひらを走らせているだけで下腹部がバーストしそうになる。俺だってこんな下劣な反応を味わわされるのは嫌だったが、半ば生理現象だから仕方がない、と思うことにする。


「ねー、結愛さん。シンにぃの手って気持ちいいでしょ?」


 紡希が高良井に嬉々として訊ねる。


「だねー、めっちゃ気持ちよくてクセになるかもー」


 高良井も満足しているようだった。喜んでくれるなら、と何故か俺まで満足感が沸いてきてしまう。


「名雲くん、もっと指先でつまむみたいに洗ってくれない?」

「はいはい、もうどうにでもなれ」

「ぬひー、やば、名雲くんの……気持ちよすぎ……なんだけどっ……」

「変な声出すなよな……」


 メガネが曇りまくっている今、聴覚がより鋭敏になっているから、とんでもなく卑猥なASMRが再生されてしまうんだが。ていうか、ただ頭洗っているだけなのに息も絶え絶え状態になるって、高良井の感覚はどれだけ敏感なんだ。


「よかったー。結愛さんが気持ちよさそうで、わたしも嬉しいよ。シンにぃで気持ちよくなった人同士、もっと仲良くなれちゃうよねー」


 高良井の隣で紡希が無邪気に笑う。まあ、なんだ、もう何も言うまい。


 同級生美女と義妹美少女の頭を風呂場に突入して洗う、という嬉し恥ずかしな修行を終えた俺は、フラフラになりながら脱衣所を後にし、リビングのソファへ倒れ込むのだった。

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