第516話 新宮幸三

「ふぅー 帰ったぞぃ」



「「「え?」」」


 地下の古代遺跡に戻った男は、九条達の前に現れた。


「何処に消えたと思ったら……勝手に動かれると困るんだよね」

「……おじぃ、血が出てる」


「ただの戯れじゃ」


「おじぃに怪我させるとか普通じゃないんだけど?」


「ふむ。銃で撃たれたのは久しぶりじゃからな。ちと、油断したわい」


「「「へ?」」」


「『聖鎧』も構造は普通の全身鎧と変わらん。じゃが、戦闘中に関節の継ぎ目を正確に撃ち抜かれるとは思わんかったぞ」


「まさか、使徒と戦ってきたのかい?」


「いや、連れの女子おなごどもじゃ。べっぴんのエルフと青髪の小娘。器用に銃を扱いよって。聞いてはおらんかったぞ?」



「もうこの王都に? それに、銃を扱えるなんて初耳なんだけど……というか、その前になんでそんな簡単に会っちゃってんの?」


「魔力を辿っただけじゃ。何を当たり前のことを聞いとる」


「いやいやいや、当たり前じゃないから! 魔力を探知するなんて出来る訳ないでしょう! それも生身で! 千年前の技術でもある程度の施設じゃなきゃ無理――」


「万物の発する気を感じるのと変わらん」


「何を言ってるのか理解できないけど、使徒達の居場所が分かるのなら話が早い。早速どこにいるのか教え……いや、それより始末したのかい?」


「青髪の娘はな。元々殺すつもりは無かったんじゃが、まあ許せ」


「全然いいんだけど! っていうか、エルフの方も始末できたんでしょ? なんで殺さなかったんだよ!」


「何言っとる。それじゃつまらんだろう? ワシがこの世界に来たことをタカシの奴に伝えてもらわねばならんからの。一人は生かしておいたのよ。フフフッ、今頃、泡を食っておるじゃろうなぁ~」


「何言ってんだよ! 約束と違うじゃないか! 遊びじゃないんだよ?」


「分かっておるわい。じゃが、ワシのやり方でタカシを始末するのも同意したじゃろう? あ奴には全力を出してもらわねば若返った甲斐が無いからのぅ」


「それフラグでしょ。そう言いながら負けるってのがお約束なんじゃないの? どうかしてるよ、まったく」


「今さら過ぎたことを言っても何も変わるまい」


「自分で言う? それ。……はぁ、もういいよ。それより、魔力を探知できるなら使徒の居場所は分かるんでしょ? それなら教えて欲しいんだけど」


「ある程度の魔法を使っていればそれを感知できるが、そうでなければ分からんぞ? 身体強化ぐらいじゃ判別できんし、個人を識別できるものでもない。女子どもを見つけたのは偶々じゃ。街が静かで分かり易かったからの」


「くっ、使え――」

「おじぃは相変わらず頭がオカシイ」


「お優。聖鎧はどうした? 常に顕現させておけと言っといたじゃろう?」


「うっ! い、今は休憩中……」


「なんじゃ、もうへばったのか? 優れた武具も己の手足のように扱えなければ意味は無い。昔散々教えたことじゃがの。こっちの世界に来て一年以上何をしておったのか……まったく、力に溺れおって」


「ゴメンナサイ」


「この傷を見んか。聖鎧とて無敵では無い。あらゆる衝撃や魔法を弾くが、人の扱うものに完璧などあり得ん。『聖剣』も同様じゃ。強力な武具を持っているという意識が慢心を生み、隙を作る。ワシでさえ、このとおりよ。響が死んだのも相手が強かったからではない。己に負けたのじゃ」


「おじぃは響ちゃんが死んで何とも思わないのっ!」


「はぁ……それも何度も教えたぞ? 死んで終わりと思っているからそのように取り乱すのじゃ。あの世で会えると思えば死など些細なことよ。……フフフッ 今まで殺した強者達とまた相対できると思えば己の死もまた一興。楽しみじゃわい」


