第522話 内紛

「くそぉぉぉぉおおおおおお! くそっ! くそっ! くそがぁあああーーー!」


 赤城香織が死んだと言う、ロビンソンの言葉を確かめる為、実験室を訪れた高槻祐樹は、赤城の生首を見て激高していた。


 この場には地上に飛び降り、ロビンソン達の処理を行った巨躯の騎士『鬼人兵』に代わり、高槻の護衛として親衛隊の騎士達がいる。彼らは激高する高槻とは違い、赤城の死に動揺していた。


「ユ、ユウキ様……聖女カオリ様が――」


「くそっくそっくそっ」


 親衛隊の声が耳に入っていないのか、高槻は親衛隊の騎士達を無視して悪態を吐き続ける。


「このクソブスがっ! 何勝手に死んでんだよ!」


 そう叫び、高槻は赤城の生首を蹴り飛ばす。


「お前等も見苦しい! 『風刃』!」


 赤城の『惚れ薬』の実験に使われ、繋がれまま呻き声を上げる男達を、高槻が風魔法でバラバラに切り刻んだ。


 実験室内に新たな血臭が充満する。レイの作り出した血の海に上乗せするように、凄惨な現場が更に酷くなる。


 戦闘に慣れた者でも、複数の人間がバラバラになった現場を目にする機会などそうはない。それは歴戦の勇士である親衛隊も同様だ。嫌でも鼻腔を刺激する血臭や臓腑の臭いに、騎士達は揃って口元を押さえ、眉間に皺を寄せる。


(((なんて状況だ……)))



 そんな騎士達とは対象的に、高槻は凄惨な光景を気に留めることは無かった。異世界に来て一年以上。特殊な能力を得て、人を殺すことに慣れてしまっているのかもしれないが、十代の高校生がこの光景に不快感を示さないのは異常な事だ。


 元々の性分か、それともこれまで高槻が行なってきた所業によるものか。それを知るのは一部の人間だけだ……。


 …


 実験室のある階とその下階以降は、魔法を封じる『魔封の結界』が張られていた。しかし、少し前からその結界は消失している。


 そのことに疑問を感じるのも忘れ、高槻は怒りと今後予想されるこの国の未来に思考が支配されていた。赤城香織の作る『若返りの薬』が無くなれば、親衛隊をはじめとする若返った者達の若さは維持できない。それどころか、薬の効果が切れれば、たちまち朽ち果ててしまう。若返りの薬は定期的に服用しなければ若さは保てないのだ。それに、国内の教会と聖職者を全て排除し、病院を作って無償提供している『高位回復薬』や『万能薬』が無くなれば、オブライオン王国の国民は怪我や病気の治療手段を失う。


 このことが知れ渡れば、在庫の薬を巡る争いが必ず起こる。大量の死者が出るのは間違いなく、不安や怒りの矛先が自分に向けられるのも容易に想像できた。


 元の体制には二度と戻せない以上、国の再建は不可能に近い。既存の医療体制を排除し、国中の医療をたった一人の人間に依存した結果だ。赤城の薬は、国の統治を早める起爆剤になったのは確かだが、失われた際に予想されるリスクを高槻は軽視していた。


 人は、物事がうまくいっている間は起こり得る最悪の事態というものに消極的だ。想定は出来ても実際に行動するまでには中々至れない。高槻も国の統治を進めることを優先させ、赤城香織の死、または、薬が作れなくなる事態に対して具体的な対策は後回しにしていたのだ。


 赤城への警備は厳重に行ってしかるべきだったが、赤城本人が屈強な男達を側に置くことを嫌がり、また、王宮内は安全だと盲信していた為、それが為されることは今日まで無かった。


 しかし、それらを後悔してももう遅い。



「この役立たず共のおかげでぇぇぇーーー!」


 ドカッ


 血の海に横たわる、レイが殺した傭兵達の死体を高槻は何度も蹴る。


「九条め! 余計な事ばかりしやがって!」


 ドカッ


「何が傭兵には傭兵だ!」


 ドカッ


「警備計画はプロに任せろ?」


 ドカッ


「全然使えねーじゃねーかよっ! 初めから僕の言うとおりにしておけば良かったんだ! そうすりゃ、城に賊が侵入することも、クソブスが殺られることも無かった! どいつもこいつも僕の足を引っ張りやがって!」



