第34話 ヴェントウェルペン夜襲戦-1

 瑞穂は町長に話を通し、アンカルドゥザへの使者にシグンへの猜疑を募らせる言葉を乗せた。曰くシグンが軍需物資を横領している、指揮権を私にしているからはじまり、シグンがアンカルドゥザより美しいと吹聴しているという個人攻撃も含めての離間策。アンカルドゥザは武芸絶倫の女武者ではあるがそれゆえに智謀には優れず、考える、ということ自体が苦手であった。ゆえに策に嵌まったという自覚もなくシグンへの疑いを深め、勝手に憎しみを高めていく。直情的な彼女は一度好きになった相手にも嫌いになった相手にも等しく一本気であり、憎んだシグンに対してストレートに嫌悪感をぶつけるとシグンの側もアンカルドゥザに対して特別な義理もない、むしろローゲの寵愛を競うライバルであり、簡単にアンカルドゥザを見限った。


「あの女は駄目ね。ものの役に立たない……というより、魔軍そのものがもう駄目、か……」

 そういうシグンの幕舎をひとりの女が来訪したのは名もない町で新羅辰馬が暗殺の凶刃に斃れた(と、いうことになっている)翌日のことであり、その東洋風な装いの黒髪美女から訪問を受けたシグンはその日のうち、連れだってヴェスローディア南西戦線から脱柵してそのまま姿をくらました。


………………

「両者を食み合わせるつもりでしたが……まあ、残ったのが猪武者のアンカルドゥザというのは好都合です……辰馬さま、もう起きていいですよ」

「おう! 二日も寝かされてると鈍るっての。そんじゃ、往くか」

「はい。作戦概要はこちらにまとめてあります。あとは戦況に応じて辰馬さまの裁量で」

「ん。……マスケットがもーちょっとあれば助かるんだが」

「それならマウリッツ公に。あの方、武器商としての顔もお持ちのようですから」

「あー……梁田のおっさんみたいな。そんじゃ、800……いや、新式ライフルを1000挺。金は信用買いで。ヴェスローディア再興がなったら特権貴族兼御用商人として扱うって言えばOKだろ」

「そうですね。そのように取りはからいます」

「考証はエーリカに任せよう。あいつ、政治力高いし。それにこの国の利権を与えるとなるとあいつに決めて貰わんと困る」

「そうですね。では、エーリカさまに」


………………

「御用商人、はまぁいいけど。特権貴族かー……アタシ、特権とかそういうの廃してきた女王さまだから、それが他国人に特権を認めるのはねー……」

「たぁくんのことは?」

「そりゃ、特別よ! それとこれとは話が別。だいたいアイツはヴェスローディア国王になるわけだし!」

「ならないよ! たぁくんはあたしと結婚して新羅江南流の若当主になるの!」

 ぴーすかぎゃーすか。

 瑞穂から話しを通されたエーリカと、そのそばに居た雫はにらみ合って侃々諤々の狂騒を呈した。ほとんどとっくみあいの喧嘩に発展しそうな雰囲気だが、さすがに両者わきまえてはいる。雫は弱いものいじめはしたくないし、エーリカも勝てないと分かっていて掴みかかるまねはしない。


「まあ、辰馬さまはわたしと一緒にヒノミヤの大神官になるんですが」

「……ちょ!? なにそれ瑞穂!?」

「みずほちゃんがそんな積極的なこと言うなんて!? なにがあったの!?」

 普段ならおとなしく二人の言葉に圧されているはずの瑞穂がいきなり爆弾を投下したことで、エーリカと雫は驚き、狼狽する。まさか本当にそんな約束をしたのかと。冷静に考えると宗教や思想問題を嫌う自由主義者、新羅辰馬が宗教権威であるヒノミヤの、それも大神官位など望むはずがないのだが。

………………

「オレにライフル銃兵隊、1000スか?」

「あぁ、今回の鉄砲は防御より攻勢に使う。おれの本陣を敢えて薄くして、敵が突っ込んでくるところにお前の銃士隊が火力総動員で側面突撃……さすがに死ぬかも知れんが、やってくれるか、シンタ?」

