第408話 条件

「「「え……?」」」


「志摩恭子、お前が『勇者』をその手で始末すれば、殺すのは無しにしてやる」


「そ、そんな……」


「オブライオン王国にいるお前の生徒共は、街に魔物をけしかけ虐殺を先導してる。昨日もここに豚鬼の大軍を襲わせてるんだ。怪我人を治療するのは結構なことだが、教師としてその事実から目を逸らすなよ。……何も全員とは言ってない。一人でいいから始末してこい」


「……」


「彼女には戦う力は無いんだ。そんなこと出来る訳ないだろ?」


「トリスタン、お前は黙ってろ。俺はこの女の覚悟を聞いている」


「覚悟だって?」


「今後は怪我人を治療して生きていくならそれもいいだろう。だが、俺はこれまで欲にまみれて殺人や強姦を厭わないガキ共しか見てないんだ。お前の同僚の伊集院なんて酷いもんだった。それでどうしてお前を信用出来る? 奴らに抗う術が無いから逃げてきたと言ってたが、それを信じて見逃すほど俺はめでたくない。生徒共と決別する覚悟を示せ。……言っておくが、女神が憑依したのは何の保証にもならんからな。向こうには天使だっているんだ。お前自身の行動で奴らとは違うと証明しろ」


「それでなんで、あの子達を殺めないといけないんですかっ? あの子達の中には日本に帰る為に必死に頑張ってる子もいるんですよっ! こ、殺すだなんて……」


「なら、お前がまともな奴を判別して説得するんだな。急いだ方がいいぞ? 俺はこれから奴らを皆殺しに行くんだ。一人一人まともかどうかを調べるほど俺は親切じゃない。奴等はまるでゲーム感覚で人を殺し、犯す。閉じ込めて置ける牢屋も存在しなければ、裁く法も無い。生かしておけば、お前が治す患者より多くの犠牲者がでることを忘れるな」


「私には無理ですっ!」


「冒険者ギルドと契約したんだろ? ギルドに守ってもらえばいいだろうが。なあ、トリスタン?」


「くっ、キミって男は……」


「凄腕の冒険者でもつけてもらって、オブライオンへ行け。救いたい生徒がいるなら説得でも何でもすればいい。暴走してる生徒を一人でも始末すれば、お前を信じて殺すのは勘弁してやる。だが、一人も殺せなかった場合は全員殺した後に、お前を最後に殺す」


「そんな、説得なんてどうやって……」


「女神の言い分だと、当初はお前等全員を日本に送還するつもりだったそうだ。だが、お前等が能力を使って暴走したから俺が始末をつけにきたんだ。日本に帰りたかったら大人しくしてるよう言うんだな」


「え? なんで……もっと早くそれを知っていれば――」


「女神がお前らに伝える前に、女神の伝言係の聖女を伊集院が殺したんだ。恨むなら同僚を恨め」


 それを聞いて、志摩恭子は愕然とした。この世界に召喚され、大人しくしていれば、いずれ日本に帰れたのだ。しかし、それを副担任の伊集院がぶち壊した。それに、伊集院は隣にいる幼い少女のアイシャを暴行した男だ。志摩は腹の底から怒りが込み上げてきた。


 伊集院の名を聞いて、顔を青くし震え出したアイシャを抱き寄せ、志摩はレイを見る。


「わかりました……オブライオンへ行きます。ですが、殺しに行くんじゃありません。あの子達……日本に帰ろうとしてる子達を説得してみせます」



「好きにしろ。トリスタン、この女が大事なら、精々凄腕の護衛を付けてやるんだな」


「うっ……」



 天井を見上げて、何やら思案しているトリスタンを置いて、レイ達は部屋を出て行った。


 …

 ……

 ………


 本部の食堂を後にし、施設内を宿に向かって歩くレイとリディーナ、イヴの三人。


「ねえレイ、あの女から女神の知識を聞き出さなくて良かったの?」


「ああ。知れるに越したことはないが、はまだいい」


「今?」


「今聞いても鵜呑みにできない。尋問して吐かせるのも、恐らく無駄に終わるだろうしな」


「どうして?」


「あの女の治療の力は能力によるものだ。魔法が使えない部屋で、あのアイシャって子供を治療してた。物理が効かない結界もそうだろう。魔法を封じて拷問してもすぐに回復される。それに、結界を展開されたら普通の拷問は無理だ。まあ、他に方法はいくらでもあるが、どれも時間が掛かり過ぎるからな」


「ですが、あの女性は『勇者』を説得できるのでしょうか?」


「さあな。ああは言ったが、そんなもんには期待しちゃいない」


「「え?」」


「まあ、ちょっと考えがある。それより、俺達もオブライオン王国へ向かう準備だ。イヴ、ここから王国へ行くのにどんなルートがあるか調べてくれ。できるだけ全てのルートが知りたい。それと、リディーナはゴルブの爺さんを探して呼んできてくれ」


