第418話 出航

「レイ、ここの人達が船に乗せてほしいみたい。下流の街に行きたいらしいわ」


 船首で銃の整備をしていたレイの元に、リディーナが戻ってきた。


「は? なんでだ?」


「男手がないし、ここで生活を続けることは難しいそうよ。まあ、魔物もいるし、女子供だけで暮らせないのは当然だろうけど……」


(男手がいても変わらないんじゃないか?)


 そう思ったレイだったが、他にも水賊がいる可能性がある以上、ここへ残してもまた襲われるのは目に見ていた。


「水賊共の金品があれば、街に行っても暮らしていけるか……通り道で降ろせるなら別に構わんだろう。無駄な家具は撤去したから、女子供が二、三十人なら狭いけど乗れるしな」


「じゃあ、そう説明してくるわね。それと、何人か怪我してるコがいるからそれも後で診てあげて欲しいんだけど……」


「わかった、これが終わったら後で行く」


「ありがと」


 …

 ……

 ………


 レイ一行は準備を終え、生き残りの住民達を乗せて出航した。


 殺された住民は荼毘に付して簡単な葬儀を行った。始末した水賊はまとめて灰にし、家屋や桟橋もすべて燃やした。非情なようだが、野盗や水賊が住み着き、利用されない為だ。


 住民達は、焼け落ちた村を泣きながら見送る。殺された身内の墓はあるが、整備された公共交通機関も無く、魔物や野盗が跋扈する世界では、気軽に墓参りなどできはしない。村を再建する気がなければ、住民がここへ戻ってくることは二度と無いだろう。



 レイは、操舵室で地図を見ながら次の目的地までの距離と船の速度から日数を計算し、リディーナとイヴに伝える。勿論、計器などは無いのでレイの体感によるざっくりとした計算だ。住民を降ろす予定の川沿いにある大きな街までは約一週間。水に関しては魔法で生み出せるので問題無いが、村から持ち出せた食料と、レイ達の鞄にある分だけでは、目的の街までは足りなそうだった。


「途中で狩りをするしかないな」


「食料、足りないの?」


「この船には殆ど積まれてなかったし、クズどもが村の食料を食い散らかしてたみたいだ。畑も収穫前で積み込めた食料はそれほど多くない」


「折角の川旅だし、漁でもする? 私はやったことないけど」


「私もです」


「俺だってない。この川の濁り具合じゃ潜って捕るのは難しい。釣りはしたことあるが、この人数分を釣るのはちょっと自信無いな。船に網なんか無かったし、途中で上陸して狩りをするのが現実的だろ」


「子供達は釣り竿持ってたわよ?」


「大の大人が、子供の釣った魚に依存してどうする」


「そ、それもそうね……」



「気落ちしてるでしょうし、今日だけは美味しいものを食べさせてあげたいですね」


「以前、マネーベルで買い込んだ甘いモンでも出してやればいいんじゃないか?」


「そう言えば、忘れてたわ。そうね、そうしましょう」


 …

 ……

 ………


 三日後。


 緩やかな川の流れを船はゆっくり進み、のどかな船旅が続いていた。


 乗り込んだ住民達も大分落ち着き、子供達はリディーナが買い込んでいたおやつを食べたり、釣りをしたりして遊んでおり、女達は洗濯や食事の手伝いを率先して行っていた。中でも船首でだらしなく寝そべっているブランが人気で、小さい子供達がブランに寄りかかって昼寝していた。


 一方、操舵室ではレイがイヴに操船を教えていた。


「俺も適当だから、正しいかはわからん。馬車と比べるのもなんだかアレだが、船は操作してもすぐに曲がったりできないから、それだけ注意だな。それに、止まるのも進むのもだ。大体このラインを見安に判断して操作しないと間に合わない」


 レイは操舵室の窓に短剣で傷をつけ線を引いた。


「ここに立って、景色と傷のラインを合わせてハンドルを操作すれば大体間に合う。まあ、川の流れもゆっくりだし風も無い。ハンドルをロープで固定すれば放っておいてもいいぐらいだ。ミスも気にせず、今の内に色々操作してみてまずは慣れろ。どうせ拾いモンの船だからぶつけてもいいぞ?」


「き、気を付けます」



「レイッ!」


「どうした、リディーナ?」


「船よっ!」


「「ッ!?」」


 …


 船尾に向かったレイ達は、船の後方、川の上流から一隻の船を捉えた。船の大きさはこの船より一回り以上大きい。


 強化した視力で船を見つめるレイ達を、子供達や女達が不思議そうな顔で見ている。普通の人間からすれば、三人が見つめる先に目を凝らしても船と判別するのは難しい。言われれば何となくそうかも、という大きさだ。それよりも、真剣な顔をしたレイ達、美男美女の横顔に、女子供達が見惚れて呆けてしまっていた。


