第526話 拒絶

『黒のシリーズ』は、古の黒龍の素材を元に二百年前にドワーフ達が作った武具である。


『魔刃メルギド』

『闇の衣』

『黒の杖』

『墨焔の魔弓』

『魔黒の甲冑』


 以上の五種が作られ、どれも凄まじい性能を発揮した反面、使用者に多大な代償を強いた。その代償とは使用者の『命』である。生命力や精神力、寿命、血など、使用する度に武具は使用者の命を吸った。『黒のシリーズ』の代償は、いずれの武具も製作者が意図せぬものであり、しかも代償の程度は使用頻度に比例しなかった。ある者は触れただけで命を落とし、また、ある者は数度の使用で廃人と化した。


 まるで武具自体に意思があるかのように、武具が所有者を選ぶのだ。


 事実、五種の武具は黒龍の祖『黒源龍 九頭龍クヅリ』の自我が存在し、武具それぞれに意思がある。しかしながら、それを知る者は製造者や使用した者を含め殆どいない。



 二百年前。勇者の一人は刀の所有自体を嫌った。弓を使用した者は若くして寿命を散らし、鎧を着た者は全身の血を吸われて命を落とし、死後、不死者アンデッドと化して二百年間地下を彷徨い続けることとなった。


 そして現在。

 

 古代都市フィネクスの地下に広がる古代遺跡にて、夏希達は『魔黒の甲冑』を纏ったまま不死化した過去の勇者『魔剣士ライアン』に遭遇。互いにあらゆる攻撃を無効化し、戦闘は膠着状態に陥った。


 その際『魔黒の甲冑』が『魔剣士ライアン』の身体を離れ、強引に夏希の暗黒鎧と融合してしまったのだ。自らを『黒源龍 九頭龍クヅリ』を名乗り、以降、夏希に付きまとうこととなった。


 元来、夏希の『暗黒騎士』の能力で生み出された暗黒鎧は、魔法や物理攻撃を吸収して無効化する。しかし、人が着る鎧の構造上の欠点は当然あり、関節部や外部環境の変化までは無効化できない。あくまでも鎧に当たった物理的衝撃を吸収するだけだった。


 しかし、『魔黒の甲冑クヅリ』と融合したことにより、それらの弱点は消えた。クヅリは装着者ナツキをあらゆる障害から自らの形状や性質を変えて守ったからだ。夏希は、毒や精神汚染は勿論、水中や火中にいても何らダメージを負うことは無い。その上、前所有者は全身の血を吸われて絶命したにも関わらず、夏希は無傷で使用を続けている。



 ただし……



『ナツキニハ、リュウノコヲハラムマデシンデモラッテハコマルデアリンス』


「またそれ? そんなのムリって何度も言ってるでしょ! そんなことより、この骨野郎を倒す方法は何か無いの?」


 夏希は鎧を解放する度に、喋る鎧の相手をする羽目になった。それも、恐ろしく気まぐれで、執拗に『龍』の子を産むよう、夏希に要望して来るのだ。



『ソノマエニ、ワッチガイナケレバ、ナツキハメイカイノセイシンセカイカラモドッテコレナカッタデアリンスヨ? ナニカイウコトガアリンショウ?』


「アリガト、タスカッタワ。……これでいい? 早く教えて」


『ココロガコモッテナ――』


「いいからっ! 早くっ!」


『ナツキノチカラデハ、メイカイノソンザイヲショウメツサセルコトハムズカシイデアリンスネェ……』


「難しい? でも、一応あるにはあるんでしょう? それを教えて」


『ナイデアリンス』


「使えねぇ……」


 夏希の眉間に皺が寄る。着ている鎧と会話する光景は何ともシュールだが、現在、夏希に首の骨を折られたまま握られているモルズメジキの内心は怒りに満ちていた。



「小娘ぇぇぇ! ひ弱な人間の分際で深淵の王たる我を殴るとはっ! 許せん!」


「なに? 殴られたのがそんなにショックだった? アナタには私の剣が効かないみたいだから殴ったんだけど、どうすれば死んでくれるのかしら?」


「減らず口を……人間の分際で暗黒の力を使えるからと調子に乗りおって……だが、所詮は人の身。お前を葬る手段なんぞいくらでもあるのだぞ?」


「負け惜しみ?」


「ふんっ、それはお前だろう? 我に有効な攻撃手段でもあるのか? 小娘」


 モルズメジキの指摘に、夏希は内心舌打ちをする。暗黒剣で斬り刻んでもモルズメジキは殺せなかった。普通の不死者ならバラバラにして終わりだった。しかし、目の前の骸骨は違う。こうして鎧の力で殴りつけ、骨を砕いてもすぐに元に戻ってしまうのだ。


