第519話 離脱

 正体不明の侵入者は、負傷しているリズリーの跡を追っていた。各種監視カメラの映像を解析し、そう判断した民間軍事会社『エクス・スピア』の監視チームの指揮官は、リズリーが向かっていた赤城香織の実験室に小隊チームを派遣した。


 傭兵部隊の監視チームは、王宮と重要人物の監視、警護を請け負っている。彼らは赤城香織の安全確保と、正体不明の侵入者の排除に動いていた。


 しかし……



「突入部隊、応答しろ! ……誰か返事をしないかッ!」


 王宮内の一室にて、指揮官は無線機に声を荒げるも誰からも応答は無い。


Goddamnクソッ!」


「やられたのでしょうか?」


 指揮官の隣で若い傭兵が分かり切ったことを口にする。無線機は直前まで機能していたし、妨害電波の気配も無い。派遣した五人全員が無線に出ないということは全滅したか、制圧されたかのどちらかだ。


「……詳細は分からん。上階は監視カメラの設置を拒否されたからな。クソッ、誰の為に必要だと思ってるんだ。素人が警備に口を出すからこうなる!」


 傭兵達に監視や警備をやらせているのは九条彰の独断だ。その判断に高槻祐樹は難色を示し、傭兵達の行動を制限した。自分達の私的な部屋や一部の階層は、傭兵達は立ち入る事が出来ず、監視装置の設置も拒否されていた。


 その為、侵入者の足取りは断片的なモノしか無く、実験室で何が起こったのかは知る術も無い。警備対象の監視ができないのならばまともな警備など出来る訳も無く、綿密な作戦計画も立てられない。監視チームの指揮官は、そのことが大いに不満だった。



「映像の解析は進まんのか?」


「透明な人型のナニカってだけしか分かりません、これ以上はお手上げです」


 パソコンを操作している別の男がそう報告する。


「マジックだか何か知りませんが、我々の世界でもあそこまでの光学迷彩機器は開発されてませんよ」


「光学迷彩だと?」


「あくまでも推測です、ロビンソン中尉。透明化のマテリアルは開発されてはいますが、歩兵が携行するには耐久性や消費電力の問題などまだまだ実用には程遠い代物ですよ」


「この世界の『魔法マジック』とやらか……なら、そいつを封じる結界とやらを展開したならもう姿は隠せんはずだな?」


 ロビンソン中尉と呼ばれた男は、部屋の片隅にいる騎士に視線を向ける。


「は、はい。要望のとおりに『魔封の結界』を起動しましたので、王宮内で魔力の使用はできないはずです。ですが、姿を消せる魔法など聞いたことがありません。何かの間違いでは?」


「「「……」」」


 傭兵達は一斉に騎士を蔑んだ目で見る。現代人である彼等は、中世の甲冑を纏ったこの世界の騎士達を見下し軽んじていた。監視システムで人型の何かが王宮内に侵入したのは疑い様の無い事実だ。しかし、それを未開の現地人に間違いと言われて呆れも混じった苛立ちを覚えた。


「貴様の意見など求めていない。時代遅れの未開人は黙って言われたことだけしていばいいんだ。黙ってろ」


「くっ、……失礼しました」

(ちっ、近衛騎士の私が何故こんな扱いを受けねばならんのだ。それも、魔力も扱えん者共に……)


 騎士は物言いたそうな表情のまま言われたとおりに口を結び、部屋の奥へ一歩退がった。傭兵達は魔力を操れない。その為、『魔封の魔導具』を含めた各種魔導具を起動する要員として傭兵達に帯同していたが、扱いは使用人と何ら変わらず、その上、蔑まれることに怒りを覚えていた。だが、勇者の一人、九条彰の命令とあらば黙って従う他はない。



「どうしますか? 部隊長に報告……それとも、やはりMr.クジョウに――」


「部隊長は既に無線の範囲外。連絡は不可能だ。それに、侵入者がいることは間違いないが、その正体が分からんままでは詳しい報告もできん。無論、Mr.クジョウに一報入れるが、まずはカオリ・アカギの安全確保だ。城内の要所に配置している人員を招集しろ」


