第523話 無敵

 ―『強制支配ドミネーション』―


 キィィィーーーン


 甲高い音が鳴り、『重騎士』渡辺大輔の大盾が高槻祐樹の放った魔法を弾く。


「は?」


 相手の精神を支配する闇属性魔法『強制支配』。それが効かなかったことを不思議に思う高槻。自身が放った魔法が弾かれるなど初めてのことだ。


「ば、僕の『神盾イージス』に魔法は効かない……高槻君……クラスメイトに魔法を放つなんて……ゆ、許せない」


 渡辺は構えた盾の裏で高槻を睨む。


「陰キャのブタが生意気な――」


 ―『召喚! 黒薔薇ロザネグラ!』―


 高槻の足元に無数の黒い茨が現れる。『召喚士』太田典子が召喚した異界の植物だ。黒い茨は高槻を囲む様に蠢き、やがて高槻に飛び付いた。


「悪いけど、動きを止めさせてもらう! ……高槻君、一体どういうつもり?」


 太田はいきなり魔法を放った高槻を咎める。


「どうもこうも、さっき言ったとおりだよ。夏希以外のモブに用はない。邪魔するなよ……こんなものッ! 『風刃障壁』!」


 風の刃が高槻を守るように周囲に展開される。それに触れた茨は高槻に触れる前に細切れになっていった。


「なっ!」

「ちょっ! 魔法の発動が早過ぎない?」


 召喚した黒い茨がいとも簡単に防がれ目を見開く太田の横で、『盗賊』近藤美紀が愚痴を漏らしながら白い外套の裾を跳ね上げる。その懐には様々な種類の短剣が収納されており、手慣れた様子でその中の一本、黒い短剣を抜いて高槻の足元に投擲する。


「半径二メートル内にある魔力を霧散させる短剣だよ! これで高槻君もただの高校生……えっ?」


 高槻の生み出した風の刃諸共、黒い茨も短剣の効果により霧散していく。が、それと同時に、高槻の身体に模様が浮かび出した。魔法陣のような幾何学模様のそれは、虹色に光りながら高槻の全身に現れていた。


「何アレ?……」


「ただの高校生、か……ははっ! 確かに魔術師が魔法を封じられればそうなるね。けど、そんな分かりやすい弱点をこの僕がそのままにしておくわけ無いだろう? 『魔血銀』って知ってるかい? 予め、特殊な技法で魔力を練り込んだ魔法陣を身体に施してるんだ。こいつがあれば、魔力を遮断されても魔法を発動できるのさ。こんな風にね……『凍結』!」


 そう言って、高槻は黒い短剣に氷魔法を放つ。みるみる短剣が凍り付き、やがて粉々に砕け散った。ここまで強力な氷魔法を瞬時に放てる魔術師はいない。例え、能力によるものだとしても、発動の速さと威力のコントロールは驚嘆に値する。


 一連の魔法行使能力を見て、『エクリプス』のメンバーは、高槻祐樹が能力に頼っただけの人間ではないと察する。仮に魔法の発動が能力によるものだとしても、能力自体も魔法と同じようにイメージは必要だ。能力にしろ、魔法にしろ、自分の能力と得意とする系統、それも、種類を絞ってようやく戦闘で使えるレベルになる。それは、いくつかの魔法を自分達も独力で覚え、能力を使えるからこそ分かる事だった。


「魔封の結界内で魔法を? それも、系統の異なる属性を瞬時に……」

「黒の短剣があんなにあっさり壊されるなんて、何て魔法の威力……」


 太田と近藤が同時に呟く。


 短剣を破壊し、魔封の結界が消失して高槻の身体から紋様が消える。


「クラスカースト下位の隠キャ共……ウザいから全員殺して――」


「黙れ」


 夏希・リュウ・スミルノフが高槻の声を遮った。軽蔑の眼差しを高槻に向け、夏希は皆の前に出る。


「みんな下がってて。私がやる」


「ダメだよ、夏希! 高槻君の魔法発動の速さは普通じゃない! 皆で一緒に――」


「アレは殺すつもりじゃないと止められない。逃げるって手もあるけど、あのイカレっぷりだとストーカーになるのは確実だし、そんなのゴメンよ。それに私、ああいう差別的なヤツって嫌いなの」


「「「で、でも」」」


 夏希の言葉に『エクリプス』のメンバーは一様に動揺する。発言の殆どは本心かもしれないが、夏希の思惑を全員が察したからだ。


 人を殺す……それは、彼女達がこの世界で冒険者として生きていくのに避けられない行為だった。日本への帰還を諦めれば、そのような事をしなくても済んだかもしれない。しかし、彼女達は帰還を諦めず、一刻も早く帰りたかった。金に糸目をつけず、能力で強引に事を進める彼女達は非常に目立ち、彼女達を狙う輩は増えていった。騙し、襲ってくる者達に言葉は通じず、排除せざるを得なかったのだ。