 折ったはずの首の骨も、飛ばした歯もいつの間にか元通りになっている。時間を巻き戻したかのように壊しても元の姿に戻ってしまい、倒す糸口が見つけられなかった。


不死者アンデッドのくせに再生するなんてとんだバケモノね」


「……再生では無い。我に触れることができ、身体を傷つけようとも、お前程度の力では冥界の存在である我を滅することは出来ん」


 突如、冷静になったモルズメジキの身体が黒い霧となって霧散した。その霧は部屋の窓の前に集まり、再び王冠とローブを纏った骸骨が現れる。


「小娘、お前の他に別の力をその鎧から感じる……単なる意思ある武具インテリジェンスアーマーではないな?」


 モルズメジキが夏希の鎧を指差す。


「さあね」


「ふっ、まあ良い。お前の力を奪ってやろうと思ったが、急ぐ必要は無い。我にとって時は永遠」


 そう言って、モルズメジキは再び黒い霧になって窓の隙間から外に出て行ってしまった。



「逃げた?」


『デ、アレバイイデアリンスガ……メンドウナアイテニツキマトワレルハメニナリソウデアリンス』


「アンタがそれ言う?」


『シバラク、ワッチハ、カイジョシナイコトヲオススメシンス』


「アンタを着てると疲れるのよね」


『ソレハシカタ……』


「どうしたの? ……クヅリ?」



『ナンデモナイデアリンス』


 …

 ……

 ………


『拒絶されんした』


「ん? 何だいきなり……拒絶?」


 拠点である奴隷商への帰路中、レイの腰から突然クヅリが声を発した。 


『わっちの一部が近くにいんす。接続しようとしんしたら抵抗されんした』


「お前の一部……って『魔黒の甲冑』か? 王都にあったのか。フィネクスって街の地下遺跡にあったんじゃ無かったのか?」


『どこにいたかは知りんせん。さっき、突然気配を感じたでありんす。鎧が近くにあるのは間違いありんせん』


「誰かの魔法の鞄にでも入ってたか……まあ、十中八九、勇者共の誰かのだろうが……拒否されたってのが気になるな。お前の一部なんだろ?」


『そのとおりでありんす。わっちが主人格なはずでありんすが……』


「主人格? ……まあいい。今は戻る気は無い。向こうにヤバい鎧があるって情報で十分だ。後で鎧の特性を教えろ」


『嫌な予感がしんす』


「お前がそんなことを言うのは珍しいな。だが、後だ」


 レイはそう言って、光学迷彩を解除し、奴隷商の敷地の中に降りていった。



 建物の入口にはブランが仁王立ちのように立っていた。普段は仰向けになり、だらしなく寝ているブランが珍しい事だ。


「ブラン?」


「アニキ……イヴちゃんが……」


「?」


 …


「何があった?」


「レイ……ごめんなさい……私もいたのに……」


 部屋には半泣きのリディーナと、ベッドに寝かされているイヴの姿があった。


 事情を簡単に聞いたレイは、すぐにイヴの様子を見る。


 イヴの意識は無いものの、呼吸による胸の上下運動により、死んでいない事は分かる。しかし、明らかに呼吸がおかしい。イヴの首筋に指をあて脈を取るも、心拍リズムも狂っていた。


 レイは、イヴの全身をくまなく『透視』魔法でチェックする。脳や内臓に異常は見られない。血を吐いていたと聞いたが、それらしい形跡は無かった。


「……あの男。無粋な真似はするなとかどうとか……伝えておけって……タカシってレイのこと? まるで知ってるみたいな口ぶり――」


「なんだと? 今何て言った、リディーナ?」


「え?」


「タカシってのは俺の前世での名前だ。俺を下の名前で呼ぶ人間は限られる……まさか」


 レイは再度、イヴの様子を見る。毛布を剥ぎ取り、衣服を脱がす。


「間違いない……あの師匠ジジイだ。血を吐いたにもかかわらず、身体の外にも内にも損傷が全く無い。それに、内臓が炎症を起こしていないのに大量に発汗し、体温も高い。……師匠の外気功だ……だが、なんだ? 人体の破壊が目的じゃない。どういうことだ?」


 レイはリディーナの言葉とイヴの状態を見て、すぐに師匠である新宮幸三の姿が浮かんだ。気功の達人でもある師は、自分の気を他人に流して気の流れを狂わせることができる。逆に、乱れた気を正常に戻し、体の不調を整えることもできた。イヴの症状は、破壊ではなく治療の為の気功を受けたことは自身の体験からも明らかだ。しかし、レイにはそれが理解出来ない。


 新宮幸三が本気で殺すつもりなら、今イヴは息をしていない。新宮幸三は外傷を全く与えずに相手の心臓を止める事ができるのだ。殺す気が無かったとしても、相手を治療する気を放つのは意味不明だ。


「とりあえず、イヴは心配無い。どうしてこんな真似をしたのか意味が分からんが、死にはしない」


「で、でも!」


「乱れた気は、その内、自然に元に戻る。寧ろ、今は何もしない方がいい。あのジジイらしい荒っぽいやり方だが、破壊の為にやったわけじゃないのは分かる」



「レイ、あの男を知ってるの?」


「……俺の師匠だ」


 レイはイヴに服を着せ、毛布を掛けながら答える。その表情は怒りを押し殺しているようにも見える。


「そんな、どう見ても十代だったわよ? そんなことって……あっ」


「『若返りの薬』だ。あのクソジジイ……勇者共に召喚されて薬を飲みやがったに違いない。堕ちやがって……」


 勇者達が地球から現代人を召喚しているのは偵察に出て判明した事だが、レイは、自分の師を召喚したとは夢にも思っていなかった。召喚できたとしても、レイの知る新宮幸三は素直に勇者達に従う人間でもない。