「はっ!」



「おい、この結界とやらはどのぐらい保つ?」


「え? あ、王宮全体が範囲ですので一時間程です」


「十分だな」


 中尉は立て掛けていた自動小銃を手に取り、自らも出撃の準備に入った。


 …

 ……

 ………


 レイは唯一生かしておいた男を実験室に引きずり込むと、手足を縛って部屋にあった『超回復薬』を飲ませた。


「あまり時間は無いか……」


 魔法が使えず、死体や血を処理できない。それに、破壊されたドアはどうしようもない。突入してきた兵士との連絡が途絶えれば、すぐに新手が来るだろう。


 ―『突入部隊、応答しろ! ……誰か返事をしないかッ!』―


 手足を縛られた男のヘッドセットから監視チームの指揮官の声が聞こえるが、軍用ヘッドセットは外部に無線の音が漏れることはない。しかし、男は薬のおかげで傷が治り、意識も戻っていたが無線に応えることは出来なかった。


「どうした? 呼びかけがあるんだろう、応えたらどうだ?」


 レイは他の傭兵達の死体を集め、装備を物色しながら男に話し掛ける。


「……」


 男は手足を縛られ一歩も動けないが、口を塞がれてはいない。無線に応じることは可能だったが、レイが同僚達の銃を手慣れた様子で点検していることから、自分達と同じ地球の兵士であることが窺え、迂闊な真似は出来なかった。


「『エクス・スピア』社か。米国にある大手の会社だな。異世界にまで傭兵を派遣するとは中々手広くやってるじゃないか」


You Americanアメリカ人なのか??」


 流暢な英語で話しかけるレイに男は思わず口を開いた。最新の軍用無線は声を発すれば自動で繋がる。無用なノイズはカットし、人間の声を認識して自動でオンになるのだ。一昔前までは任意にスイッチを入れねばマイクは使えなかったが、男の装備は違う。今の声は当然、指揮官に聞こえたはずだ。


 しかし、無線からは相変わらず応答しろとの指揮官の声が繰り返されている。


「?」


「当然だがマイクの配線は切ってある。すぐに助けを呼ぶような奴なら尋問も楽だと思ったが……少し手荒くいくか」


Fuck Youくたばれ!」


 グサッ


「ぎゃあああああ」


 レイは黒刀で男の膝を突き刺すと、刃を捻じって苦痛を倍増させた。


「あぎゃああああ」


「日本人のガキ共がお前等を召喚したな? どうやって来た?」


「ぶふっ、ふー! ふー!」


「答えんならもう一本いくか?」


「N、No! wait! はぎゃああああ」


「俺は言葉のキャッチボールをする気は無い。こっちはお前を壊していくから俺が手を止めるようなネタを話すんだな」


「方法は知らないッ! いきなりこの変な世界に連れてこられたんだ! 俺達は今まで中東に……ぎゃあああああ」


「お前等がガキ共に協力するのは何故だ? 地球への帰還でも引き合いに出されたのか?」


「き、金塊だ! 俺も実際に見た! 一億ドル相当の金塊が報酬……ぎゃあああ」


「おいおい、米国の大手民間軍事会社が金を積んだだけでほいほい依頼を受ける訳ないだろう?」


「うぎ……な、なに? 一体どういう意味――」


「ちっ」


 一般企業にも言えることだが、金さえ払えば身元が不確かで信用の無い者と取引するなどあり得ない。依頼内容によっては海外での活動や軍事力を行使する民間軍事会社なら尚のことだ。どのような依頼であれ、信用のある企業や個人、または会社が信頼する仲介を通さねば取引は出来ない。当然ながら、犯罪者や反社会的な組織、テロリスト、自国の敵勢力と知らずに加担することを防ぐ為だ。


 得体の知れない日本の高校生から金塊を見せられたからといって傭兵が契約を結ぶなど、普通では考えられず、他に余程の報酬や見返りが必ずあるはずだ。しかし、目の前の男は末端の兵士であり、必要以上の情報は知らされていないのだろう。


「まあいい、じゃあ、この世界に来たお仲間の事について教えて貰おうか」


 そう言って、レイは黒刀を男の腹に向けた。


 …


「そろそろ時間切れだな」


 再び部屋の外から複数の人の気配を感じてレイは殺した傭兵達から鹵獲した自動小銃アサルトライフルを手に取った。


 魔力を遮断され、魔法の鞄は開けない。レイは傭兵達の装備から無線機と各種手榴弾、弾薬を優先して奪い、アサルトライフルはFN社製のSCAR-Hを選んだ。傭兵達の装備はバラバラで弾薬すら統一されていなかった。自分達の擁する銃器と共通する弾薬、7.62x51mm NATO弾を使用し、レイ自身も触ったことがあるSCARスカーを選び、残りは放棄する。


(新型の銃器や弾薬に興味はあるが、流石に触ったことも無いものをすぐに使う気にはなれんからな)



