第341話 ローズ家④

「私はこの家の当主、ケネス・ローズと申します」


「レイだ」


 応接室にて、レイとケネスが向かい合って座り、子供姿のレイを見つめたままケネスから挨拶をする。その表情は固く、驚いているようにも見える。


「……まずは御礼を。クレア様と我が娘をここまで送り届けて頂き感謝します」


 ケネスは丁寧にそう言って、レイに頭を下げた。その様子にオリビアと『ホークアイ』の面々は驚いた表情を見せる。ここでオリビアはレイがケネスと初対面であることが初めて分かったが、高位の冒険者である彼女は、素性の分からぬ初対面の者に遜る貴族を今まで見たことが無かった。レイのことを知っているバッツ達にとってもそれは同様だ。


(うーん、旦那と初対面でいきなりこの態度は怪しさ満点だな。しかし、例え裏があったとしても、この国の事務方の頂点がこんな腹芸をするとも思えない。一体何だ?)


 バッツはケネスの態度にそう思った。それはレイも同意見のようだ。


「本当に貴族なのか? 初対面からそう遜られると逆に怪しいな。何か裏があるのか?」


「いえ、そのようなことはありません。クレア様がここにいらっしゃることが貴方様が『女神の使徒』である証明でしょう。マネーベルの惨状は私も知るところですが、あのような状況からお救い出来ただけでも常人ならざる御方と推測するには十分です」


(貴方……様? あー この感じ、イヴと初めて会った頃に似てるな……。魔眼とか持ってる感じには見えないが、何かあるのか?)


(マネーベルの惨状? ああ、あの神殿騎士が、何百人も死んだって噂のあれ? ウッソ、このボクちゃん、それに関係してんの?)



「父上っ! クレア様と姉さんを連れて来たことに感謝するのは分かりますが、この国の内務大臣であり、ローズ家の当主が軽々しく頭を下げるのはお止めください!」


 ケネスの背後からクリスが声を上げる。その隣には吃驚した表情のアンジェリカが一転して鬼の形相となってクリスを睨んだ。


「クリスッ! 言っただろう! 何があっても口を開くなと!」


 アンジェリカがクリスを大声で叱る。


「姉さん、それに父上。どう見ても相手は子供だよ? 何をそんなに慌ててるのさ? それと、レイって言ったかな? 貴族らしい格好だけど、横柄な態度をとる前に家名を名乗るのが礼儀だよ? ローズ家に大層な口を聞くからには余程の家の者なんだろうね?」


「家名は無い。ただのレイだ。俺は平民以下の孤児ってやつだよ。言葉遣いはすまないな。あまりいい環境で育ってないんでね。それに、相手に対して控え目な態度は仕事に支障が出るから改めるつもりも無い」


 レイは表の仕事で店の経営もしていたので、敬語も使えるし遜ることも苦ではない。しかし、裏の仕事でそのような態度を出せば、相手から報酬を出し渋られたり、軽く見られて交渉可能と思われる。交渉とは互いの条件をすり合わせる行為であり、命の掛かった仕事に交渉など無い。条件を妥協すればその所為で死ぬこともあるからだ。裏の仕事は結果が全てであり、信頼や信用も実績で積み上げられる。相手のご機嫌やマナーを守ったやり取りは、仕事を請け負う側の不利に繋がることが多く、王様であろうが、総理大臣であろうが、相手によって態度を変えるつもりはレイには無かった。


 但し、これはあくまでも裏仕事に対しての姿勢であり、普段の生活では飯屋の店員にも感謝するし、他人に謝罪することも躊躇いは無い。



 淡々としたレイの態度に、クリスは笑顔を崩しはしないまでも、内心は苛立っていた。アンジェリカに何があっても黙っているならと条件を付けられ同席を許されたが、レイの不遜な態度に我慢できなかった。


「平民以下の孤児が『女神の使徒』だって? 父上、こんな下賤な子供は謝礼目当てに決まってます。まあ、クレア様を連れて来たのは事実かもしれませんが、金貨を数枚払ってやればいいでしょう。姉さんも何を騙されてるんです? そんなんだからクレア様をお守り出来ないんですよ」


 クリスの発言に、ケネスが立ち上がる。


「クリス。その平民以下の孤児から『聖女』様が選ばれるのだぞ? 女神アリア様が遣わす者の前では世俗の名声や地位は無意味だ。お前のそのような偏狭さは信仰を曇らせる。悔い改めよ! ……レイ殿、愚息の失礼な発言をお詫び致します」


「ち、父上っ!」


「分からないな。そこの小僧の言い様はともかく、何故俺をそんな簡単に『女神の使徒』だと認めるんだ?」


「こ、小僧だと――フガフガ」


 アンジェリカに取り押さえられたクリスを無視してケネスは答える。


「敬虔なアリア教徒であれば、レイ殿が発する聖なる気配は感じ取れます。一目見てわかりました、貴方様は『女神の使徒』であると!」


(ただのヤベー奴だった……)



「なんだよ聖なる気配って……」


「ご自身ではお分かりにならないでしょうが、レイ殿が放つ気配は大聖堂の女神像が放つ気配と同じです!」


(あの女神に全く似てねー石像と同じ? 大丈夫かコイツ?)


 レイは隣に座るリディーナを見るが、その裏ではイヴがケネスに同意するように頷いていた。


「……と、とりあえず、今後の話をしたらいいんじゃないかしら?」


「そ、そうだな……」


(うわー オッサンが目をキラキラさせてんのとか、キモいな……。これが俺を油断させる為の演技……には見えんか)



「離してくれ姉さんっ!」


 アンジェリカを力ずくで振りほどいたクリスは、周囲を見回し、呆れるようにして部屋を出ようとする。


「おい、小僧」


「誰が小僧だ! ボクはクリスっていう――」


「俺とクレアのことは口外無用だ。誰かに漏らせばいくらアンジェリカの身内とは言え、お前と漏らした相手を始末しなきゃならなくなる。行動には気を付けろ」


「始末? 僕を? キミが? ……神殿騎士を舐めてるのかい?」


 クリスの顔が真顔になる。


「神殿騎士とやらの剣は何度も見た。脅威ではない」


「……きょ、脅威ではない? 僕の腕を知りもしないのに? そこらの騎士と一緒にしないで――」


「誰が相手でも一緒だ。太刀筋が単純で稚拙な技術だ。剣術のレベルで言えば、ラークの近衛騎士の方が遥かに上だろう。あまり自分達を過信しない方がいい」


「こ、子供に何がわかるっ! 取り消せっ!」


「なら、試してみるか?」

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