「承知しました」

「それはいいけど、レイは?」


「ちょっと、教会に行って来る」


「「?」」


 …

 ……

 ………


「あのー……」


 レイ達が部屋を出て行った後、一人残ったオリビアは、重苦しい雰囲気の中、暗い顔をしているトリスタンに声を掛けた。


「ああ、オリビアか。……どうしたんだい?」


「神聖国での依頼と、あの三人をここへ連れて来た依頼の報酬なんですが……」


「ああ、ご苦労だったね。神聖国の件については、いつも通り報告書を上げてくれ。けど、彼らを連れて来た依頼? 報酬ってなんだい?」


「神聖国から本部までの案内を依頼として受けたんですよ。報酬は金貨百枚。魔導列車が使えなくて、山越えしたんで大変だったんですよ? ……ギルドが支払うって聞いたんですけど?」


「き、聞いてないな……」


「呼びつけたんだから、向こうギルドが払うわよ! って、リディーナが言ってましたけど?」


「くっ、リディーナめ……。分かった払うよ。受付に言っておくから後で受け取ってくれ」


「ありがとうございます。では私はこれで」



「待ちたまえ」


「へ?」


「オリビア、キミにちょっとお願いがある」


「いや~ 山越えで疲れてるんで、暫く休もうかな~って思ってるんですけど」


「じゃあ、指名依頼にしよう」


「くっ!」


 指名依頼とは、依頼主が特定の冒険者を指名して依頼を発注することだ。指名依頼を受けるかどうかは基本的に自由だが、断るには相応の理由が無ければ、指名してくれた依頼元の信用や信頼を落としてしまう。大半の者は、冒険者として活動できる期間は長くない。依頼を通じて信用を得た貴族や商人に、冒険者を引退後に好条件で雇われることが大抵の冒険者が目指す一つのゴールだ。指名依頼を断るということは、その道を閉ざすことに繋がり、普通は断らない。それに、指名依頼の依頼元が冒険者ギルド本部なら、冒険者としての活動にも関わってくる。指名を断れば次は無い。冒険者の代わりはいくらでもいるからだ。


 通常の依頼より報酬が良く、依頼主との信頼関係が深まることで安定した仕事が得られるとして、本来なら指名されることは冒険者として喜ばしいことだ。普段であれば、オリビアも喜んで受けるだろう。


 しかし、この時ばかりはオリビアには嫌な予感しかしなかった。


 …

 ……

 ………


 翌日。


「ここが、二百年前の勇者の装備保管庫だ」


 ゴルブに案内され、レイ達はギルド本部の地下にある、二百年前の勇者が使っていた装備品や、召喚された当初に持ち込んだ銃器類が保管されている倉庫に来ている。


 倉庫と言っても金庫に近く、扉は厳重に施錠されていた。以前、トリスタンが言っていたように、部屋全体が魔法の鞄マジックバッグになっており、保管されていた物資は当時の品質を保っていた。


 レイが、ここへの案内をゴルブに頼んだのは、トリスタンに頼むより気が楽だったのもあるが、装備品はゴルブの方が詳しいだろうということもあった。



「もっと、煌びやかな装備があると思ってたけど、意外に地味ね~」


「あ奴らは、基本的に武器や防具は能力で生み出しとったからな。ここにあるのは魔物には効果が薄いと使わなかった異世界の武器と魔導具が多い。気になるモノがあればワシが説明するから――」


「あ、私は『鑑定』できるので大丈夫です」

「私は精霊このコ達に聞きながら見て回るわ」


 そう言って、イヴとリディーナはスタスタと部屋の奥へ行ってしまった。ゴルブは寂しそうに残ったレイを見るが、既にレイは置かれていた銃器や弾薬をブツブツ言いながら手に取っていた。


「寂しいの~ ……グビリ」



「おい、爺さん、暇ならこっちきて手伝え」


「おっ、なんだ? まったく、しょーがねーな~ 儂が使い方を――」


「これとこれの弾を弾倉と弾帯からバラすんだ。汚れを拭いて、もし、錆があったらそれは除いておけ」


「これを、全……部?」


「全部じゃない、12.7mmと45ACP、これとこれだ。後は使えんからいらん」


「使えない? 保管は万全だったぞ?」


「口径が違う。この二つの弾以外は、古いそれぞれの銃でしか使えない。本田宗次から鹵獲した銃の方が精度がいいからな。この二つはそっちにも使える弾だ。ここにある古い銃は使えなくも無いが、俺達には必要無い。……俺はあっちの棚を見て来るから頼んだぞ」


「お、おう……」


 ゴルブは目の前の弾倉や弾帯から一つ一つ弾を抜いて布で拭きはじめた。


「まあ、こういう地味な作業は嫌いじゃないが……グビリ もっとこう、スゴーイとか、お爺ちゃん詳しい~ とかないんかい……グビリ 儂、結構色々詳しんだけどな……グビリ」



「おい、ジジイっ! 飲みながら作業すんなっ!」

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