「離脱する」


『帰るのでありんすか?』


「ああ。もう少し各階の構造を知りたかったが大体の用は済んだ。魔法が使えん以上、長居は無用だ」


 レイは煙幕手榴弾を部屋の外に放り投げると、アサルトライフルを構えながら尋問していた男を担ぎ、部屋を出た。


(召喚されたのは傭兵部隊の二個小隊、百人か……魔力も使えんようだし、今の俺にとっては大した脅威じゃないが、魔法が封じられたままでは面倒だ)


 …


煙幕スモーク!」


 指揮官の号令で、傭兵達は対煙幕装備をすぐに装着する。ガスマスクと熱赤外線ゴーグルが一体になった新型の試験装備だ。ガスや砂塵で視界が悪くとも、赤外線で物の形をある程度は判別でき、熱を帯びた物体、特に人間の体温に合わせてシルエットが自動で赤く色づけされる。


 傭兵達は先程の部隊とは違い、軽くて室内戦で取り回しの良い消音器サプレッサー付きの短機関銃サブマシンガンを装備し、戦闘服の上から重装甲を施した強化外骨格を纏っている。どれも新型の試作装備だ。


contact接敵! 対象は身長約180cm!」


「カオリ・アカギではないな。排除しろ」


「「「Yes Sir!」」」


 煙幕の中、傭兵達は短機関銃をゴーグル越しにぼんやりと浮かぶ赤い人型のシルエットに向かって一斉に引金を引いた。


 連射モードフルオートで弾をバラ撒き、その多くが目標に着弾する。


 しかし、赤いシルエットは倒れるどころかみるみる遠ざかっていく。


「俺達のようなアーマーでも着込んでんのか?」

「どんなモンを着てたってこれだけの弾を食らって無事で済むわけねぇ!」

「ちっ、ガンナー軽機関銃手を前に出せ!」


 短機関銃の拳銃弾では効果が無いと判断した傭兵達は、威力の高い新型の6.8×51mm弾薬を使用する同じく新型のSIG SAUER製XM250軽機関銃を装備した兵を前面に出した。


「撃て! 撃ち殺せ!」


 軽機関銃からけたたましい射撃音が鳴り響き、赤いシルエットが廊下の奥で倒れた。


Target downed倒したぞ


「敵が一人だと思うな。警戒そのまま。実験室に急ぐぞ」


「「「Roger了解」」」


 …

 ……

 ………


「まだ生きてたのにな」


 レイは銃弾を全身に受けて息絶えた男を捨て、素早く階段に滑り込んで既に階下に移動していた。弾避けに男を担いでいたものの、全ての銃撃を防ぐことは出来ず、腕や足に銃弾を受けてしまった。


(ほとんどがかすり傷だが、上腕の一発は弾が貫通せずに残ってるな。ユマ婆の外套を着てれば防げたかもしれんが、仕方ない)


『Close Quarters Battle』。CQBと呼ばれる近接戦闘は、市街地や建物内、船や航空機など、狭く入り組んだ限られた空間において、ハンドガンやサブマシンガン、アサルトライフルなどの小火器を用いて射撃や白兵戦を行う戦術的概念の一つだ。


 そのCQBより更に交戦距離の短い戦闘をCQC、『Close Quarters Combat』と言う。近接格闘という意味のとおり、CQCは相手との距離がお互いに手を伸ばせば届くような至近距離で行われる戦闘だ。この超近距離では相手を攻撃するまでの動作が多い銃器は使わず、ナイフのような近接武器や格闘術を使用する。近接格闘は高度に訓練を受けた者のみが行える手段であり、兵士の中でも体得しているのは特殊部隊の隊員など一部の者だけである。


 接近戦、それも相手の正体が分からない状態では、レイは防御よりも動きやすさを優先する。強靭なユマ婆謹製の外套を脱いだことが裏目に出てしまったが、外套は掴まれれば動きを制限され、相手の腕次第では致命的になる。


 その時々の装備の選択は生死を左右する。だが、今は外套を含め、魔封の結界を出なければ魔法の鞄に仕舞っている武器や装備は取り出すことができない。


 魔法の使えない状態で、レイは限られた装備と己の肉体のみで敵地からの脱出をせねばならなかった。



『大丈夫でありんすか?』


「何がだ? これぐらいいつものことだ」


 レイは出血している腕の止血を手早く行い、SCARを構え直す。


 そして、且つて所属していた部隊が壊滅し、その後はたった一人で任務を行っていた日々を思い出し、不敵な笑みを浮かべた。

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