第520話 無残
「
レイが放った
「ウッ」
「オエッ」
「my God……」
部屋の凄惨な光景と臓腑の異臭に口を押さえ、込み上げる吐き気を堪える若い傭兵達。彼等も戦場で死体は見慣れているが、刀剣でバラバラに切り刻まれた死体は初めてだった。
「
傭兵の一人が不安そうな顔で監視チームの指揮官を見る。護衛対象の一人が死んでいることもそうだが、赤城とリズリーの他に、先に突入した同僚達の死体も横たわっていたことにショックを受けている。
「クソッ、やはり遅かったか。……要警護対象の一人は死亡、仲間の遺体も含めて処理は後回しだ。今は侵入者を……」
ロビンソン中尉は言葉を止め、仲間の遺体を注視する。それぞれ装備を物色された形跡があり、弾薬ポーチの中身がいくつか空になっていることが分かった。各種
「……ジェフ軍曹がいない?」
独り言のように呟くロビンソンのヘッドセットに、先程銃撃した目標を確認しに行った別の班から報告が入る。
―『ロビンソン中尉、仕留めたと思われた目標はジェフ軍曹でした』―
「Fuck!」
ロビンソンは怒りを露わにし、
日本の元殺し屋。
「軍人でもない
傭兵は誰でもなれるが、誰でも銃を手に戦えるわけではない。特に、民間軍事会社と契約する場合は、所属していた軍のランクや経歴により請け負える仕事や報酬が変わり、軍歴が有る者と無い者では待遇に天と地ほども差がある。軍で訓練を受けたことが無い者には銃を使う仕事が斡旋されることは無く、運転手や雑用係程度の仕事しか与えられない。一般の企業と違い人材を育成しないのは、兵士一人を育てるには高いコストが掛かり、所詮は使い捨ての傭兵にそのような費用は掛けないからだ。それに、軍隊経験の無い者を戦場で使い失敗されれば、死ぬのは当人だけでは済まない。一人のミスで部隊が全滅することは珍しくなく、素人を部隊に入れる者などいない。
レイのように軍歴も無く特殊作戦に参加するなど普通はあり得ない。いくら徒手格闘に秀でていても、軍隊は戦闘が全てではない。軍隊経験が無ければ行軍もままならず、部隊行動が乱れれば敵に発見されるリスクも上がり、戦わずして罠や狙撃、砲撃などで殲滅されてしまう。
しかしながら、レイの経歴を見る限り、詳細は分からずとも幾多の戦場を生き抜いてきたことだけは確かであり、特殊訓練を積んだ突入部隊を一人で殲滅した実力は認めざるを得なかった。
「他にも仲間がいるはずだ。侵入者達を探せ。
ロビンソンの視界に、同僚の遺体をまとめようと死体を動かす若い傭兵の姿が入る。
「迂闊に触るなッ!」
ビンッ
「
その言葉ですぐに身を伏せた者、そして、呆然と立ったまま判断が遅れた者。
後者は死体の下にあった安全ピンが外されている
「
重装甲が施された新型の強化外骨格は飛散した金属片は防げても爆風による衝撃波は防げなかった。部屋の隅まで吹っ飛んだ若い傭兵は、口や鼻、耳から血が流れ出し、そして間もなく息を引き取った。また、直接死体を動かした傭兵は装甲の隙間を無数の金属片が襲い、全身をズタズタに引き裂かれていた。即死だ。
地面で爆発した手榴弾は、4.5メートル離れて可能な限り身を低くして伏せれば被害を受ける可能性を一パーセント以下に抑えられる。無論、爆発地点に頭を向け、ヘルメットや腕で防御姿勢を取ることが前提だ。逆に爆発地点と逆に頭を向ければ、飛んできた破片が足側、つまり、脇や内腿など身体の内側が無防備になり、たった一片でも致命傷になりかねない。現に、慌てて伏せた者の中で、脚に破片が突き刺さり負傷した者がいた。
