第479話 オブライオン王国②

 バッツ達『ホークアイ』の面々は、野営するというレイの判断を受け、荷馬車を降りて野営地を探しに森に入っていった。


 自然の中で過ごす野営地はどこでもいいわけではない。魔物や獣の痕跡、水場の確認は勿論、周囲の植生環境を考慮して、危険の少ない場所を選定する必要がある。無論、これは地球でも同じだ。水辺の近くは天候によっては増水で危険になる場所も多く、熊や害虫などにも注意が必要なのは日本も変わらない。海外の紛争地域ではそれに加えてゲリラや民兵などの敵性勢力を考慮するが、この世界では、更に魔物への警戒が必要だ。


 野営場所は、街道沿いに設置するのが最も安全だと思われがちだが、この世界では街灯も無く、暗闇の中で移動する者は魔物の存在もあって殆どいない。夜間に街道で出会う人間は、高確率で野盗などのまともな人間ではない為、街道から少し離れた森の中で野営するのがセオリーだ。


 探知魔法とブランがいるので、レイ達にはあまり気にする必要はないのだが、バッツ達『ホークアイ』は、魔物の有無を最優先で確認している。それに対してレイは特に口出しをしようとは思っていない。


 この世界の冒険者が行う野営地の選定基準などを知るのは、レイにとって新鮮なことだった。レイ達の中ではリディーナが冒険者の経験が一番豊富だ。しかし、精霊との親和性が高いリディーナの考えや行動は、残念ながら一般的な参考にはならなかった。エルフ族の特性か、もしくは精霊のおかげなのか、リディーナは害虫対策などしなくても虫に刺されることもなく、水場の有無も考える必要が無い。外敵による周囲の異変は風が教えてくれると言い、普通の人間には無理なことを常識だと思っている節がある。


「あの辺がいいと思うわ」


「なんで、そう思うんだ?」


「なんとなく?」


 ……そう、参考にはならない。



(こうして普通の冒険者の行動を見るのは俺にとっては何気に初めてなんだよな……)


『ホークアイ』の面々は周辺に散開して、野営地を吟味しているが、その行動はそつがない。魔物や獣の痕跡を見る目は勿論、森の植生なども考慮している。レイも地球ならバッツ達と同じことをするが、この世界の動植物はそれほど詳しくない。バッツ達の言う、この木があるからここにしよう、この草が多い場所は止めた方がいいなどの意見は参考になった。


「旦那、ちょっと来てもらえますか?」


 バッツ達が森から戻り、レイを呼ぶ。


「どうした?」


「魔獣の痕跡を見つけたんですが、ちょっと……」


「「「?」」」


 仮眠から起きて来たイヴと共に、レイとリディーナは互いに顔を見合わせた。ブランがいるので殆どの魔物は近づいて来ない。仮にいても、ブランが気づくし、レイの探知魔法にも反応があるはずだった。ベテランのバッツ達が、魔物の痕跡があったぐらいで、神妙な面持ちをしていることにレイ達は不思議に思った。


 …


 バッツ達に案内されて森に入ると、熊のような大きな足跡が見つかった。周囲の土の乾き具合や、足跡の風化具合から判断するに、比較的新しいものだと思われる。


 だが、足跡は熊のではない。大狼ダイアウルフに酷似した、狼のものだった。この世界に犬はいないので、犬に酷似した足跡は狼系の獣と断定できる。


 しかし、問題は発見した足跡の大きさだった。



「デカイな……」


「いや、旦那。デカイなんてもんじゃないですよ。足跡は確かに狼系ですが、この大きさは大狼なんてモンじゃないです。足跡の大きさと歩幅から察するに、体長はゆうに五メートル以上はあります。魔の森じゃあるまいし、こんな魔獣が平地の森にいるはずありません……」


「確かに、おかしいわね。それに森の様子も変だわ」


「はい。姐さんの仰るとおり、この辺りには生き物の痕跡が全くありません。この足跡以外に他の動物の痕跡が一切ないんです……異常ですよ」


 森に動物が全くいないのは人工林だろうと有り得ない。一見、人間の目には分からなくとも、小動物や鳥などが一切いない森など存在しないのだ。バッツの言うとおり、この森の状況は異常だと言えた。


「ブランは何か気付かないか?」


『……? わかんねっす』


「「「……」」」


 ブランは空腹の所為か、まったくやる気がない。ここまではっきり足跡が残っているのだからニオイの痕跡も残っていそうなものだが、興味が無いのか先程からイヴに食事をねだっている。


『イヴちゃん、早く、早く、ゴ、ハ、ン!』


(使えん……)



