第22話 陰キャぼっちの俺には学校内でのイベントなんてないと思ってました その2
午後の授業は、2クラス合同での、2時間ぶち抜きの体育だった。
昼食後の授業なだけあって、腹ごなしとばかりに、活発な男子連中は体育館を躍動している。
球技の苦手な俺は、どうにかチームメイトの邪魔にならずにバスケのミニゲームを乗り切り、体育館の扉の脇で休憩していた。
扉は開いていて、そこはグラウンドに繋がっている。
男子の熱気が込められた暑苦しい空間とは違う新鮮な空気に満たされた外の世界では、女子が短距離走をしている。同級生男子のタマ遊びに興味のない俺は、そのままぼんやりと眺めていた。
ちょうど、高良井の番になる。
校名が入った白いTシャツに、赤い学校ジャージのハーフパンツ姿だった。
高良井は、長い脚と持ち前のバネで圧倒的な走力を見せつける。
帰宅部なのに、よくあれだけ走れるな。
高良井は美容のためにトレーニングをしているから、走り込みもしているのだろう。
あんなハイスペック女子と自宅で一緒に過ごしているなんて、思い返すと冗談みたいだな。
「やっぱスゲーよなー、高良井は!」
いつの間にか、俺の背後に高良井を見物しようとする男子の集まりができていた。
恥も外聞もない思春期男子が集合することで、高良井の品評会が始まる。
男子の中でも下等な部類に入る品性の持ち主らしく、胸やら尻やら脚やら、やたらと表面的なことばかり取り上げて褒めそやす。
高良井が、どちらかといえば『親しい人間』の枠組みに入っている今、俺としてはあまりいい気分がしなかった。
別に、自分だけは違う、と言い張るつもりはないんだけどさ。
「おいこら~、男子さぁ!」
ちょうどそんな時、ピンク髪のツインテール女子が猛スピードでこちらに寄ってくる。
高良井といつも一緒にいる桜咲は、背が高いモデル系の高良井と違って背が低くてアイドル系の可愛らしさがある。瞳はぱっちりと大きく、鼻先が丸まっているせいか高校生のわりに幼い印象を受けた。
そんな桜咲が、今は目を吊り上げて鬼気迫る顔をしている。
「いやらしい目で結愛っちのこと見てんの、こっちにガンガン伝わってくるんだからね!」
桜咲は高良井の忠実な番犬のごとく、見物に徹していた男子を追い返す。
桜咲はアイドル的な容姿に反して男子相手に媚びるようなことはなく、ひたすら高良井にべったりなのだった。
「……その場を絶対動かねぇって顔してる根性だけは認めてあげようじゃない」
視線は俺に向かっていた。
すっかり油断していた。
俺はゲスな品評会に参加していない部外者のつもりだったのだが、桜咲からすれば俺も卑猥軍団の一員でしかないのだろう。
「いや俺は、涼んでただけで……」
「涼みながら結愛っちをおかずに楽しんでたなんて、いいご身分じゃなーい?」
桜咲は俺の目の前で見下ろすように立つ。
「最近ちょっと結愛っちと目が合うからって……調子に乗るなよ……!」
「目が合う……? 俺、高良井さんとは何の関係も……」
マズい、と俺は思った。
桜咲は高良井と常に一緒にいる。
高良井がちょこちょこ俺に視線を送っていることや、放課後の付き合いが悪くなっていることで、俺に疑いを向けていたっておかしくはない。
けれど、目線が合うことを気にしている程度だったら、気のせい、と誤魔化しようはある。
「なんであんたみたいな棒きれ男子が……結愛っちの相手はもっとデカくて強くて頼りがいがないとダメなのに……」
不満そうにぶつくさ何やら言っているのだが、俺にはよく聞こえなかった。
「それこそ、
「あの、名雲ですけど?」
「はぁ?」
何故か逆鱗に触れてしまったようで、桜咲はいっそう形相を険しくした。
「瑠海~、どしたの?」
そんなところに現れる高良井。
100メートル走を終えた直後にこちらに来たからか、ほんの少し息が上がっていた。