 なぜなら、この世界は法が機能しているとは言い難く、また、身分制度により公平性など無いからだ。公正公平な裁判など無く、人権も無い。他所の世界から来た人間には特に厳しい現実が待っていた。襲ってきた者の命を奪わず、見逃した場合どうなるか、命乞いをした者を許して後悔したことは一度や二度ではなかった。自分達の事だけならまだいい。だが、自分達が見逃した所為で罪もない弱き人々が犠牲になるのは彼女達には耐えられなかった。


 だから、『エクリプス』のメンバーは、誰もが人を殺した経験を持っている。襲って来る者、自分達の目的を阻害する者には容赦しなかった。しかし、能力を使って好き放題してきた他の勇者達と違い、これまで彼女達は身を守る以外で人を殺めてはいない。言うまでも無く、日本に帰り、元の生活に戻った後のことを考えていたからだ。


 正当防衛。その言葉で人を殺すことへの罪悪感を誤魔化し、日本に戻った後は忘れる為、彼女達はこの世界の出来事や出会った人々を現実では無いと言い聞かせてきた。現実には変わりない、しかし、そう思わなければ心を保てないと思ったからだ。人を傷つけ、殺すことに慣れたくは無かったのだ。


 しかし、目の前の高槻を殺せば話は変わる。クラスメイトを殺す。それは、この世界で野盗や不良冒険者を殺めるのとは違う意味を持っていた。クラスメイトを殺せば、この世界の出来事を日本にも引きずることになる。特に高槻祐樹はアイドルとして活動している芸能人だ。世間に溢れるその顔と名前が心に突き刺さるだろう。


 そんな思いをするのは自分一人で充分だ、そう考えている夏希。


 そして、そう夏希が考えているだろうと『エクリプス』のメンバーは全員が理解していた。


「殺すつもりとか、ストーカーとか、僕にそんなことを言う女なんていなかったから、なんだか新鮮だね」


「強制支配だっけ? 魔法で他人を縛って楽しい? いつからそんなキモいキャラになったのかしら? それとも、それが素?」


「魔法で縛るのはあまりやりたくないんだよ。人形はつまらないからね。けど、キミは強いから調教が必要だ。最初は我慢してくれよ。それに、キミがそれを責めるのかい? キミだって清水マリアと松崎里沙に同じ事をしてただろ? キミも同類だと思うけどね」


「あの二人が何をしたか知らないからそう言える……例え、この世界が現実じゃないとしても、人を欺いて奴隷として売り払うなんて……アナタもあの二人と同じ、自分の欲の為に人を傷つける。それを何とも思わなくなった人間に容赦はしない」


「ふーん……」


「……」


 暫し両者の沈黙。そして、タイミングを合わせたように二人は同時に動きだした。


 ―『強制支配』―

 ―『暗黒鎧全身装着』―


 高槻が魔法を放ったと同時に、夏希の全身を漆黒の鎧が隙間なく装着された。


 勇者や聖騎士の纏う聖鎧はあらゆる物理や魔法を弾く。それに対し、夏希の能力である『暗黒騎士ダークナイト』の暗黒鎧は、闇に飲み込まれるように物理・魔法、双方の攻撃を吸収してしまう。


 高槻の放った魔法も、全身隙間なく覆われた鎧が吸収してしまった。


「おいおい、チート過ぎるでしょ、それ。それに、キミの綺麗な顔がそれじゃ台無し――」


 高槻を無視し、顔まで覆った兜の下から、夏希は次なる一手を呟く。


 ―『暗黒剣召喚』―


 夏希の手に、鎧と同じく漆黒の長剣が現れる。

 

 まるでそこに穴でも開いているかのような漆黒の剣。それに斬られたら、いや、触れただけでもただでは済まないと誰もが思う程、その剣は異様な雰囲気を放っていた。


「そいつもヤバそうだ」


 漆黒の剣を手に近づいてくる夏希に対し、言葉とは裏腹に高槻の顔には余裕の表情が浮かんでいる。実験室の広さはそれほど大きくはない。殆ど接近戦ともいえる距離で相対していながら、『大賢者』という魔術師系の能力持ちの高槻が余裕の態度を崩さないことに夏希は疑問を覚える。


「随分、余裕……ねっ!」


 夏希は一直線に高槻に走り出し、黒剣を袈裟切りに斬りつける。身体強化を施しているのか、普通の剣士より遥かに速い。


 しかし……


 ―『超速移動』―


「ッ!」


 斬りつけにいった高槻の姿が突然消えた。


 パチパチパチ


 夏希の背後から拍手が聞こえる。


「速い速い……でも、当たらなければ意味は無い。それに、こちらの攻撃が通じなくても方法はいくらでもある。けどその前に……大輔ブタ。お前、邪魔だよ」


 いつの間にか、高槻は渡辺大輔の横におり、夏希に拍手を送りつつ、大輔を睨んだ。


 ―『身体超強化』―


 ドガッ


 渡辺大輔が部屋の壁に激突する。高槻は一瞬で現れ、重鎧を着込んだ肥満体の大輔をいとも簡単に蹴り飛ばした。その出来事に、他の『エクリプス』のメンバーは驚き動けなかった。