強固なヘルメットと、下腕に装着された装甲部で近距離の爆発を乗り切った他の傭兵達は、あわや全滅の恐れのあるミスをした同僚に軽蔑の目を向け罵倒する。
「この馬鹿が」
「新兵みたいなミスしやがって」
「クソが! 二人が死亡、一人が負傷だと? 何やってんだ!」
仲間の死でも、戦って死んだ者と、仲間を犠牲にした者とではその扱いはガラリと変わる。
「
「「「……」」」
ロビンソンが悪態をつく傭兵達を一喝し、再度、命令する。
「無駄口を叩くな! さっさと無線を切り替えて、目標の捜索にあたれ! 相手は俺達と同じ、特殊作戦を行うプロだ。今のようなミスをするような奴は俺が後ろから頭を撃ち抜いてやる! 分かったな!」
「「「Yes Sir!!!」」」
…
傭兵達は無線のチャンネルを予備の回線に切り替え、ロビンソン中尉の命令どおりに三班に分かれて王宮内の捜索に入った。
王宮内は照明が落とされ、窓から月明りが僅かに差し込むものの、薄暗く、裸眼では人の識別はできない。傭兵達は装着しているゴーグルを熱赤外線モードから暗視モードに切り替え、味方や城内の使用人達への誤射に注意する。
「(はあー はあー はあー)」
銃を構え、いつでも射撃できる体勢のまま、慎重に廊下を進む傭兵達。
その銃の前部分にはIR(赤外線)レーザー照準器が取り付けられ、暗視ゴーグル越しに緑色の光線が映っている。この光線は、照射されている地点に弾が当たるようにセッティングされており、真っ暗な状況でも標的を狙って射撃することができるものだ。映画などで赤い光線が飛び交うシーンが見られるが、実際にはレーザーが線のように見える状況は殆ど無く、緑色のIRレーザーに至っては肉眼で視認することは出来ない。
銃と予備の弾薬、各種手榴弾、その他装備品や荷物、防弾ヘルメット、ボディアーマーを合わせると、傭兵達が身に付ける総重量は三十キロを超えている。しかし、装着している新型の強化外骨格は、身に着けた装備品の重さを感じさせることなく行動できた。
身体の機能を補助、または向上させる強化スーツは既に民間にも普及しはじめており、今や珍しいものではない。しかしながら、軍用ともなれば、その進化は凄まじく、世間には知られていない多種多様なモデルが実戦に投入されている。
傭兵達が身に付けている強化外骨格は、新型の試作強化スーツの一つであり、人体の骨格に似た骨組みに装甲版が取り付けられた代物だ。ライフル弾を弾く装甲と常人の三倍のパワーがあり、且つ、身体の動きを阻害せずに行動できる。
まるでスーパーマンになれるような装備だが、世の中に完璧の製品は存在しない。この強化外骨格にも当然弱点はあるが、扱う人間に欠点や弱点がある以上、どんなに優秀な装備であっても、それを活かすも殺すも本人次第だ。
「
傭兵達のいる廊下がたちまち煙に覆われる。
「ちっ、またか! ゴーグルのモードを
班のリーダーがそう叫んだ。煙を焚き、視界を塞いだなら、相手は十中八九、敵である。
熱赤外線ゴーグル越しに赤く表示される熱源に向けて傭兵達のMPXが一斉に火を吹く。
消音器を装着したモデルでも、銃口から弾丸が発射される際に放出される火薬の
赤外線ゴーグルに浮かぶ赤い人型のシルエットは、銃弾を無数に受けながらも傭兵達に猛スピードで突っ込んで来る。
「バカなッ!」
「バケモンか!」
「怯むな! 撃ちまくれ!」
傭兵達は的確に人型のシルエットの頭部と胸部に弾を撃ち込んでいるが、接近するスピードが衰える気配は無い。
無数の銃弾が頭部を破壊し、形が崩れたその時、シルエットがいきなり二つに分かれた。
「「「ッ!」」」