「で、どうするの? レイ」


「どうもこうも、足跡は一匹だけだ。問題無い」


「それもそうね」


(((えーーー)))


「(旦那達、なんでそんな平然としてるのぉ?)」

「(大狼なんかより遥かにデカイくてヤバそうな魔獣がいるんですが……)」

「(まあ、旦那は古龍も討伐してるし……)」

「(感覚がおかしくなってくるな……)」


 バッツ達はレイから戦闘はしなくていいとは言われているが、常にレイ達と一緒に行動してるとは限らない。今のように少しの間でも離れることがある以上、その隙に襲われてもおかしくない。レイ達に余裕があっても、鵜呑みにして警戒を怠ることは出来なかった。


『ラルフニメイワクカケヤガッテ……コロスカ?』


「やめろっ! 誰を殺す気だ! 頼むから黙っててくれ!」


「ゴルブの爺さんに貰った戦槌か……そういや喋るんだったな。ちょっと見せて――」


『キタネーテデ、サワルナ。コロスゾ?』


「き、汚……?」


「やめてくれぇぇぇ!」


『下品な駄槌でありんすねぇ』


『クソガ! ナマクラハダマッテロ!』


『だ、誰がナマクラでありんすかっ!』


『オマエダヨ、コノクソビッチ』


『わっちを誰だと……バラバラにしてやりんす!』


『ヤッテミロ、ナマクラクソビッチ』


『駄槌ィィィ!』



「「「……」」」


(((なんなんだ、この状況……)))


 クヅリとメンヘラ。刀と戦槌が会話してることに、一同は誰しも頭がおかしくなったのかと錯覚する。会話の内容が低俗なのもそれに輪をかけていた。


「レ、レイ?」


「放っとけ。相手にしたら負けだ。そんなことより、バッツ、適当に野営の準備をしておいてくれ。リディーナとイヴもここで待機だ」


「レイは?」


「ちょっと、散歩してくる」


 …

 ……

 ………


『ハムハムハムハムハム』


「レイ様、本当に散歩でしょうか?」


「大方、あの魔獣でも狩りに行ったんでしょ? それならそうとちゃんと言えばいいのにね~」


「リディーナ様はご一緒されなくてよいのですか?」


「ここはどうするのよ? 私だってレイと一緒にいたいけど、バッツ達もいるし、ここへ来てからブランもあの調子だし……」


「確かにそうですね」


『ハムハムハムハムハム……イヴひゃん、もっほ果物ほひいっふ』


「はいはい」


「んもう、贅沢になっちゃって!」 


 …


『あの駄槌め……あとで真っ二つにしてやり――』


「黙れ」


『くうっ……まあ、いいでありんす。所詮は下等な戦槌のたわごと。わっちが大人になるでありんす……それはそうと、これから魔獣を倒しにいくでありんすか?』


「それもある。バッツ達が慌ててたのは足跡が新しかったからだしな。でもまあ、魔物に関してはついでだ」


 レイは森に入り、クヅリの言うとおり、魔獣の足跡を辿っていた。だが、あまり本気ではない。獣の追跡はそう簡単ではないからだ。足跡が新しいからといって、すぐ近くにいるとは限らず、短時間で追跡できるほど、野生の獣は甘くない。


 そもそも、野生動物に比べて五感や身体能力に劣る人間が、獣に勝る部分は無い。人間のハンターが獣を追跡できるのは、対象となる獣の習性と森や山の地形を熟知しているからだ。そのどちらも無い以上、いくら足跡を辿っても永遠に獲物には近づけない。探知魔法を駆使しても、多少足を延ばすぐらいで見つかるとは、レイは思っていなかった。


 ただし、それは純粋な獣の場合だ。この世界の魔獣の場合は、人間のことなど餌としか思っていない。人間が縄張りに入れば容赦なく襲って来るだろう。


「まあ、襲ってくれば殺るだけだ」


『野営地に出るかもしれないでありんすよ?』


「ブランがいてか? でもまあ、そん時はリディーナかイヴが殺るだろ」


 リディーナに関しては言うまでも無く、イヴについても『魔の森』で強力な魔物との闘いをレイは見ている。二人が手こずるのは『龍』ぐらいだとレイは思っている。


 今は魔獣のことより、先程から上空を旋回している鳥のことがレイは気になっている。


灰色鳥グレイバード……あのオッサンのでありんすね』


「そういうことだ。何か情報でも仕入れたんだろう。今は情報の回収が先だ」


 レイはセルゲイから貰った鳥笛を取り出し、灰色鳥に向かって吹いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る