「ここは狭いからあんまり強い魔法は使いたくないんだ……けど、もうどうでもいっか……『雷電』!」


「きゃ!」

「ぎゃ!」

「うがっ!」


 高槻を中心に無数の光が放たれ、『エクリプス』のメンバーが電撃に貫かれた。太田と近藤はその場に倒れ意識を失う。夏希にも電撃が当たったはずだが、漆黒の鎧に吸い込まれ夏希にダメージは無い。魔法を弾く『神盾』を持つ渡辺大輔は盾を構える暇なく雷の直撃を受けたが、意識を失うことなく、立ち上がろうとしていた。


「た、高槻君……なんてことを……」


「おいおい、ブタが喋るなよ。手加減してやったのがわかんねーのか? けど、お前には本気なヤツをくれてやるよ。『雷――」



―『暗黒剣解放・反転世界』―



 高槻の視界が急転する。光と影が反転した異様な景色に突然変わったのだ。


 今まで見えていた人や物が見えなくなり、影になって見えなかったものが見える景色。


「一体なんなんだこれは……」


 完全な闇ではない。単純に視界を奪われたわけではないことが逆に高槻には不気味に映った。


 大輔は黙り、その場から動かない。夏希の能力を知っている彼は、じっと息を殺して夏希の邪魔をしないようにしていた。


 そして、すぐに景色は元に戻った。


「ははっ、一体何の真似?」


「もう終わったわ。自分の身体を見てみたら?」


「え?」


 高槻の身体には至る所に入れ墨のような黒い傷跡が残っていた。その傷痕に痛みは無く、高槻も何をされたのか想像がつかない。


「私の能力の一つよ。この剣に物理的な攻撃力は殆ど無い。けど、これで斬られた部分は私の意思でいつでも破壊できるのよ。アナタがいくら素早くても、反転世界では空間の殆どが暗黒剣そのものになる。攻撃は一瞬、回避は不可能よ」


「そんな嘘みたいな能力がある訳……」


 ビッ


 夏希を指差した高槻の人差し指が突然切断された。その傷からは血が一滴も出ておらず、痛みも無かった。


「ぼ、僕の指が!」


「理解できた? 次はどこを斬ろうかしら?」


「――ッ!」


 先程までの余裕の表情が一変、高槻の顔が青褪めた。黒い傷跡は首や胴体にも無数にある。高槻祐樹は夏希・リュウ・スミルノフに命を握られたのだ。


「そんな理不尽な力……そうか、闇属性の幻術か! 『解』!」


 高槻は魔法を放ち、自身を淡い光で包み込んだ。己に掛かった幻術や精神汚染を解除する光属性の魔法だ。


 しかし、光が収まっても高槻の指は無くなったままであり、黒い傷跡も消えていない。夏希の能力は幻術などでは無かった。


「馬鹿な! 幻術じゃない? 現実? だとしたらオカシイだろっ! 『水牢』!」


 夏希の周囲に水が発生し、あっという間に夏希は水の中に閉じ込められた。『水牢』の中では呼吸ができないのは勿論、素早く逃げても水が纏わりついて逃れられない。


「……」


 夏希は水に閉じ込められても取り乱さず、足掻くこともしない。やがて、発生した水が鎧に吸い込まれるようにして無くなり、『水牢』は消失した。


「嘘だろ! 魔法はともかく、呼吸は出来なかったはずだ! なんで平気なんだよ!」


 取り乱すように高槻は叫ぶ。『水牢』が消失するまで二、三分は掛っていた。その間、呼吸を我慢していたとしても、平然を装うには無理がある。


 あらゆる攻撃を受け付けない鎧と、防御や回避が不可能な剣。そんな絶対無敵とも言える能力が存在するはずない、そう高槻は思っていた。自身の魔法能力も弱点やリスクがいくつもある。『勇者』の能力である聖剣や聖鎧も強力だが絶対ではない。能力や武装が強力でも、扱うのは人間だからだ。攻略しようと思えば間接的に殺す方法がいくつもある、そう思っていたのだ。


 だが、夏希の『暗黒騎士』の能力にはそれが見つからない。『大賢者』の持つ知識でも、夏希は理解不能だった。



 ―『『暗黒騎士』は絶対無敵。誰も夏希には敵わない』―



 高槻の脳裏に、吉岡莉奈が発した言葉が浮かぶ。


「そんな都合のいい能力なんてある訳ない……」


「もういいかしら? 鬱陶しいわ」


「待て、待ってくれ! 分かった、さっきのことは取り消す! もうキミ達には構わないから――」


「そう言うセリフ、もう聞き飽きてるのよ。それに、攻撃しておいて自分にはやめてくれって虫が良すぎない? そういうの、私嫌いなのよね」



 次の瞬間、高槻の胴体が二つに分かれた。

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