「向こうの方が速度が出てるな。……さて、どうするか」


 ほぼ間違いなく、村を襲った水賊の仲間だと思っているレイは、暫し考える。どうするかと言ったのは、どんな手段で沈めるかであって、逃げることなど考えてはいない。野盗の類は、見逃せば他で被害が出るからだ。叩けるなら叩いてしまった方がいいのは先の村が証明している。


「狙撃する?」


「二キロ以上あるぞ?」


「いけるけど?」


(くっ、そうだった……)


「まあ、地上と船上じゃ狙撃の難易度が段違いだからいい訓練にはなるが、まあ、焦るな。船にいるのは間違いなく水賊共だろうが、乗ってるのがクズ共だけとは限らんからな」


 リディーナとイヴが周囲の子供をチラ見する。あの船が他の集落を襲った帰りなら、もしかしたら女子供が捕らえられてるかもしれない。


「先に俺が偵察してくる」


「また、一人で行っちゃうの?」


「見てくるだけだ。囚われてる者がいれば戻ってきて作戦を練る」


「いなかったら?」


「テストを兼ねて、ガキ共に花火ってヤツを見せてやるよ」


「「テスト? ハナビ?」」


 …

 ……

 ………


 日が落ちた頃、レイはイカリを下ろし、船を停泊させた。夜間に航行しないのは、地上に目印となる光源もなく、遠くを照らす明かりがないこの世界では座礁の危険があるからだ。無論、レイ達だけならば夜目が利き、探知魔法などで航行は可能だが、操船と周囲の警戒にレイ達三人がフルで活動しなければならないので、効率的ではない。夜通し航行するほど急ぎ旅でもないので、夜は停泊し、野営時と同様に交代で見張りをしながらしっかり休息する。


 しかし、不審な船が後ろからついて来る以上は、しっかり対処する。レイは光学迷彩を施し、飛翔魔法で目標の船に上空から向かう。不審船は速度はやや落としてるものの、依然としてレイ達の船に向かって来ていた。



 甲板には小汚い男達が船首付近に集まり前方にあるレイ達の船を見ていた。その中で一際目立っていたのが、燃えるような赤い髪をした女だ。


「なんだい、まだ、応答無しかい?」


 男が灯りの魔導具を点滅させてレイ達の船に合図を送っているが、当然だが反応は無い。


「姐さん、さっきから合図してますが、サッパリです。やっぱ違うんじゃないっすか~?」


 ドカッ


 赤髪の女は、そう言った男の背中を蹴りつける。


「あんな船が他にいくつもあるもんかいっ! オメーの目は節穴かぁ~? 焼き払われた村を見ただろーがっ! あの船に乗ってる奴の仕業だよっ!」


「じゃあ、ボンズ達は乗ってねーってことっすか?」


「あたりめーだ! ボンズらなら村も焼くはずねーし、アタイ達の合図に無視もしねーだろーが、このボケが! ちくしょう……あの村は桟橋もあったしいい拠点になりそうだったんだ……くそがっ」


「じゃあ、あの船に乗ってんのは誰なんすか? まさか、ロッカの連中じゃあ……」


「んなわけねーだろーが。奴らなら今頃船を反転してこっちに向かって来てる。のん気に停泊してお寝んねしてるわけねーだろ? 村の連中にやられたんだろ。凄腕でもいたかもしれないね。ったく、マヌケが……」


「ひょっとして冒険者じゃ……?」


「それこそあり得ないね。ロッカの街でデカい緊急依頼があって、腕の立つ冒険者は出払ってるって言っただろーが。だからこうして遠征してきたってのに……もういい、さっさと接舷して始末しちまいな。ただし、相手は凄腕だと思って本気でやるんだ、わかったな?」


「「「へいっ!」」」



 ドボンッ


「「「ッ!?」」」


 水面に何かが落ちる音で、船首にいた全員が剣を抜く。その直後に船首から錨を繋いだ鎖が勢いよく川に引き込まれていった。


「「「錨? なんでだ?」」」


「なに、ボーっとしてる! さっさと引き上げな!」


「「「へ、へいっ!」」」


 次の瞬間、船が停止し、舵も利いていないのか、川の流れのままに流された。誰もが錨の所為かと思ったが、誰も何もしていないのに自然に錨が落ちることがあるのか? そのことに気を取られて、投錨と同時に一人の男が水面に潜り、船底に設置された魔導具を破壊したことには誰一人気付かなかった。

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