「若さか孫娘の仇か……しかし、どっちも動機としては弱いな」


「十分じゃないの? レイの師匠ってあのシライシヒビキの身内なんでしょ? 敵討ちってことも……」


「ジジイは、修羅に堕ちた門弟は身内だろうと始末しろと言って来るような人間だぞ? 仇は仇だろうが、どうもおかしい。第一、それが理由でこっちに来たなら、今頃、リディーナもイヴも殺されてる。手を抜いてる時点で敵討ちじゃないのは明白だ」



「なんだか、レイと戦いたがってるようにも感じたけど……」


「そんなのいつものことだ。いつになったら自分を殺せるのかと、会うたびに剣を抜いて斬ってくるんだ。それに関してはおかしいことじゃない」


「嘘でしょ?」


「少し頭がオカシイのは確かだな」


「少し?」



「旦那っ! 来てください! 大変です!」



 部屋にバッツが血相を変えて飛び込んできた。バッツ達『ホークアイ』はこの奴隷商の建物の警備をしていたはずだ。


「どうした?」


「そ、空が……」


「「?」」


 …


 レイが王宮を脱出して、拠点に戻って来た時は、朝日が登り始めていた。しかし、真っ黒な雲が空を覆い、太陽の光を遮っていた。太陽光を遮るほどの雲は自然界には存在しない。どんなに厚い雲が発生したとしても、夜のような真っ暗になることは無いのだ。自然ではあり得ない状況にバッツ達が慌てるのも無理は無い。


「さっきまで雲一つなかったはずだがな」


「はい……ですが、いきなりあの真っ黒な雲が城の方から発生して、あっという間に空を覆っちまいました……夢でも見てんのかと」


 天候が急変すれば誰でも驚くだろう。それも自然では決して発生し得ない現象なら尚更だ。


 いかに魔法でも天候を変えるような大規模な現象は、桁違いに大量の魔力が必要だ。とても人間に起こせる力ではない。人より多い魔力量のあるレイでも、天候を変えるには『天使化』する必要がある。


「この現象を引き起こした装置やら設備があるってのが一番しっくりくるが、これがもし、個人で起こしたものなら、そいつは天使並の力があるってことだ。少なくとも勇者じゃない」


「レイっ! あそこ見て! 城の上の方!」


 リディーナが城の上層を指差す。レイがいた実験室のあった辺りだ。二人は視力を強化して蠢く物体らしきものを凝視する。


「なんだアレ? 骸骨が王冠なんて被って……幽霊か?」


「不死者……」


「「「何も見えないんすけど……」」」


 視力を強化するすべを知らないバッツ達を他所に、リディーナは深刻そうな顔をしている。『風の妖精シルフィー』をその身に宿すリディーナは、本能であの存在を脅威と捉えていた。


「俺が偵察した限り、あんなバケモンはいなかった。制御されてるようには見えない。大方、勇者共がやらかしたんだろう。……こっちに気づいてないなら放っとけ」


「「「えっ!?」」」


「アレが暴走してるなら勇者共を始末する手間が省ける。まあ、向こうにジジイがいるならそれも期待できんがな」


「シングウコウゾウ……確かにあの強さは普通じゃなかったわ。私もイヴも手も足も出なかった」


 リディーナは命を弄ばれた感覚を思い出し、震える身体を自ら抱きしめる。



「仮にも『勇者』だしな。素でも手が付けられないのに、能力チートまで使えるならあのジジイに勝てる奴はいない」


「レイでも?」


「俺でもだ。まあ、にやればの話だけどな」


「?」


「リディーナ、俺は寝る。イヴの部屋にいるから、何かあれば起こしてくれ」


「う、うん……」



(((この状況で寝るぅ?)))


 …


 部屋に戻ったレイは、イヴのそばにある椅子に腰かけ、上着を脱いで服を口に咥える。


(大分、血を流し過ぎたな……)


 短剣で腕を切り開き、浄化魔法を掛けながら指を入れて強引に弾丸を取り出す。魔法がなければこのような処置は絶対に行わない。浄化魔法と回復魔法あればこその処置だ。


 フゥー


 咥えていた服を吐き出し、深く息を吐くレイ。回復魔法を施してようやく痛みが緩和されてきたが、それまでは激しい痛みを必死に堪えていた。しかし、それを表情に出すようなことはしない。


(ジジイめ、こっちに来たことといい、一体何が狙いだ? 俺の動揺を誘う為なら二人はとっくに殺されてる。自分の存在と力を見せつけるような真似までして……)



(天使化すればイヴは治せる。だが、それはしない方がいいと感じるのは何故だ?)


 イヴの姿を見ながら、すぐに回復してやりたい気持ちと、何故かそれをしてはいけないという感覚に戸惑うレイ。そのような葛藤は初めてだった。

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