第396話 勇者強襲

 志摩恭子は召喚された高校生達の担任教師だった。志摩のクラス全員がこの世界に召喚された直後、オブライオン王国は大人である志摩恭子と伊集院力也、二人の教師を生徒達から隔離し幽閉した。


 生徒達が王国の政権を奪った後、志摩と伊集院は解放されたが、二人は生徒達を引率することはしなかった。いや、正確には出来なかった。解放された時点で生徒達はすでに教師の言うことに耳を貸す状態ではなかったこと、また、異世界召喚というイレギュラーな状況で、特殊な能力を発現した生徒達を統率する力が二人の教師には無かったからだ。


 そんな中で、一人の生徒が死んだ。


 異世界の環境に馴染めず、精神的に参っていた女子生徒が自殺したのだ。その後、魔物に襲われてもう一人、街での喧嘩でまた一人と、計三人の生徒が立て続けに命を落とした。


 このことに志摩は絶望した。この世界に残るのは勿論、日本に帰っても今までどおりの生活は出来なくなったのだ。引率していた生徒を死なせてしまった。どうしようもなかったとはいえ、日本にいる者は誰一人としてこの世界のことなど信じないだろう。生徒を殺した教師として保護者と世間から責められ、社会的に死ぬことになる。


 その後、副担任の伊集院は、己の欲望を隠すこと無く暴走しはじめた。表面上は「先生」と呼び丁寧に接してくる生徒達も、機嫌を損ねれば何をされるか分からない雰囲気があり、以前と同じように接することは出来なかった。


 志摩恭子は、生徒達から距離を置くようにして王城の後宮に引き籠り、この世界のことについて調べた。この世界が現実のモノかという確認は勿論、言語や歴史、文化など、書物や文献を元に調べていった。理由は勿論、日本に帰る為だ。自分の事はともかく、日本に帰りたいと強く願う生徒達の為に、志摩にやれることはそれだけだった。


 英語教師であった志摩にとって、英文法の特徴と酷似しているこの世界の大陸共通語は難解という訳では無かった。後宮の侍女など現地の人間に協力してもらい、単語の意味さえ分かれば、書物の内容を理解することはなんとか出来た。


 志摩が生徒達と距離を置き、この世界の言語を理解できるようになった頃には、すでに生徒達は能力を使って欲望を発散させる者、国を乗っ取り支配欲に染まった者など、皆が好き勝手に行動しており、クラスをまとめることは不可能になっていた。そんな中で、志摩は日本に帰ることを諦めていない生徒達だけが希望だった。この世界に来てまともと言える生徒は彼女達だけだと思えた。彼女達と共に召喚されたオブライオン王国を離れ、古代遺跡の探索に同行しなかったのは自分には特別な力など無いと思っていたし、生徒達とは違い、魔物や人間を殺すことがどうしても出来なかったからだ。


 そんな時に、どこからともなく聞こえてきたのが『神の声』だった。自分以外には聞こえない不思議な声に、はじめは戸惑い、意味も分からなかった。頭がおかしくなったかと思った矢先に、自分の能力に気が付いた。傷を癒すことをはじめ、身を守る為の能力、『聖女』の能力だ。


 しかし、その能力を王国に残った生徒達に知られるわけにはいかなくなっていた。他国と戦争するなど正気を失った生徒に協力したくなかったからだ。教師として失格だと思いながらも、人を嬉々として斬り殺していた白石響の治療をする気にはならなかった。


 謎の声は自分しか聞こえなかったが、内容は断片的で、自分に向けたものではないように思えた。しかし、声が聞こえるようになり、自分の能力を自覚した時から、あることに気付いた。


『九条彰』という生徒が自分の生徒ではないという事実。その事を今まで認識できていなかった違和感。それはこの世界に来てから志摩恭子が体験したことの中で、何よりも恐ろしい事だった。


 自分達の召喚は何者かによって仕組まれ、自分達は何者かに操られている。


 オブライオン王国の王子などではない。もっと大きな、おぞましいナニカに……。

 

 …

 ……

 ………


「先生、だから言ったじゃないか、殺されちゃうよってさ」



「誰だお前……」


 ソファに座っている青髪の青年にレイは見覚えが無かった。頭の中にある『勇者』の顔にも該当する者はいない。しかし、志摩恭子を「先生」と呼んだということは『勇者』の関係者と思われた。


 それよりも、自分以上の隠形の術にレイは内心驚いていた。部屋の扉が開いた気配も無く、青年が声を発するまでその存在に気付きもしなかったのだ。


「……あなた、もしかして九条なの?」


「そうだよ? ああ、この顔? これがボクの本当の姿ってヤツだよ。もう日本人に偽装する必要も無いし、先生みたいにボクの存在に違和感を覚えてるクラスメイトも出てきたから、もういいかなって。因みに名前も偽名だけどそれは別にいいよね」