「オレはいくらでもやりますけど。つーか、辰馬サンのほうが万倍厳しいじゃねースか。大丈夫なんスか?」

「お前次第だな……。ま、いざとなったら輪転聖王ぶっ放す。なんとかなるだろ」

 とはいうものの。おそらく辰馬はどう押し込まれても輪転聖王を使うまいということは、シンタには分かる。とにかく「殺す」ということが嫌いな辰馬である。対等な条件下での殺し合い、あるいは強敵相手の個人戦なら殺戒にも目をつぶってここまでやってきたが、相手が自分より存在力で劣るものに対して、辰馬は力を誇示するように自分の保有する大火力をぶつけることができない。言うなれば輪転聖王という力は「核兵器」であり、うっかりそれを使うことはできないし許されないのだ。


「新羅さんは俺が全力で守る。お前はその間全力で魔軍を叩け」

 辰馬の横で、大輔が言った。守る、とはいうものの魔軍は10万とも20万とも言う大軍、こちらは3300人に過ぎない芥子粒。どう戦うのかというところではある。


「あとで瑞穂から出水に「先触れ」かけてもらわんとな。それで勝てる」

「拙者でゴザルか? いくら拙者が史上空前驚天動地絶対無敵の大天才だとはいえ、期待されると困るでゴザルよぉ~……」

「あー……うん。史上空前、な。まぁ、地形作ってもらうから」

 地形というのは戦場において最強の武器になり得る。単純に高地を取っただけで、低地の敵に圧倒的優位をとれるのだから。「今の」出水秀規にはそれは不可能なことだが、「未来の可能性」である出水になら可能であることはすでに証明済み。辰馬としてはここは存分に頼らせて貰うつもりだった。


………………

「新羅辰馬が、生きていたァ!?」

 対するにアンカルドゥザの幕営。こちらは大都市ヴェントウェルペンを拠点とし、率いる兵は17万。余裕で敵を粉砕できる力を持って、巨人の女戦士は退屈をもてあましていたところであったから、むしろ辰馬が生きていると知って彼女は喜び快哉を叫んだ。たまには好敵手がいないと、面白くない!

「それで、陣を組んでるってわけか……ハッ、一当たりして突き崩す! ついてこい!」

 幕舎から名もなき町を遠望したアンカルドゥザは愛馬である6本脚の駿馬スキルファクシに跨がり、一息に馳せた。司令官の独断に全軍が一度に動けるわけではないが、その直属2万ほどはアンカルドゥザに続く。燃えるような赤毛を翻し、炎の剣を煌めかせて、アンカルドゥザは突撃した。


………………

「来んのはえぇな! つーても焦んなよ! 引きつけろ!」

 防衛戦の最前線で、シンタは敵の速戦ぶりに舌を巻く。こちらの準備が整う前に一挙蹂躙しようというやり方は、この兵力差の戦術としては間違っていない。


「間違っちゃねーけど……ここで辰馬サンの代わりに、お前は殺す!」

 シンタは冷酷な戦士の目で、アンカルドゥザの心臓に狙いを定める。乱戦の中生きるためにやむなく殺した、というのとは全く違う、暗殺狙撃。これをやったら辰馬からは嫌われ憎まれるかも知れないが、シンタとしては辰馬を殺させるより自分が辰馬に憎まれても敵を殺すほうを選ぶ。


「……我が名は魔弾の王。射貫け」

 小さく呟く。


 引き金を引いた。


 薬莢を飛ばし、雷をまとって飛ぶ弾丸は狙い過たずアンカルドゥザの身体へと向かった。遮るものはなし。筋肉質の巨大な乳房を貫き、心臓を突き破る、かに見えた。


 が。


瞬前で左手を閃かせたアンカルドゥザ。なんと手づかみで弾丸を握って止めてしまう。


「……嘘だろ……?」

 続けてシンタの部卒が放つ射撃も、すべて炎の剣ではたき落とす。恐ろしいほどの反射速度……というより、視力がおそらく異常なまでに優れており、撃ち込まれた弾丸がスローモーションで見えているらしい。

 2キロ少々ある距離。そこから100段駆けにして突っ込んでくるアンカルドゥザ。シンタは逃げる暇も与えられない。唸る炎の剣、危うく首が飛ぶ、その寸前で。氷霜が下り、ひるがえる蛇腹の氷刃が炎の剣をはじき返す。