「それ、あの世って言っても地獄でしょっ!」


「なんじゃ、お優。人を殺しておいて極楽に行けると思っとるのか?」


「うぅ……」


「響も地獄で鬼共と戯れていよう。お主もいずれ同じ場所に行く。無論、ワシもな。何を悲しむ必要がある? ……すぐに会いたいのなら送ってやるぞ?」


 男はいつの間にか佐藤優子の喉元に指を置いていた。男が佐藤優子に近づくのを本人め含め、誰も認識できなかった。


「し、新宮流……『虚空』?」


「いかにも。人は視覚に頼って生きておるが、目に映る姿形を全て認識できてはおらん。無意識に視覚以外の感覚でモノを判別しておるのよ。その一つを断つだけで、見えているはずなのに見えないという現象が起きる。目の前でワシが動いているのを視界に収めておきながら、認識できなかったのはその為じゃ。これも以前、教えたな?」


「そんな……そんな魔法みたいなこと……」


「魔法ではない。誰でも習得可能な技術じゃ。まあ、修めるにはそれなりの修練が必要じゃが……今は時間が無いからの」


 ピッ


 佐藤優子の両目に線が入り、血が溢れ出す。どうやったのか、男が佐藤の両目を裂いたのだ。


「キャアアアーーー!」


「暫くそれで過ごすがよい。治療することは許さん。まずは心眼を開くことじゃ。でなければタカシとは戦いにならん」



「新宮幸三……狂ってるね」


「小僧、お主がワシを召喚したのはタカシを殺す為じゃろう? 望みどおり、殺してやるから黙っておれ」


「そうは言ってもね。優子ちゃんも大事な戦力なんだけど?」


「ふん、タカシに中途半端な戦力など無駄じゃ。なんせ、ワシが仕込んだからのぅ。それに、有象無象をぶつけて消耗したところを仕留めるお主の作戦はお勧めせんぞ?」


「使徒の力には限りがある。天使化の発動時間を消費させる作戦は理に適ってるはずだよ」


「相手がの者ならな」


「おかしなことを言うね。女神の使徒が普通じゃないのは重々承知だけど?」


「そうではない。まあ、お主には関係の無いことじゃな……好きにせい」


「いやいやいや、何それ! 気になるでしょ!」


「なぁに、タカシを殺すことには変わりない。気にするな。ほれ、お優、行くぞい」


 新宮幸三はそう言って、目から血を流している佐藤優子を引きずって部屋から出て行ってしまった。


 …


「二百年前に女神アリアが召喚した勇者で最後の生き残り。そして、白石さんの曽祖父で女神の使徒の師か……なんとも凄まじい因果だけど、今更ながら、なんでボクと契約したんだろ? ザリオン、他に何か知ってる?」


「アリアが使徒を選定する際、あの新宮幸三が候補だったはずでしたが、高齢を理由に断られたそうです。他の老人共と同様、若返りと引き換えに我らの要望に応じるのは当然かと」


「いや、うーん。やっぱ、ザリオンは人間をわかってないよね。そんな単純な男なわけないでしょ。まあ、爺さんの命は僕らの意思でどうにでもなるんだから別にいいけどさ。……じゃあ、使徒に関しては? 爺さんの言うような普通じゃないってのに、心当たりはない?」


「レイという男の記憶は聖域で見ましたが、新宮が言うような不審な点は何も。……いや、一つだけ。アリアがあの男が転生した際に、生じるはずの能力が何も無かったことを不思議がっておりました」


「異界を渡る際には肉体と魂の隙間に特殊な才能が宿る。転生して魂のまま異界を渡ったんなら一つどころか複数の才能が入り込んでも不思議じゃない。なのに一つも無い、か……ザリオン、そういう大事なことは早く言ってくれないと」


「申し訳ありません。ですが、何か問題でも?」


「そういったケースで考えられる可能性は二つ。一つは元々備わっている才能や特殊能力に上書きされてること。もう一つは、場合だけなんだよ。天使の力で気付かなかったけど、言われてみれば一つも無いのはオカシイな……」