 ドンッ


 レイはコルトガバメントを九条の頭部に向けて発砲した。


 カンッ


 しかし、弾丸は頭に当たったものの、固いものに当たったかのように弾かれた。


「はじめましてかな? 鈴木隆すずきたかしさん、いや、転生してレイと名前を変えたんだっけ? まあ、どっちでもいいけど、生徒と先生の久しぶりの再会なんだからもう少し空気を読んで欲しいよね。いきなり銃を撃って来るとかホントに日本人なのかな?」


(こいつ……俺の前世を知っている? 何者だ? 女神の関係者か?)


「九条彰……随分イケメンになったみたいだが、ただの『鑑定』の能力持ちじゃなさそうだな」


「……ああ、殺したクラスメイトから聞いたのか。そういえば拷問とかしてたんだってね? まったく高校生相手に酷いよね~」


「え?」


「先生~ そこの鈴木さんはね、神に頼まれてボクらを殺しにきた殺し屋さんなんだよ。しかも、ああ見えて中身は日本人のオジサン。ボクらの情報を集める為に、クラスメイトの殆どを拷問して殺したサイコ野郎だよ。ちょっと、頭オカシイよね? そんな人に助けを求めても拷問されて最後には殺されるだけだよ~」


 志摩恭子は、先程、問答無用で首を切られたことを思い返す。


「ハハッ その血だらけの格好を見るに、早速やられたってとこでしょ? 傷を治す能力が無かったら死んでたんじゃないの?」


「め、女神の狙いは、あなたなんでしょ! あなたが全て仕組んで……あなたがいなければ私達がそこの人に狙われることも――」


「そうだよ? ボクが召喚を仕組んだし、みんなの欲望をちょこっとイジって暴走してもらった。ボクの存在を女神に気付かれない為にね。先生の言うとおり、ボクがいなければ召喚自体も無かったし、そこの人に殺されることもなかっただろうね~ ボクという標的が分からないから女神は殺し屋さんを呼んだんだろうけど、予想していたとはいえ、甘く見てたから反省してるよ。まさかここまで殺られるなんて思わなかった。チート能力も無いのにスゴイよね~」



 レイは、銃弾を弾かれた直後に魔法による攻撃を放とうとしたが、魔力を練ること自体が出来なかった。何かしらの能力か魔導具による魔封じの結界だ。


 ドンッ


 カンッ


 先程と同じように銃弾が弾かれる。結界によるものではなく、身体そのものが硬くて弾かれたのだ。これで魔法による防御能力ではなく、勇者固有の能力によるものだとレイは確信する。


「今ので何か分かったかい? 魔法も使えず、物理攻撃もボクには通用しない。神力による特殊能力ならボクを傷つけることが出来るかもね。……天使になって攻撃してみるかい?」


 天使化のことまで知っていることに驚くレイだったが、それをあえて口にすることの方が気になった。


「挑発…… いや、時間稼ぎか」


「両方かな」



「ごぷっ」


 先程まで事の成り行きを見ていたトリスタンが、突然血を吐いて倒れた。腹部から大量に出血し、血が床一面に広がる。


 倒れたトリスタンの背後には、黒髪の若い男が拳を血に染めて立っていた。


「川崎亜土夢……」


 頭の中の画像と容姿が一致し、レイはその名前を口にする。



「川崎君?」

「お兄ちゃんっ!」


 突然現れた川崎にアイシャが笑みを浮かべて駆け寄っていく。


「待ちなさい! 様子がおかしいわ! アイシャっ!」



「ぎゃっ」


 駆け寄るアイシャを川崎は顔も向けずに蹴り飛ばした。


「寄るな、下等生物」


「アイシャっ!!!」


 志摩は意識を失い、倒れたアイシャに急いで駆け寄るが、川崎はそれには目もくれずに、血まみれで握った拳を開いて九条に見せる。


「マスター、『鍵』は手に入れました」


「ん。じゃあ、あとは鈴木さんの持ってる『鍵』だね。……魔法の鞄にでも入れてるんじゃないかな」


 九条は手にした探知機をレイに向け、あたりをつけてレイの腰にある鞄を指差す。


「始末してしまっても?」


「かまわないよ」


 九条の返事を聞いた川崎は、無表情のままゆっくりレイの方へ歩き出した。



 レイは銃を仕舞い、黒刀を鞘に戻すと、九条、続いて川崎を見て呟く。


「ガキ共にここまで舐められたのは久しぶりだ」

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