「はい、それまで」

「辰馬サン! 本陣いーんすか?」

「ばかたれ。弟見殺しにできねーだろーが……ってなわけで、こっからはおれが相手しようかね」

「実のところ、誕生日オレのが先ですけど……」

「いらん茶々入れんな。集中切れる」


 右手に天楼、左手は開手で拳法の構え。

「おまえが新羅辰馬かァ! ヒャハア、わかるぜぇ、こいつぁ強いってのがビンビン来やがる……! アタシと遊んでもらおうか!!」

 唸る炎の剛刀。辰馬はそれを軽く受け。


 バランスを崩したのか、身を傾がせ。


「辰馬サン!?」


 シンタが悲痛に叫んだ、次の瞬間。


崩されたはずの辰馬の刃が、逆にアンカルドゥザの腹を裂いていた。


「く……!? まぐれ、か……? あんな体勢から……」

「まぐれかどーか、確かめてみろよ。まあ、確かめる前に失血死かもしんねーが」

「舐めんな!」

 ギギン、ガンガンッ、ドシュ、ズシャ!


5合、10合の打ち合い。またアンカルドゥザが優勢に立ったように見えて。


辰馬ではなくアンカルドゥザの肩に、一筋深い傷が入る。


「ちぃ……こいつ……!?」

 アンカルドゥザは歯噛みしつつも、未知の術理にやや恐怖を感じる。優勢をとったと思った瞬間、押し込めたはずの相手から正確無比のカウンターを受けるという事実、新羅辰馬がこれを狙ってやっているとしたら……危険すぎる。


「辰馬サン、足、脚! 大丈夫なんスか!?」

「あー、この動きはほとんど踏ん張らないからな。大したこたぁねぇ。心配すんな」

「……お前たち、一斉に掛かれ! コイツはここで、確実に殺す!」

 アンカルドゥザは咆吼し、配下の兵2万に下知を飛ばす。本来、強敵相手に部下の手を借りることを好まない主のそんな命令に2万の兵はわずかためらいつつも、怒号を上げて辰馬の首を取ろうと殺到した。


「あいよ。そんじゃ……輪転聖王・梵」

軽くかがんで地面に手をつき、破壊と創造と維持、絶対なる三神の力を我が身に下ろし、発す。たちまち発すは、天を衝くほどに屹立する、金銀黒白の巨大な光の柱。そのすさまじいというも莫迦らしくなるほどの威力を前に、魔軍の兵たちは茫然となり、愕然とし、驚震て震駭した。アンカルドゥザが止める暇もあればこそ、彼らは算を乱して逃げ惑う。


「あいつら……! ち! この勝負はいったん預けるぜ!」

「逃がすかクソ女!」

 スキルファクシを回頭させて逃げを打つアンカルドゥザの背に、シンタがライフルを構えてぶっ放す。この距離なら魔族だろうと即死のはずの一撃を背中、脊髄上に受けたアンカルドゥザだが、悠々と去って行く姿に大したダメージを受けた様子もない。


「……お前さ。殺すつもりだったよな、今の」

「……いや、だって、敵ですよ!? 殺し損ねて怒られンなら分かりますけど……」

「そーゆーのはできるだけやめろ。魂が穢れる。生きるために仕方なく殺すのと、殺せば楽できるから殺すってのは全然、違う」

 辰馬はこれまで、戦闘指揮官として少なからず人を殺してきた。が、愉悦のためや楽をするために殺したことは一度もないというのが主張である。戦争という、敵味方二つの意思がぶつかり合う場にあってやむなく敵を殺したことはあるが、それとて自分を正当化できるものではない。だから辰馬は結局、戦場では吐瀉し続ける運命にあるのだろう。


「分かりましたよ。ったく辰馬サンめんどくせーったら……」

「聞こえるよーに悪態つくのやめよーな……さて、決戦は明日、か……」


………………

東洋系の美女……東方で新羅狼牙の前から逃れてきた混元聖母は、シグンを伴ってヴェスローディア主神の宮殿、セッスルームニルにやってきていた。神力では開くことのできない封印も、混元聖母の「盈力」の前では安物の南京錠に等しい。


「久しぶりですね、聖母さま」

 女神ロイアはゆったりと紅茶を出して二人の客人をもてなすが、混元聖母は座ることもなく口を開く。

「ロイア。今日は大事な話をしに来た」

「大事な話。それは?」


 聖母の口から、何事かが紡がれる。ロイアはわずかに難色を示すようだったが、聖母の説得により次第に考えがちになり、うなずいた。


 ともあれ、彼女らの動向が明確なものとなるにはしばしの時を要す。


………………

 そして、夜半。

「突撃、吶喊ぁ~ン!!」


 決着は明日、そう言った新羅辰馬は全軍を上げての夜襲を敵陣へ敢行した。


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