「しかし、あの男の記憶の中にそのようなものはありません」


「だよね~ 神さえ不思議がってたんなら分かる訳ないよね。あの爺さんの身内びいきか、ボケちゃってるのかもね~」


「肉体は脳細胞を含め、若返ってるはずですが?」


「冗談……」


(いや、待てよ。僕達古代人が知ってる知識を女神が知らないはずはない。その上で疑問に思ってたとしたら? ……仮に、予め使徒に特殊な能力があったとして、それを女神が知った上で疑問に思っていたのか? いやいや、それは無いな。大体、使徒である鈴木隆、レイという男は生まれも育ちも地球のはず。例え、異界に渡った経験があったとしてもザリオンがそれを知らないはずは無い。少なくとも転生時には天使以外の特殊能力は無かったはず。隠しているのか? または、能力というにはショボ過ぎるのか……もしくはボクの考え過ぎか? しかし、なんだこの妙な違和感は……)


「マスター?」


「なんでもない。それにしてもあの爺さん、少々僕らとは価値観が違うみたいだけど、味方ながら油断はできないね」


「裏切る可能性は低いかと」


「低いって、なんで無いって断言しないのさ。そこは空気読まなくていいから、安心させてよ。まあ、保険は掛けてあるし、誰でも死ぬのは嫌なはず…………だよね?」


「……」


「おーい」


 …

 ……

 ………


「少し、昔話をしてやろう」


 新宮幸三は、佐藤優子を引き摺りながら唐突に口を開いた。


「約八十年前、この世界では二百年前じゃが、ワシは戦時中、戦っていた米兵諸共、突然この世界に召喚された。アリアと名乗る女神に、暴れている『魔王』を倒してくれと言われてな。当時は面食らったもんじゃ」


「……おじぃが強いのは能力のおかげ?」


「阿呆。ワシが今まで『聖鎧』や『聖剣』を出したことがあったか? まあ、時折、魔力を使っていたのは否定せんがの。じゃが、地球は魔力が薄くてのぅ。魔力の回復にはこっちの世界の十倍の時間が掛るんじゃ。おいそれと使うことはできんよ」


「え? 地球にも魔力があるの?」


「正確には魔素じゃな。向こうの技術では観測できんがの。それより、ワシが召喚されて、魔王を倒すまでどのぐらいの時間を要したと思う?」


「……わかんない」


「十年じゃ。その間に多くの者が死んだ。ワシの部下や仲間も含めて大勢な。当時はかつての日本の戦国時代のように国々や民族同士が、少ない人間の生活圏の奪い合いをしとったからの。相手は魔物だけでは無かったのじゃ」


「十年? おじぃって九十を越えてたよね? こっちで十年過ごしてたってことは実際は百歳以上ってことじゃん!」


「長寿の秘薬を飲んでおるからのぅ」


「えっ!」


「嘘じゃ。そんなモンありはせんわ」


「でも、若返りの薬があるし……」


「あの小僧、いや、赤城香織という小娘が作った薬か。確かに素晴らしい効果じゃが、服用を止めればたちまち肉体が朽ちてしまう諸刃の薬。ワシのように老い先短い者以外にお勧めはせんな」


「そこまで知っててなんで若返ったの? おじぃも死ぬのが嫌なんじゃん!」


「ワシの望みは戦って死ぬこと。鍛錬を重ね、死線を潜り抜けた真の強者とのな。この世界で十年過ごし、ワシは強くなった。じゃが、魔王を倒した後、見渡せばワシを殺せるような強者はおらんかった。この世界を戦争の無い世界にすると言った仲間と袂を分かち、一人地球に帰還したのはその為じゃ。まあ、他にも理由はあったがの」