先頭にいた一人が気付いた時には既に相手との距離が三メートルを切っており、銃撃を続けていたMPXごと黒い斬撃に襲われ、胴から上が切り離される。
「はおっ」
分断された上半身を、すかさず赤いシルエットが傭兵達に向かって蹴り飛ばす。
血飛沫をあげながら回転する同僚の上半身を、ある者は咄嗟に避け、またある者は呆然としてそれを見ていた。そうしてる間に、赤いシルエットは金色に光る短剣を両手に持ち、流れるような動きで傭兵達に接近し、それぞれの急所を的確に刃で撫でていった。
―『新宮流 流水乱舞』―
ほんの数秒の間に、傭兵達は一人を残して首や脇、内腿の動脈を断たれ、その場に沈んだ。
即死ではない。だが、それぞれ動脈から噴き出る血を押さえるのに必死で銃を構えていられる余裕は無かった。斬りつけられたどの箇所も容易に止血できる場所では無く、救急ポーチにある止血キットも、動脈から溢れ出る大量の出血には無意味だった。
やがて、成すすべなく、出血多量により傭兵達が地面に倒れていく。
「はー はー はー……」
一番後方にいた傭兵は、MPXを構えたまま動けず、動いてもいないのに動悸が乱れ呼吸が荒くなる。傭兵は傷一つ負っていない。しかし、得体の知れない何かがいつの間にか背後におり、鋭い感触が喉と腰に当たっていたのだ。
一歩でも動けば死ぬ、そう思える重圧が傭兵を襲う。
煙の晴れた廊下には、無数の弾痕で原型を留めていない人間が倒れている。辛うじて鎧を纏った騎士と判別できるが、見るも無残な姿だ。
それを見れば、相手は城の人間を盾にしたのだと分かるが、ゴーグルを赤外線モードにしたままではそれを知る由も無い。そして、それはこの先も永遠に知ることは無いだろう。
(クソッ、何が俺達と同じ傭兵だ! バケモンじゃねーか! マジックは使えねー? 嘘つけっ!)
傭兵はどのようにして己の背後に回られたのか理解出来ていない。それどころか、仲間達が出血して膝を着くまで、攻撃されたことすら分からなかった。
赤外線モードのゴーグル越しには、赤いシルエットが尋常ではない速度と不可思議な動きで仲間達をすり抜けていっただけとしか認識できず、まるで魔法のように映っていた。暗視ゴーグルや熱赤外線ゴーグルは暗闇でも物を見れる便利なものだが、視界が狭く、距離感もつかみ難い。近接戦闘では素早く動くモノに対して圧倒的に不利という大きな弱点があった。
人を殺傷する為に生み出された武術は、人間の身体的構造や本能、習性を研究、利用し、武技へと昇華してきた。日本は、国内で起こる戦争や紛争は刀剣類による白兵戦が千年以上続き、鉄砲が海外から伝わり、それが戦争に導入されるまで近接戦闘の技術が磨かれてきたのだ。それに対し、火薬を戦争に投入し、銃を生み出した欧米諸国は、日本に比べて早い段階で剣や槍を捨て、己の肉体と技で敵を葬る技術は進化が止まっていた。
世界の歴史に銃が登場してからも、日本では何百年も槍や刀、体術などの技が磨かれ、極僅かながらも現代に奥義を引き継ぐ者達がいる。それらの奥義は現代人の想像を超える技がいくつも存在するが、テレビやインターネットで世間に露出することは決して無く、初見で見切れる者は皆無であろう。
現代の軍隊格闘を習った者でも、武道を極めた者の技や動きが魔法のように映るのも無理は無い。距離感のつかめないゴーグル越しなら尚更だ。
息を呑み、己の行く末を憂う男の背後から、声が発せられる。
「お前の着ている服をよこせ」
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