高良井からバックハグされた感覚がフラッシュバックする。
この場で頭を抱えたい気分になるけれど、そんなことをしたら確実に変な奴扱いされるから耐えるしかなかった。高良井を前にすると恥ずかしくなる気持ちを抑えられない。
「ふん! なんでもないよ! 結愛っちのこといやらしい目で見てた男子のかたちを変えようとしてただけだし!」
「いやらしい目で見てたって、もしかして名雲くんが?」
完全に誤解なのだが、『男子』と限定される存在は、この場にはもはや俺しかいなかった。本当にいやらしい品評会をしていた連中は、とっくにバスケの試合に復帰している。
いくら高良井でも、真面目に授業をしている時にゲスな目で見られるのは不快なのだろう。まあ完全な濡れ衣なわけだけど。
「名雲くんに一言言っておかないとヤバいよね。ここは私に任せて」
桜咲の方を見ているせいで、高良井の表情がわからない。これ、ガチギレさせちゃったパターンかもしれない……。
「ヤバいヤバい。だからトラウマレベルまで追い込んじゃって! 正義はこっちにあるんだもん」
桜咲は、言動とまったく不釣り合いな笑顔を浮かべて、とてとてと去っていく。
「名雲くんさぁ」
こちらを振り向いた高良井は、呆れた顔をしていて、俺のすぐ目の前まで近づいてきて、立ったまま腰を曲げた。
「いやらしいことしたいなら、名雲くん家でしてあげるから。ここ、学校だよ? ガマンしようよ」
「俺の家でもいやらしいことなんぞしないんだが?」
盛大に誤解されているようだから、これだけは訂正しておかないといけない。
高良井は身を屈め、俺と目線を合わせると、俺の額に向けて人差し指を突き立てる。
「昨日したばっかなのに?」
にや~っ、と挑発的な笑みを浮かべられると、先日のことを思い出し、急激に体温が上昇した。
「あ、あれは俺の意思じゃないし!」
「そうそう、ごめんね。私の意思だもんね。私が、名雲くんとぎゅ~っってしたかっただけなんだよね」
一切恥ずかしさを見せることなく言ってくるものだから、俺は劣勢から抜け出せなかった。
「今日もする?」
「しない。あの日は高良井が風邪ひきそうだったから別なだけで、晴れてたら何もしてないからな」
「そんなこと言ってるけど、抵抗しないで私にされるがままになってたじゃん」
「あれはちょっとびっくりしてただけだから!」
「でもあのおかげで、けっこう私に慣れてくれたんじゃない?」
慣れるどころか、目の前にすると以前よりずっと恥ずかしく感じるようになったんだが、どうしてくれるんだ。
高良井は突然立ち上がると。
「あ、また私の順番来ちゃうから、もう行くね」
立ち去りかけるのだが、そうだそうだ、と言って振り返ってくる。
「この前言ってたプール、今週末に行こうよ」
紡希のスマホを買いに行った時、そんなことをちらっと言っていたような気がするが、忘れていなかったのか。
「紡希ちゃんだって楽しみにしてるみたいだしさ」
確かに紡希は、最近やたらとプールプール言っていた。高良井は紡希とも直にメッセージアプリでやりとりしているから、紡希の気持ちは知っているのだろう。
「……わかったよ。じゃあ日曜日な」
紡希の楽しみを奪うわけにはいかない。
高良井は俺の言葉を聞いて満足そうに頷くと。
「ソファで抱っこしたあとは水着の見せっこなんて、なんかヤバいね~」
「言い方に気をつけろよ、学校だぞ!?」
思わず俺は大きな声を出してしまうのだが、体育館で反響するボールと足音のおかげで周囲に聞こえることはなかった。
学校の連中に俺たちの関係性を誤解されたらとてつもなく面倒なことになるというのに。高良井も妙なギャンブルをしようとするなよな。
今度は水着か……。
俺の煩悩が、ますます加速しそうだった。
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