第417話 掃除

「誰だっ! 何処にいやがるっ! 出て来やが――」


 ビシッ


 剣を振り回し、盛大に叫んでいた男の額に穴が開き、貫通した弾丸が後頭部から抜け、脳みそをぶちまけた。棒立ちのまま大声で叫べば狙撃手のいい的だ。


 リディーナはボルトを引き、次弾を薬室に装填しながらイヴの指示を待つ。集落の中央に集まっていた男達は全て始末した。残りは家屋を荒らしていた者や、村の周囲に散っていた者、船の見張りについていた者だ。船の周囲はレイに任せ、リディーナとイヴは村から逃げ出す者を優先する。それを見つけて狙撃手スナイパーのリディーナに伝えるのは観測手スポッターのイヴの役目だ。


「村の北に一人、帽子を被った男……賊です」


「了解」


 本来なら、観測手が標的までの距離や風などを細かく伝えるべきだが、リディーナはスコープを覗いている訳でもなく、比較的近距離な上、風の精霊が見えているのでその必要は無い。ただし、狙撃の際は標的を集中して見ている為、周囲の動きをイヴが補佐する必要があった。


 地球の現代戦なら一人を狙撃された時点で敵側は撃ってきた方向に対し、防御態勢を即座にとる。狙撃に対する訓練はどの軍隊も当然行っており、一か所に留まって狙撃を続けることは非常に危険だ。広く射角がとれ、近づいて来る敵兵を一方的に狙撃できる条件であっても、敵側に捕捉され狙撃されたり、爆撃されるので、友軍のいない単独の狙撃任務の場合は、一発でも撃った後は即座に撤収するのがセオリーだ。


 しかし、狙撃する距離としては近い、五百メートル程の距離であっても、『防音の魔導具』を起動して発砲音が全くせず、狙撃された状況でもどのように攻撃されたか分からず混乱している水賊達がリディーナ達を見つけるのは不可能だった。


 リディーナがボルトハンドルを引き、弾薬を魔導狙撃銃に給弾している間も、イヴは村の周囲から目を離さない。7.62mm相当の真っ黒の弾薬が五発入る狙撃銃に、鞄から取り出した弾を一発づつ装填していくリディーナ。給弾を終え、イヴが数えた男達の人数分の予備の弾薬を、銃を保持する左手の指の間と胸の谷間に差して再度銃を構えた。


「給弾終わりっ! イヴ、いつでもいいわよ」


「了解です。……南西の家屋、洗濯物が干してある家です。窓から覗いてる者が一人……短剣を所持してます」


「あの状況で家屋に残ってるなら住民じゃないわね。見た感じ汚いし、賊ね」


 パァン


 …


 残りの水賊をリディーナとイヴが索敵している頃、桟橋近くの家屋では二人の男がドアの隙間から外の様子を見て激しく狼狽えていた。


「なんなんだ一体、何が起こってんだっ!」

「デケー声だすな! 落ち着け! ガキだ、ガキを盾にして船に逃げるぞ! 川に逃げちまえばこっちのモンだ!」


 男達が潜んでいた家屋には、後に奴隷として売り捌くつもりだった子供達が集められており、男達はその見張りだった。


 男達はそれぞれ小柄な子供を乱暴に掴み、盾にするべく抱き上げる。


「いやぁぁぁおがあざーん」

「おどうざぁーーーん」


「騒ぐんじゃねー!」

「黙らねーとブッ殺すぞ!」


「お前が死ね」


 ドンッ


 ドアの隙間からコルトガバメントの銃口が火を噴いた。子供の口を塞ごうとした男の額に風穴が開き、血と脳ミソが背後にいた男に飛び散る。


「ひぃぃぃいいい!」


 ドンッ


「ぎゃあああああ」


 もう一方の男の肩を銃弾が貫き、男はその衝撃で手にしていた剣を落として蹲る。レイは扉を開けて中に入ると、男から子供を引き剥がし、男の胸を蹴って踏み倒した。


「おい、クズ野郎。あれ以外に船はあんのか? 他に仲間がいるのか答えろ」


 男は激痛に顔を歪めながらも、視線を左右に動かす。どう答えるべきか迷っているようだ。その時点でレイは察し、次の質問に移った。


「お前、船の操縦は? できんのか?」


 男は必死に首を縦に振り操縦が出来るとアピールする。船を動かせれば捕虜として殺されないと判断した。捕まっても川に出ればいくらでも逃げられる、そう考えた。


「出来るっ! だから、助け――」


「そうか。お前のようなヤツができるなら誰でも出来るな」


「え?」


 ドンッ


 …

 ……

 ………


 集落を襲っていた水賊を殲滅したレイ達は、縛られていた女性達の縄を解き、家屋に閉じ込められていた子供達も解放した。しかし、住民の成人以上の男性は全て殺されており、父親や恋人、家族を殺された女子供がその遺体に縋りつき、泣き崩れていた。



