第518話 傭兵

『始末して良かったでありんすか?』


「それは赤城香織のことか? それとも『魔物使い』の方か?」


 赤城香織と『魔物使い』リズリーを始末したレイは、刀を鞘に仕舞いながらクヅリが発した疑問に答える。


『両方でありんす』


「この国の連中は魔物を使役してた勇者共を受け入れてた。使役されていた魔物が絶対安全って思ってるのが間違ってるんだ。俺が全ての面倒を見る義理は無いし、出来る事はした。それに、赤城はただの『回復術師』と聞いていたが、他にも能力を持っていた。惚れ薬なんて危ねーモンの人体実験をしてるようなネジの外れた女はさっさと始末するに限る」


『それはそうでありんすが……最早、偵察の範疇ではないでありんすね』


「威力偵察だと言った。多少は敵を叩いて出方を見ないとな。こいつらをバラバラにして殺したのもその為だ。大いに警戒してもらうさ」


『レイが来たことを知らせるんでありんすか?』


 クヅリはレイの発言を疑問に思う。言っていることとやっていることが矛盾しているように思えたからだ。


「隠密行動で九条だけを始末するのが一番いい。だが、それは難しくなった。どんな方法かは分らんが、九条が勇者の能力を現地の人間にバラ撒いてるなら、この『魔物使い』のように、奴の周りには佐藤優子やあの天使だけじゃ無いってことなんだからな。勇者以外の脅威を無視して暗殺は実行できん」


(……俺一人、生還を考えないなら話は別だがな)



『確かにそうでありんすね』


「それにな。既に王都内で拠点を築いて、奴らの拠点である城内にもこうして潜入してるんだ。この二点で隠密に事を運ぶ目的の殆どは達成してる。俺が来たことを敢えて知らせてやるのは勇者共の対応を見る為だが、痕跡を残すのはその準備を崩す為でもある」


『それが分からないでありんす。何故、態々警戒させるようなことを?』


「自分達を殺しに来た存在がすぐそばに来てるなら、奴らは最大限の警戒と対応をするだろう。だがな、そんなモンは長くは続かん。一年やそこらで作った政府や軍なら気を張ってるられのは一日二日が限度だ。一週間もすれば必ずダレてくる。それに、勇者共は軍事的な訓練も、指揮官としての教育も受けてない。恐らく九条もな。焦らしてやれば必ず綻びが生まれる」


『なるほど。戦力と体制を把握すると同時に、相手の集中が切れたところを攻めるでありんすね?』


「そういうことだ。第一、俺が来ることを九条は知ってるんだ。邪魔な奴を消せばバレるんだよ。重要なのは攻めるタイミングをはっきりさせないことだ。ここの偵察が済んだら後は監視と休息をしながらしばらく放置する」


 レイは懐から『鍵』の探知機を取り出し、魔力を込める。


「『鍵』の位置を示す光点はここだ。赤城のさっきの発言どおり、地下にある遺跡とやらに九条彰がいるのは間違いない。後は夜が明けるまでもう少し城の中を偵察して――」



 不意に探知機の画面が消える。合わせてレイの光学迷彩が解除された。



(魔封の結界?)


 侵入がバレたと頭に過ぎったレイだったが、その原因に心当たりは無い。


(俺の知らない能力か、仕掛けでもあったのか?)


『何か来るでありんす』


「……ああ」


 レイは部屋の外に集まる殺気を感じ、思考をすぐさま切り替え、鞘に仕舞った黒刀に再び手を添える。



 次の瞬間、部屋の明かりが突如消えた。



 …

 ……

 ………


 時はレイが城内に侵入した頃に遡る。



 城内の一室。


「あん?」


 机の上にあるノートパソコンを前に男が声を上げる。


「どうした? って、なんだあの女。両腕が無ぇぞ?」


 パソコンの画面には城の内外の様子が無数に映し出されており、その中の一つには王宮の正面玄関を駆けるリズリーの姿が映っていた。


shitクソッ! 襲撃か? 至急、隊長に報告――」

「いや、待て」


「どうした?」


「センサーが反応してる」


「何言ってんだ? あの女は見たことある。顔認証もクリアなはずだ。センサーが反応する訳ないだろ」


「いや、あの女が通過した後だ」


「なに? 故障か?」


「だといいがな」


 パソコン画面に、リズリーが廊下を通過した後、動くモノに反応する動体検知センサーに警告ランプが灯った。リズリーを含め、王宮に出入りする者はパソコン内に個人データが登録されており、登録された者が通ってセンサーが反応しても、本来ならば機械が警告を発することは無い。しかし、警告が鳴った。それは、何かしらの物体が設置されたセンサーの前を通過したことを意味している。