「ユ、ユウキ様……カオリ様が亡くなられたということはその……薬は――」


 親衛隊の一人が、恐る恐る高槻に声を掛ける。赤城香織の作る薬が無ければ自分達の命が長くないのは当然彼等も理解していた。確認せずにはいられなかった。


「ちっ」


 ―『風刃』―


「「「ッ! はぎゃあああ」」」


 高槻は口封じだと言わんばかりに、部屋にいる親衛隊の騎士達を即座に皆殺しにした。薬がもう作れないといった情報を他に漏らさない為の口封じだ。しかし、このことは一時凌ぎにしかならないと、高槻にも分かっている。


(くそっ、どうする? 香織が死んだとバレるのは拙い……)


 実験室で一人、ブツブツと呟きながら何か打開案はないか思考を巡らす高槻。



「ヒドイわね」



 いつの間にか、実験室の扉の前に白い外套を羽織った夏希・リュウ・スミルノフの姿があった。その後ろには同じ白い外套を着た夏希のチーム『エクリプス』のメンバーが完全武装の状態で高槻祐樹に冷ややかな視線を向けている。


「な、夏希……さん。……ああ、そうなんだ。酷い有様だよ。こんなことをするなんて犯人は――」


「香織の頭を蹴り飛ばしてたところから皆で見てたわ。ヒドイと言ったのはアナタの事よ」


「んなっ!」


「それに、さっき殺したのはアナタの護衛でしょ? これじゃあ、侵入者とアナタ、どちらに警戒したらいいのか分からないわね」


「ははっ、まいったな……でも、これは全部、九条の所為なん――」


「どっちでもいいわ。私達は城を出るから」


「待っ……」


 スー ハー 


 高槻祐樹は、深く深呼吸をして、己を落ち着かせるように状況を整理する。自分の能力である『大賢者』は、この世界のあらゆる魔法を行使できる。この能力があれば、どこに行ってもやり直せると考えはじめていた。


 しかし、失いたく無いモノもある。


 それは、吉岡莉奈を失って初めて気づいたモノ……理解者だ。


 この世界を支配したとしても、同じ価値観を共有できる者は、同じ日本で育った者しかいない。高槻は、この世界でどんなに美しく教養のある者を側に置いても、地球の知識や同じ価値観の無い人間とは、些細な会話をするにもストレスを感じていた。肉体をいくら重ねてもそれは変わらなかった。


 吉岡莉奈がいなくなって、それに初めて気づいたのだ。


 娯楽が少なく、家族や知人がいない世界だからこそ、高槻祐樹は価値観を共有できるパートナーの重要性を感じていた。その相手に相応しいのが目の前にいる夏希・リュウ・スミルノフだ。


 高槻は芸能人として同世代より一足早く社会を覗いてはいても、十代という若さと、日本のごく狭い範囲しか知らない所詮は高校生である。レイのように長年世界中を渡り歩いてきた人間とは違い、狭い価値観の中でしか生きてきていない。