「見るに堪えないわね……」

「そうですね……」


「間に合ったのか、遅かったのか……なんとも言えんな」


 もう一日早ければ、そうレイ達は思うが、逆に一日遅ければ女達は凌辱され、子供達は連れ去られていただろう。もしくは全員殺されていたかもしれない。今日という日は変えられず、いくら考えてもどうしようもない。世界や時代が違えど、理不尽は誰にでも唐突に襲って来る。それに抗える者など極僅かだ。


「とりあえず、船を調べるか」


 レイ達は思考を切り替え、状況を整理する。船は手に入れた。大型の漁船並みの大きさでブランも余裕で乗れるだろう。問題は操船だが、先程、操舵室にいた男を始末した時に船内を見た限りでは、ハンドルとレバーが設置されていたので地球のモノと大差ないと思われた。



「まさかとは思ったけが、やはり魔力が動力なのか……一体どんな仕組みだ?」


「水流の魔導具が船底に設置された船のようです。こちらで魔力を調整して速さを、こっちで前進と後退、これが舵ですね」


『鑑定の魔眼』で操舵室を見渡し、レイに説明するイヴ。


「イヴ、操船できるのか?」


「いえ、鑑定しただけです。船には乗るのも初めてです」


「私も手漕ぎ舟ぐらいしかないわね」


「そうか、まあ、川を下るだけだから舵さえ利けばなんとかなるだろ。大体、二週間はこいつで移動するからまずは掃除だな」


「そうね、綺麗にしたいわ」


「とりあえず、不要なモノを捨てて『浄化魔法』で船全体を綺麗にするか。二人は先に残った住民に説明とケアをしてやってくれ。船に積まれた金品や食料も置いてってやろう」


「「了解」」


 …


 レイは、不要なゴミや水賊の私物などを魔法の鞄に仕舞い、船内を片付けていった。船底には賊達の寝泊まりしていた部屋などがあったが、不要物を撤去し『浄化魔法』を施すと、驚くほど清潔な空間になった。しかし……


「ちっ、やっぱ浄化魔法や魔法の鞄じゃ、生きてる虫は無理か」


 船室の家具や設備は綺麗になったものの、生きているダニやノミのような虫は排除できない。賊が使用していた寝具やハンモックなどは全て処分したが、床や壁の隙間にいる害虫はどうしようもない。レイ一人なら特に気にしないが、女性二人が身体を掻き毟ってる姿は見たくなかった。


 野外での行動は虫との戦いでもある。ブーツや服で隙間をなくしても、小さな虫は容赦なく侵入してくる。害虫による痛みと痒みは我慢できるが、毒や病気を媒介する虫もいるので蔑ろにはできない。森に入る者は虫除けの手段を講じるのは常識だ。レイもこの世界で冒険者として活動しはじめの時はギルドでその方法をまず先に調べた。


 野外で活動する場合は虫除け効果のある薬草を靴や衣服に擦り込み、野営用のテントは殺虫成分のある乾燥させた薬草を燃やして燻す。


 レイは、船室を虫除けの煙で燻している間に、船首に出て魔法の鞄からブローニングM2重機関銃を設置しはじめた。三脚を釘で打ち付け、銃を載せたら弾薬ボックスを設置して一本110発の弾帯ベルトを引き出す。銃のカバーを開けて給弾し、コッキングレバーを引いて初弾を薬室に装填した。普通の銃と異なり、M2の引金トリガーは押金式だ。親指でボタンを押すと発射される仕組みで、押している間は大口径の弾が毎分約800発で連射される。


 このブローニングM2重機関銃は、第二次大戦中に開発された銃だが、信頼性や完成度が高く、現在でもほとんど原型が変わらないまま各国の正規軍は勿論、反政府組織や犯罪組織まで、世界中で運用されている。レイも習熟しているとまでは言えないが、当然扱える。


 この村を襲った水賊の仲間や別動隊が他にもいる可能性が高く、この船と同規模の船が襲ってきた場合は、この重機関銃で沈めるつもりだ。


「弾が勿体ないから、あまり使いたくないけどな」



 そう言いつつも、遠慮なしに重機関銃をぶっ放せる機会はそうあるものではなく、ちょっと撃ちたい願望のあるレイだった。

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