 現在では赤外線に加えてレーダー波や画像分析ソフト、AIを用いたより高度な警報装置が存在する。暗視機能などが搭載された各種監視カメラを同時接続し、人物の識別や環境の変化などを自動で解析、判断する。一昔前までは、小動物などにも反応してしまい誤作動や誤報も多かったが、今では自動で瞬時に映像やセンサーによる分析が行われ、不必要な警報は殆ど発せられない。また、機器の発展により監視に必要な人員も少なくて済み、最小限の人数で広範囲、多数の監視が可能になった。



 パソコン画面を見ていた男達は『エクス・スピア』の傭兵達だ。志摩恭子を始末しに行った部隊とは別の、王宮の監視を任されていた部隊の一員だった。地球から持ち込んだ最新の軍用警報装置や監視カメラは、超小型軽量で一見してそうとは判別できない。設置されていると事前に情報があっても、現場で発見することは極めて困難な代物であり、レイが気付かないのも無理は無い。


「映像を巻き戻して解析する。暗視カメラの映像に異常はない。赤外線サーマルは……」

「なんだこりゃあ」


 画面には温度の低い部分が青色に、高い部分は赤色で色分けされた景色が映っており、赤色に染まったリズリーが映った後に、ぼんやりと赤い人型の物体が通過していた。


「何も見えないが。少なくとも人間の体温に近い物体が通ったのは間違いない。……機械が故障してなきゃな」


「チェックしたばかりだぞ? あり得ん。それとも、例のファンタジーってやつか? いや、マジック?」


「さあな。とにかく上に報告だ。指示を仰ぐ」


「了解」


 …

 ……

 ………


 そして、現在。


 赤城香織の実験室の前では、灰色の戦闘服に身を包み、地球の最新軍用装備を持った傭兵達が集まっていた。


 傭兵達は、自動小銃アサルトライフルを持ち、ヘルメットには無線機につながれたヘッドセット、暗視ゴーグルを装着して突入に備えている。


「(3スリー2ツー1ワンexecuteやれ!)」


 ボンッ


 指揮官の合図で、今いる階層の照明が切られる。それと同時に一人がドアの蝶番を爆破、もう一人が蹴破り、別の一人が部屋に閃光手榴弾を放った。


 ドンッ


 眩い閃光が発せられ、爆音が鳴る。直後に傭兵達が部屋に突入した。


 斬ッ


 最初に突入した傭兵の首が宙に舞う。レイが放った斬撃だ。


 閃光手榴弾は、相手を一時的に戦闘不能に陥らせることが出来るものだが、それはいつでも誰にでも通用するものではない。その効果が最も発揮できるのは、その存在を知らない者や不慣れな者に対して、それも暗い室内、不意を突くという条件がある。


 室内戦の特殊訓練を受けた者、それに熟達し、実戦を経験した者なら誰でも効果を減らすことは容易である。それに、レイには投げられたものが破片手榴弾ではなく、高確率で閃光手榴弾だと咄嗟に判断できた。


(俺を殺すなら先に破片手榴弾グレネードを投げとくんだったな。まあ、赤城香織がいると思ってるならそれも出来んか)


 そう思いながら、レイは続けて突入した傭兵の胸に黒刀を突き立て、串刺しにしていた。ライフル弾を通さない防弾プレートを内蔵したタクティカルベストであっても、『魔刃メルギドクヅリ』の前では紙同然だ。


 レイは串刺しにした傭兵の胸倉を掴んで引き寄せ、そのまま前進し後続の傭兵達に迫る。


motherfuckerクソ野郎ッ!」


 後に続き部屋に突入した傭兵は、レイが引き寄せた同僚に向かって、消音器付きの自動小銃アサルトライフル連射モードフルオートにして引金を引いた。

 

 シュパパパパパパパッ


 レイは蜂の巣になる死体を盾にして前に進み、銃撃する傭兵の間合いに入る。


 傭兵は急激に距離を詰められ、慌てて小回りの利く拳銃に切り替える。拳銃は保持しているホルスターから抜く、構える、引金を引くという三つの動作が必要だ。射撃の際にその手数を省く特殊な射撃技術も存在するが、実戦で正確に行える者はその技術に習熟した者に限られる。だが、レイの前で拳銃を抜いた傭兵はそのような技術は有しておらず、接近戦で拳銃を抜くというミスを犯した。


