第397話 古い情報

 レイと川崎亜土夢、両者はゆっくりとお互いに向かって歩き出した。


 二人共、武器は手にしておらず、素手でやり合うつもりだ。



 ―『拳聖』川崎亜土夢かわさきあとむ


 百八十センチを超える身長と、がっしりとした筋肉質の体。聞いていた特徴のリーゼントでは無いが、目鼻立ちが整った顔はレイの脳内の画像と一致する。複数の勇者を尋問して得た情報では、『拳聖』の能力は無敵とも思える性質を持っていた。


『物理無効』に『格闘技術補正』。あらゆる斬撃や打撃を弾き、攻撃や防御をほぼ自動で行えるその能力は、召喚された勇者の中でも最強といえる能力だ。


 しかも、中身は川崎亜土夢本人では無く、天使ザリオンが受肉して入れ替わっており、完全に別人となっていた。



「おい、下等生物。素直に『鍵』を渡せば、苦しまずに殺してやるぞ?」


「貰った力で随分調子に乗ってるな」


 勿論、レイは天使ザリオンが川崎亜土夢の体に受肉したことなど知らない。目の前の高校生がやたら尊大な態度で自分を見下しているようにしか見えていなかった。


 言うまでも無く、現在の状況では一旦引くのが最適解だ。志摩恭子を入れて『勇者』が三名、川崎亜土夢以外は能力の詳細が分からないのは明らかに不利だった。


 レイは逃げるだけならいくらでも方法はあった。しかし、その前に自分の情報がどこまで知られているか、自分に気付かれずに部屋に侵入できた方法を確かめなければ、一時離脱はできても追撃を躱し続けることは難しくなる。


 ……しかし、それは建前だ。


 高校生ガキ二人に舐めた態度で好き勝手されて黙ってられるほど、育ちは良くない。それに、レイは目的の為なら、嫌な相手の靴を舐めれるようなタイプではなかった。



 互いに手を伸ばせば届く位置まで近づき、川崎は『鍵』を渡すようレイに手を出す。両者共、間合いに入っているにも関わらず構えもしない。


 レイは川崎の差し出した手を無視して予備動作無しの掌底を川崎の鳩尾に放つ。


 ゴッ


 人を殴ったとは思えない鈍い音がする。しかし、川崎は顔色一つ変えずに直立したままだ。収集した情報通り、レイの打撃を受けても川崎はビクともしなかった。まるで鉄の塊を殴ったような感触に、レイは眉を一瞬顰める。もし、拳で殴っていたなら手の骨が砕けていただろう。


 新宮流は戦場で生まれた流派だ。鎧を纏った相手を前に、拳を握って繰り出す打撃は殆ど意味がない。拳打に比べて掌底による攻撃はリーチが短く、皮膚を切り裂くような鋭い打撃にはならないが、握り拳よりも重い打撃と、開いたままの手指により瞬時に様々な派生技につなげることが出来る。


 それともう一点、拳打に比べて有利なことがあった。



「ぐはっ」


 

 川崎が突然血を吐き、片膝を着く。


「ご、ごほっ……い、一体何を……」


「俺のことを知ってるらしいが、少し情報が古いようだな?」


「なに? ……お、おえぇぇぇ」


 吐血の後、込み上げた吐き気に堪え切れず、川崎は盛大に胃の中のものをもどした。足にも力をいれられず、立ち上がることもできない。吐しゃ物にまみれた川崎は、目と鼻から体液を垂れ流してその場に倒れた。


「体の中は柔らかくてなによりだ」


 ―『新宮流 龍拳』―


 新宮流における気功術だが、厳密には新宮流ではなく、レイの師である新宮幸三のオリジナルだ。体内で練った『気』を相手に流し、相手の気の流れを狂わせる気功の技の一つで、新宮幸三以外に使い手はいなかった。レイも生前、師から手ほどきを受けたが習得することはできなかった。