「理由?」


「それはお主が知る必要の無い事じゃ……話を戻すぞ。響を殺した鈴木隆という男はワシがワシの為に鍛えた男じゃ。言ってる意味が分かるか?」


「おじぃは自分と戦って殺してくれる相手を育ててたってこと?」


「少し違う。殺されたい訳ではない。重要なのはワシが全力で戦える相手かどうかじゃ。老いぼれて動きが鈍くなる前にタカシめ、病ごときであっさり逝きおって……」


「何言ってんの? おじぃは身体強化だって使えるんでしょ? 第一、『聖剣』が出せるんなら普通の人間が勝てるわけないじゃん!」


「そんな無粋なことはせん。あれは貰いモンであってワシが培った力ではないからの。相手を殺すだけなら核爆弾でも使えばいい。じゃが、それでは無粋じゃろう? 若いモンはこれだから……分かっとらんのぅ」


「そんな簡単に核爆弾なんて手に入らないでしょ」


「ふん。金さえ積めば買えぬ武器など地球には無いわい。お優はもう少し世の中を知っておいた方がよいなぁ。学校やニュースで知れるものなどほんの表層の一部でしかないんじゃぞ? さっきの話と同じじゃ。見えているようで見えておらん」


「むぅ」


「我が新宮家は、代々武技を伝えてきた家だが、それは表向きのことじゃ。裏では見込みのある者を集め、鍛え、戦地に送り込んできた。やはり、実際に人を殺めねば真に武を極めることはできんからの」


「え?」


「お主や響が通っていた道場はいわば表の顔。裏では真の殺人術を教え、実践する者を鍛えておる。タカシはそこでワシを殺せる可能性があった男よ……よいか、お優。未熟なお前ではタカシには勝てん。タカシはワシが殺る。お主は手を出すな」


「いやよ! 私が響の仇を討つんだからっ!」


「本来であれば、修羅に堕ちたお主達を新宮流当主として始末しているところじゃが、今のワシはただのジジイじゃ。見逃してやってるだけ有難いと思わんか。それに、先程ワシにあっさり間合いに入られたな? あれぐらい、タカシにもできるぞ? 新宮流でいう『達した者』同士の戦いに未熟者は邪魔にしかならん」


 そう言って、新宮幸三は『聖刀』を発現させた。


「どうだ? 見えるか? 視覚に頼らず、これが見えぬようでは話にならん。我儘を言うのなら今すぐ響の元へ送ってやる」


「妖怪じじいッ! あうっ」


 佐藤の腕に痛みが走った。新宮幸三が『聖刀』で斬りつけたのだ。


「激高するのはいいが、気を散らすのはいかんのぅ。武器はそれ自体にある種の気配が宿る。人を傷つけるモノはすべからず発する圧のようなものじゃ。人は誰でもそれを感じる力を持っておるが、はっきりと認識するには鍛錬が必要じゃ。それができれば大抵の攻撃は目が見えずとも避けられる。所謂、『心眼』というやつじゃ」


「うぎっ」


 新宮幸三が再度刀を振って佐藤を斬りつける。


「まずは心眼を開眼してみせよ。じゃが、これはほんの初歩に過ぎん。武器を己の一部と化し、その気配を断つことを新宮流では『絶空』という。己を認識させない『虚空』と武器を認識させない『絶空』。その奥義を極めた者の前では、心眼を持たぬ者はただ斬られるのみ。相手はワシ自ら伝位を与えた男じゃぞ? お主程度は能力が無ければ相手にもならぬわ。響が殺られたのも必然。能力に溺れた愚かな娘よ」


「あぎっ! クッソジジイィィィがあああー!」


「友を貶めただけで感情が乱れる。それがお主の弱きところじゃ」


 激高した佐藤優子は『聖刀』と『聖鎧』を発現させて立ち上がり、闇雲に刀を振り回した。


「うつけが」


 …

 ……

 ………


 三十分後。佐藤優子は血まみれで床に這いつくばっていた。


「うぐ……」


「立て、お優。タカシが来る前にモノになれば露払いくらいはさせてやる。ならなければそのまま死ね。足手纏いはいらんからな」


「うがあああぁーーー!」



(フフフッ やはり、響やタカシと違い才がある。惜しむべきは時間が無いことかの。まあ、最低限は仕上がるじゃろ。……アリアよ。既にワシは役目を果たしておる。悪いが後はワシの自由にさせてもらうぞ)

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