 傭兵が腰のホルスターから拳銃を引き抜き、構える前にレイがその手首を掴み、親指を手首の内側に突き立てる。


 激痛が走り反射的に身を捩った傭兵は、その隙にレイの魔金製の短剣で喉を斬り裂かれた。


煙幕弾スモークッ! 一時退却! 引くぞッ!」


 瞬く間に三人の隊員を殺され、突入した部隊の指揮官は煙幕を焚いて残ったもう一人の隊員に退却を指示する。


 だが、レイにとって閃光同様、煙ごときは目くらましにもならない。


 斬ッ


「びゃっ」


 ゴキッ


「あごっ」


 充満する煙の中で、レイは正確に相手の位置を掴み、間合いに入った傭兵を両断し、続いてもう一人の頭に手を伸ばし、装着しているヘルメットの顎紐に指を掛けて引き寄せ、反対側の紐も掴んで頭を捻じった。


 頭を捻じられた男は、首が九十度に曲がったままピクピクと痙攣し、呻き声が漏れていた。死んではいない、が、頸椎を損傷し、二度と身体を動かすことはできないだろう。


「何だコイツ等は?」


『わっちには分かりんせん。奇怪な格好でありんすが……』


「すまん、独り言だ。俺には見慣れた格好だから察しはつく。だが、何故この世界にいるのかが分からん。まあ、今からコイツに聞くけどな。一応、手加減したからまだ生きてるし」


『魔法は使えないでありんすよ?』


「この部屋には怪しい薬が沢山あるだろ」


『……確かに。それはそうと、このような奇怪な者達の行動が分かっていたようでありんすね』


「俺がいた世界の軍隊のやり方だ。特殊部隊の教本通りの突入だが、コイツ等は訓練不足だ。映画や漫画じゃコマ割りにされて勘違いされやすいが、本来はブラックアウトと同時に全ての行動のタイミングを合わせなきゃならない。一つの部隊が一糸乱れず完璧に連携するから特殊部隊は強いんだ。練度が低いまま実行すれば隙が生まれ、反撃される。コイツ達のようにな」


『それはレイだからでありんしょう』


「プロの軍人ならこれぐらいできる。俺もそれが出来る人間に教わったからな。練度の高い部隊だったら少なくとも無傷では済まん。今回はコイツ等が殲滅では無く無力化しようとしたことと、練度が低かっただけだ。まあ、お前のおかげで楽に始末できたのもあるけどな」


『ウフッ、レイが褒めるなんて珍しいでありんね~』


「偶にはな」


(しかし、こいつら、本当に何者だ? 灰色一色の戦闘服は全員同じだが、一人一人装備が違う。SIGのMCX? いや、新型の6.8mm弾仕様のXM5か? こんなモン初めて見るぞ。それに、こっちは7.62×39㎜弾仕様のAK-15。銃も弾もバラバラだ。こいつら正規軍の兵士じゃないな……)


 正規の軍隊では特殊部隊といえど、部隊で使用する銃や弾はほぼ同じ物が使用される。無論、役割によって例外もあるが、少数で行動する特殊部隊は、お互いの銃の部品や弾を共有する状況や、同僚の銃を使用する場合もあるからだ。特殊任務を行う特殊部隊では装備品を個人の使いやすいようにカスタムしたり、私物を用いることが許される場合もあるが、現在では個人を識別されやすく、部隊の規模を把握されることを懸念され、部隊全員の装備を統一する流れにある。



「エクス・スピア……?」


 レイは傭兵が着ていた戦闘服のワッペンを見て呟く。


「聞いたことあるな。こいつら、民間軍事会社PMC傭兵コントラクターか。特殊任務を請け負う部隊のようだが、なんでこの世界にいる?」


 民間軍事会社はPMCやPSCなど様々な略称で呼称されるが、戦地に傭兵を派遣するだけが業務内容の全てではない。主権国家に潜入して誘拐された民間人を救出、または要人を暗殺したりと、現地の国の法律や国際法を無視して作戦を行う非合法な秘密部隊を擁する会社もある。レイも以前はそういった部隊に所属していた。


 それに、兵器産業から新型兵器や試作品を実戦でテストする依頼もある。そうであるなら、レイが殲滅した傭兵達の装備にも納得がいく。


 しかし、そんな現代地球の傭兵がなぜこの世界にいるのか、そのことをレイは疑問に思うも、ある可能性がすぐに浮かんだ。


「まさか、召喚した……のか?」


『あの駄女神アリアでありんすか?』


「そんな訳あるか。ガキ共を召喚したのはこの国の奴等だろ? 神以外に異世界から人間を召喚する方法は元からあったんだ。勇者共がやったに違いない。……まあいい、詳しくはこいつに聞くとしよう」


 そう言ってレイは痙攣している男の襟首を掴み、引き摺っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る