 この世界に転生してから、レイは魔法を含めた鍛錬を怠っていない。若く強い身体を得て、前世では習得できなかった技も新たにいくつも体得していたのだ。気功の習得は困難を極めたが、魔力を操ることをきっかけにして、既にモノにはしていたのだ。


 本来、血を吐き倒れるほどの効果は気功には無い。人間が保有し、外部に放出できる気の量では体組織を破壊するには至らない。しかし、天使を素体としたレイの体には人を遥かに超える『気』を練ることができた。『気』を練っている間は素早い動きができないのが欠点だが、極まれば相手が生きている者であれば、どんなに硬くとも関係無い攻撃となる。



「汚ぇな」


 レイは倒れた川崎に跨り、頭を抱えるようにして口と鼻を塞ぐ。


 もがき苦しみ、必死に抵抗する川崎だったが、力が入らないのか、レイの腕を引き剥がすことは出来ずに、やがて痙攣しはじめる。レイの腕を掴んだ手が力無くダラリと下がり、川崎亜土夢は白目を剥いて窒息死した。


 ゴキリッ


 川崎の頭から手を離す前に、思い切り首を捻じり頸椎を破壊して止めを刺したレイは、次の標的を九条に定めて歩き出した。


「おっと、忘れ物だ」


 レイは思い出したように腰から金属の筒を取り出し、先端にあるピンを抜いて川崎に放り投げた。破裂音と共に川崎の身体が激しく燃え上がる。本田宗次の作った焼夷手榴弾だ。魔法の使えない結界内では魔法の鞄マジックバッグは使用できず、魔導船で回収した武器も使えない。しかし、レイの装備するプレートキャリアや腰のベルトには、現役の傭兵だった頃と同じくらいの装備が取り付けられている。レイは魔法を封じられた場合に備え、拳銃を含めて起動に魔力を必要としない武器を常に身に着けていた。



「えっ? は? う、嘘だろ? なんで?」



 あまりにもあっけない川崎の最後に、九条は初めて動揺を見せる。


「次はお前だ」


「ちょっ……」


 九条はレイが川崎に何をしたのか全く分からなかった。天使ザリオンは川崎亜土夢の『拳聖』の能力を使用していたはずだ。あらゆる打撃も斬撃も通用しない。そのはずだった。


 展開しているクラスメイトから奪った能力『絶対魔法防御結界アンチマジックシェル』を解除し、空間魔法による『転移』で逃げるか迷う九条。魔法が使えない空間でも発動できる『金剛力』では目の前の男に敵わないのはザリオンを見れば明らかだ。しかし、魔法や魔力を使用可能となれば、相手の手段も増えてしまう。


 それに、九条彰の能力『強奪』は万能ではない。『鑑定』で見た相手の能力をコピーできる能力だが、全ての能力を同時に使える訳ではなかった。異なる能力を同時に発動できるのは二つまでで、別の能力に切り替えるには時間が必要だった。時間といってもわずか十秒程だが、戦闘中においては致命的な隙だ。


 魔法を封じる結界や空間は、体感でそれを実感できてしまう。結界を解除し、空間魔法を発動する間を、目の前の男が見逃すはずが無かった。



「ふー 降参、降参するよ~」


 九条は両手を前に上げ、手を振ってレイの降伏の意思を示した。


「結界も解除するよ。拷問は勘弁してほしいから、何でも知りたいことがあったらちゃんと答え――」


 ヒュッ


「ぎゃああああああああ」


 レイの居合一閃。黒刀の斬撃で九条の両腕が切断された。


「どうやら硬くなる能力も解除したようだな」


「ボクの腕ぇぇぇええええ」



「『鑑定』の他にも色々能力を持ってるようだが、万能って訳じゃないな? 制限でもあるのか、解除しなくていいものを解除したってことは同時には使えない、攻撃か逃げる為の能力を使うのに解除しなきゃならなかったってとこか……まあ、別にもうどうでもいいけどな」


 レイは返す刀で九条の首に向かって黒刀を振り下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る