第362話 天誅
突如、教会本堂の内部に声が木霊する。
―『我は女神の使徒である』―
―『女神の命によりここを破壊する。敬虔なる女神の信者は退避せよ』―
―『従わぬ者には死あるのみ』―
ダニエ枢機卿と異端審問官達は、他の枢機卿達を連行しながらその声を聞いた。ダニエ達だけではない、この教会本堂にいた全ての者がその声を聞いた。頭の中に直接、また、四方から聞こえてくるような不思議な声を。
(これはレイ様の声。四方から聞こえる? 一体どうやって? ……いや、今はそれを考える時ではない)
「お前達、急ぐぞ」
「「「はっ!」」」
「貴様等らっ! さっさと回復魔法をよこせっ! 儂を誰だと思っておるっ!」
神殿騎士団総団長のユーグは二人の異端審問官に抱えられ文句を言うが、異端審問官達はそれを無視する。その一方で、先程聞こえた言葉に何かを感じ取ったのか、パスカル枢機卿とヨアン枢機卿は神妙な面持ちで大人しく従っていた。
各階に散った異端審問官達と謎の言葉により、多くの聖職者達と従者達が教会本堂から退避する。
しかし、その眼前には不死者が中層街の門を突破し、押し寄せる光景が広がっていた。
「不死者がもうあんなところまで……」
「この中央区画は終わりだ……」
「騎士団は何をしてるんだっ!」
「じょ、浄化魔法、浄化魔法だっ!」
「ひっ! な、なんで外に出なきゃなら……」
外へ出た者達が慌てる中、突如、上空から強烈な光が街に降り注いだ。
街全体を浄化の光が覆い、不死者が塵となって消滅していく。
不死者と対峙していた騎士や聖職者達にはまるで夢でも見ているような光景だった。しかし、不死者が纏っていた剣や鎧が抜け殻のようにその場に残り、これが現実であったと誰もが認識した。
「あれを見ろっ!」
誰かが空に向かって指を差す。
神聖国上空には、二対の白い羽を背中から生やし、金糸のような長い金髪をなびかせた者が浮かんでいた。眩い光を纏い、男性とも女性ともとれる美しい姿に、それを見た人々は揃って魅入った。
「天使様だ……」
不意に漏れた誰かの言葉が、伝染するように街全体に広がる。
「天使様が助けてくれた!」
街中から聞こえてきた天使を崇める声を遮るように、上空の天使は全ての人間に聞こえるように言葉を発した。
―『我、女神に背きし者に罰を与へに来たり』―
天使は指し示すように教会本堂に手を翳す。本堂の先端には裸の教皇が、呆然と座り込んでいた。
「あれは…………教皇様じゃないのか?」
「なんで裸なんだ?」
「それに、女神様に背いただって?」
「罰って一体?」
「おい、空が……」
神聖国の上空に黒い雲が発生していく。やがてそれは神聖国の空を覆い、雨を降らして雷鳴が轟いた。
「神が……女神様がお怒りだ……」
聖職者達が膝を折り、上空の天使に向かって許しを請うように祈りを捧げる。
神殿騎士達も剣を捨て、同じように天に祈った。アリア教の教義に反していると知りつつも、欲に溺れたことのある騎士や聖職者は一人や二人ではない。「神の怒り」を買ったと言われ、大なり小なり心当たりの無い者など殆どいなかった。
教会本堂の屋根にいる教皇の姿を見た者は、誰もが自分達が信じる教会が何かしらの大罪を犯したのだと察した。雨に打たれ、気でも触れたように踊り出した裸の教皇は、それを目にした者にとって、あまりにも醜く映った。
――『神雷』――
落雷が教会本堂を貫く。それはもはや雷と呼べる規模ではなく、巨大な光の柱が教会本堂の建物を教皇ごと消滅させた。
…
……
………
「少し……神力を使い過ぎたか?」
人の姿に戻ったレイは、消し飛んだ教会本堂を見ながら呟く。教会本堂があった場所には巨大な穴が開き、残骸の欠片も残っていなかった。
『あまり多用すると、また子供の姿になりんすよ? それより、さっきの言葉遣いはなんでありんしょうか?』
「ちょっと芝居臭かったか? 神やら天使がどんな風に人間と接するなんて知らんからな。あれぐらい尊大な方が響いたろ。それより、今ぐらいの消耗で、あと何回ぐらいできそうか分かるか?」
『多分、二回。多くて三回でありんすね。それ以上、天使の力を行使すれば、この物質界では肉体を維持できないでありんす。高位天使一体分の神力があるとは言え、使い切れば肉体が消滅しんす』
天使エピオンがレイに託した神力は、自ら高位天使と謳っていただけあって膨大なものだった。しかし、それでもこの世界で天使として顕現しているだけでも大量のエネルギーが消費されてしまう。その上で、魔法を遥かに超える力を行使すれば、エネルギーは加速度的に減ってしまうのだ。
レイは自分の姿を『女神の遣わした天使』と演出する為、容姿を変え、街にいる人間全てに声が伝わるよう力を行使した。『天使の力』は想像した事象を自由に発現できる力で、まさに『神の力』と言えるものだった。
天使の姿になったレイは、自分の出来ることをすぐに理解し、実行することができた。しかし、あまりにも消費するエネルギーが膨大であり、そのことに使い勝手の悪いものだとも感じていた。魔力であればいずれ回復できるが、神力は回復手段が無いからだ。
「封印とやらを施してなければあっという間にガス欠で消滅しちまうんじゃ、女神が封印してたのも理解はできる。まあ、他にも思惑があるかもしれんが、どの道、三十人以上いる勇者を殺るのに一々使える力じゃない。そもそも、勇者の人数分、天使を派遣すれば事は簡単に済んだんじゃないか?」
『天使はそんなに残っていないはずでありんす』
「残っていない? どういうことだ?」
『千年前に悪魔の軍勢と戦って双方殆ど滅びたはずでありんす』
「なんだそりゃ? じゃあ、千年前の文明が滅んだのはその所為か?」
『そうであるともそうじゃないとも言えるでありんす』
「意味が分からん。もっとはっきり言え」
『わっちは当事者ではないでありんすよ? 詳しくは知りんせん』
「お前、自分で重要そうな話をぶっ込んでおいて、肝心なところを言わないのは悪い癖だぞ?」
『千年前の話を知りたいでありんすか?』
「天使と悪魔の話はどうでもいいが、女神が天使を補充しない理由は知りたい。俺みたいに、こんな便利な力を持つ存在を生み出せるんだろ? なら、失った分はまた作ればいいじゃないか。そうしてれば勇者なんか問題にならなかったはずだ」
『女神の事情はわっちには知りんせん。それより、気になるのは天使エピオンの最後でありんす。高位の天使をあのように崩壊させる力はわっちは知りんせん』
「あのザリオンって裏切った天使の仕業じゃないのか?」
『天使が同じ天使にあのような現象を引き起こすことは出来んせん。悪魔でも無理でありんしょう。そもそも、天使が創造主である女神に逆らうのは不可能でありんす』
「結局、何もわからないってことか。だが、勇者以外にも警戒しなきゃならない存在がいるってことだけは確かだな」
『そうでありんすね』
「まあ、勇者共を始末するのは変わりない。後はこの国の片付けだけさっさと終わらせるだけだ」
『あんな大穴開けて後始末は大丈夫なんでありんすか?』
「俺がやるとは言ってない」
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