第30話 部活憧れをこじらせているから合宿なんて言っているわけじゃないんだよ その2
夕食を済ませ、せっかくだしということで簡単な勉強会を終わらせたあと、順次入浴することになった。
「順番は紡希と高良井さんで勝手に決めていいぞ。俺はそれに従う」
やっぱりここは女子陣の意見を優先するべきだろう。俺が判断した場合、先に入ろうが後に入ろうが問題が生まれそうな気がした。
「あれ? 3人で一緒に入るんじゃないの?」
そんな狂気の提案をしたのは、お風呂セット一式を抱えた紡希だった。
「ホラー合宿の時は、いつもシンにぃと一緒にお風呂なのに」
「あっ、こら紡希」
「名雲くん、仲良しなのはいいこどだけどさ、シスコンもそこまで来ると……」
高良井が、性犯罪者を見るような視線を向けてくる。
「勘違いしているようだから、ちゃんと説明してやる」
いくらなんでも犯罪者扱いはごめんだ。
「紡希は1人でシャンプーできないんだよ。だから、頭を洗う時だけ俺が入って手伝いをするだけだ。それが終わったらさっさと出ていく。お互い全裸で一緒に入ってるわけじゃない」
「あっ、シンにぃ、1人でシャンプーできないこと言わないでって言ったのに!」
紡希が憤慨する。
紡希は、シャンプーをしている時背後が気になって怖いから、という理由で俺に洗髪役を託していた。紡希はホラー好きだけど、心霊系ホラーが苦手だから、目を瞑った時は背後の気配に敏感になってしまうのだった。
紡希との関係がギクシャクしていた時は、そんな習慣はなかったのだが、高良井が介入して紡希との関係性が改善されて以降、紡希がこっそり告白してくれて、俺が洗髪を手伝うことになった。俺が手伝う以前の紡希は、気に入っているアニソンを大音量で鼻歌で歌うことで恐怖を誤魔化していたらしい。
「高良井と一緒に入るつもりだったのなら、いずれバレることだろ」
「そうじゃなくて~」
どうやら紡希なりに踏み越えてはならない一線だったようで、べそをかきはじめる。
マズい、これじゃ紡希からの信頼がガタ落ちだ、と恐れ慄いていると。
「紡希ちゃん、大丈夫だよ」
高良井が紡希の頭を撫でると、紡希の涙はすぐに引っ込んだ。
「私も……1人じゃ頭洗えないから!」
「一人暮らししてるヤツが何を言ってるんだ?」
「自分の家だったらぜんぜん平気なんだけどー、人の家じゃダメなんだよね」
なんて理屈だ。そんな無茶が通るはずないだろ。紡希は成績優秀なんだからな。賢いんだ。
「あるよね、そういうの」
無茶に同意する紡希を目の当たりにして、ひょっとしたらこの愛する義妹は勉強はできても地頭は悪いのかもしれないと思ってしまった。これは悪いやつに騙されないように、ますます俺が守ってやらなくてはいけないようだ。
ともあれ、紡希は機嫌を直してくれたみたいだし、紡希と高良井がセットで入浴して、お互いに頭を洗い合えばそれで解決だ。これで俺の出る幕はなくなる。余計な心労を増やさないでくれよな。いい加減、高良井の風呂現場を想像させるような状況に追い込むのはやめてくれ。
「だから今日は、名雲くんに洗ってもらっちゃお」
「シンにぃはシャンプーするの上手なの」
謎論理による結論に、紡希が同意してしまう。
「待て待て待て」
あまりのことに俺の顎は尖り、ハサミを持ち出して前髪をちょっと切り出した後輩を止める時のような声を出してしまう。
「なんでそこで俺が入ってくるんだ? いくらなんでもクラスメート女子の風呂現場に突入する気はないからな」
「大丈夫だよ。ちゃんと体にタオル巻くし」
「全然大丈夫な提案じゃないだろ。そっちが良くても俺がダメなんだよ」
「え~、なんなの名雲くん、ひょっとして私の裸見たら照れちゃうとか?」
「当たり前だろ……世の全男子が同じ反応になるに決まってる」
なんでそこで煽ろうなんか考えたんだ?
「よかった。名雲くん、女の子に照れる機能ついてたんだ」
「何百世代も前から余裕で搭載されてるわ」
ていうかお前の前でもう何度も照れっ照れになってるでしょうが。
「お風呂楽しみだねー」
高良井は俺を無視して紡希に関心を移していた。
「ねー。シンにぃは自転車の運転とシャンプーだけは得意だから、きっと結愛さんの頭も気持ちよくなっちゃうよ」
俺を無視して、女子組が2人ではしゃぎだす。
男子が入り込む余地のない、女子だけの空間が醸し出されると、もはやどうあっても介入できそうにない。
「……わかったから、風呂入る準備しろよな。俺はもう最後でいいよ」
諦めた俺は、2人にさっさと風呂に入るよう促した。心配なことはすぐ終わらせてしまうに限る。それに、当初紡希が言っていた、3人で風呂に入る、という超絶プレッシャーがかかる提案よりは、シャンプーをするくらいの方がずっと気が楽なわけだし。
ていうか紡希、俺の得意なことがその2つだけって、実質何も出来ない人間扱いしてない?
高良井と一緒に、着替えを取りに2階へ向かう紡希の背中を眺め、俺は義妹からの評価が改めて気になっていた。
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