 自分の知る小さい世界の中で他人を判断し、決めつける。価値観の違う他人を理解して受け入れるには、高槻はまだ若過ぎた。



「ふぅ……夏希さん、いや、夏希。君は完璧だよ。この世界の支配者になる僕の隣に相応わしい……僕の妻になってくれないか?」


「……馬鹿じゃないの?」


 高槻の突拍子もない発言に、夏希は呆れ、他のメンバーも唖然とする。



「そう言うと思った……けど、これは決定事項だよ」


 高槻は静かに魔力を練る。


「この国のことは後回しだ。先にキミを確保して僕のモノにする。再建か移転かはそれからだ」


「トチ狂ったみたいね。誰が――」


「夏希っ! 気をつけて!」


 高槻の危険な雰囲気に『エクリプス』の『召喚士』太田典子が叫び、『重騎士』渡辺大輔が咄嗟に大楯を構えて夏希の前に出る。


 それと同時に高槻が呟いた。



 ―『強制支配ドミネーション』―



 …

 ……

 ………


 時は少し前に遡る。


 王宮一階フロアのある部屋では、傭兵達が撤収の準備をしていた。


「急げ、中尉は待ってちゃくれんぞ!」


 傭兵達は軍用ノートパソコンを閉じ、機密性の高い装備や機材をボストンバッグに詰めていく。


 状況を理解していないこの城の近衛騎士は、不思議そうな顔でその光景を見ていた。


(一体、何を慌てているんだ?)



「パソコンや機材は置いていけ! ここは地球じゃないんだ。衛星がなきゃ持ち出しても大して役に立たん。それに、ここの未開人には使えん代物だ。放置して構わん! データだけ抜いて、武器と野戦装備だけでいい」


「「「了解!」」」


(み、未開人? って、俺のことか? な、舐めやがって……)


 ワナワナと怒りに震える騎士を他所に、傭兵達は食料と水、着替えや救急キットが詰めてある野戦用のアサルトバックパックを取り出し、自分達が使用している銃の予備弾薬や手榴弾、戦闘に必要な各種装備を詰めていく。最後にアサルトライフルを手に持ち、それぞれ出発の準備を完了させた。


「いくぞ」


 監視室のリーダーが扉のノブに手を掛け、扉を開けた瞬間、そのリーダーの首が飛んだ。


「「「ッ!」」」


 斬り飛ばされた首が床に落ちる前に、レイが目にも止まらぬ速さで傭兵達の間を駆け抜けて行った。


 大荷物を背負い、殆ど棒立ちの傭兵達は次々に首を刎ねられ、瞬く間に三つの死体が出来上がる。


「なっ――」


 部屋の隅にいた騎士は、突然の出来事に呆然とする。親衛隊の騎士と違い、この城にいる近衛騎士は見た目どおりの年齢で、実戦経験が殆どないお飾りの騎士だ。傭兵達と同じ格好をしたレイの襲撃に混乱し、暫し思考が停止する。


 また、騎士の足元には本人が気付かぬうちに、黄色い液体で床にシミを作っていた。



 一方、レイは黒刀をダラリと下げたまま、視線だけを動かして室内を見る。


 モニターや無線機などは見当たらない。あるのは散らばった弾薬や武器、装備品と、乱雑に放置されたボストンバッグだ。


 レイは黒刀の切先でバッグの口を開いて中身を覗くと、次いで部屋の片隅にいる騎士に視線を移し、暫し観察した後、無視するように視線をテーブルに向けた。


「魔封の魔導具はあれだな」


 監視室の場所を含め、先に殺した傭兵からレイはあらかた情報を聞き出している。魔法や魔力に関して不慣れな傭兵達が、魔導具を起動させるのに王宮内の騎士を利用したこともだ。テーブルに置かれた魔導具は、起動中を示す光が僅かに灯っており、魔封の結界を作り出している物に違いなかった。


(ま、まさか、侵入した賊……なのか?)



 レイは騎士を無視するように、魔導具に手を伸ばし、核となる魔晶石を外して起動を止める。魔導具の起動は基本的に魔力を流して行うが、魔封の魔導具は例外的に物理的な手動操作が必要になる。


 魔封の結界が解除され、それを感じると同時にレイは魔法の鞄に魔力を流した。


『怪我の治療が先でありんしょう』


 レイの体は銃弾による裂傷や銃槍により各所から血が滲んでいる。それに、左腕には弾丸が未だ残っており、回復魔法を施す前に摘出する必要があった。


「後だ」


 レイは監視室にある全てを根こそぎ鞄に仕舞うと、部屋にあったプラスチック爆弾を設置して部屋の出口に向かう。


「おい、小便小僧。死にたくなかったら部屋から出るんだな」


 そう言って、レイは姿を消した。

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