第340話 ローズ家③

 光学迷彩を掛けて、上空からオリビアを監視していたレイは、オリビアが誰にも接触していないことを確認していた。宿で誰かと会っていた可能性はあるが、滞在時間は短く、いたとしても碌な話などできなかっただろうと推測された。


(ふーん、どうやら着替えと装備を取りに行っただけのようだな。大分、印象が変わったが、トリスタンから聞いてた容姿と同じだ。あれが冒険者としての姿か)


 冒険者姿のオリビアは、明るい髪色に男受けしそうな派手な顔立ちをしていた。修道女の時は、わざと化粧で顔を地味にしていたのだろう。暗い色の外套で姿は隠れてはいるが、リディーナのように布の少ない衣服が外套の隙間からチラチラ露出し、隠す気があるのかないのかわからない格好だ。


「化粧っ気は無いが、夜のオネーチャンみたいな冒険者だな……」


 完全に信用している訳ではないが、あまり憎めないタイプの人間というのがレイのオリビアに対する印象だ。教会の司祭を殺したレイについていくというのは教会を敵に回す可能性が高く、依頼の為とはいえリスクが非常に大きい。考えた上での行動とは思えず、感情的に動くタイプであるなら、子供の為というのも嘘では無いのかもしれない。


「まあ、他に目的があるかもしれないけどな。いくつになっても女は本当にわからん……」


 レイはそう呟くと、ローズ家の門を陰で覗いているオリビアの背後に降り立った。



「何してんだ?」


「ひっ! ちょっ、アンタこそ何してんのよ! 吃驚すんでしょ!」


(クッソ、全く気付かなかった!)


「いいから、さっさと行くぞ。誰かに見られる」


 修道女を担いだレイは、そのまますたすたと門に向かった。


修道女シスターを担いだままって、自分が何してるか自覚あんのかしら? やっぱ、常識ないわね……。というか、あれで貴族の家に入れるの? 普通に捕まりそうなんだけど?)


 不安に思うオリビアを他所に、レイは怪訝な顔をして身構える門番に声を掛けた。


「レイという冒険者なんだが、アンジェリカから聞いてるか?」


「ッ!」


 レイと担がれた修道女を交互に見ているパトリックという門番は、同僚の守衛を屋敷に走らせると、恐る恐る門を開けた。


「……聞いている」



「おい、置いてくぞ?」


 レイが振り返り、距離を置いて後ろにいたオリビアを呼ぶ。 


「あ、ああ……」



 門を潜り、屋敷に向かうレイとオリビア。


 屋敷の玄関口には知らせに向かった守衛とエンリコと呼ばれた老執事が待っていた。両者の表情は固く、警戒しているのが分かる。


「よ、ようこそ、ローズ家へ。お連れ様方は応接室でお待ちです。ご案内しますのでこちらへどうぞ……それと、それは……その……」


 エンリコはレイの担いだ修道女を見る。


「気にするな。案内してくれ」


「「「……」」」


(気にするに決まってんでしょーがっ! ここローズ家でしょ? 当主が内務大臣の大貴族よ? 執事のお爺ちゃんの顔見なさいよっ! 引き攣ってんじゃないのよ!)


 …


「レイッ!」

「レイ様っ!」


 応接室に通されたレイはリディーナ達と合流した。バッツもソファに寝かされてはいるが意識ははっきりしているようだ。


「だ、旦那、す、すいません……」


「バッツ、意識が戻ったのか。まあ、今はゆっくりしてろ」


「……助けて頂きありがとうございます」


「礼ならイヴとリディーナに言え。助けたのは二人だ」


「治療したのはレイでしょ?」

「私は運んだだけです」


 レイは何でもないと手を振り、それより二人に声を小さくして確認する。この部屋にローズ家の人間はアンジェリカを含めていないが念の為だ。


「(で、どうだった?)」


「(ケネスと言う当主を含めて、洗脳は誰もされていませんでした)」


「(アンジェリカの弟はともかく、当主のケネスって人は問題なさそうよ?)」


 ケネスとの対応はリディーナがしていたが、その間にイヴは『鑑定の魔眼』によってケネスとクリス、執事のエンリコを調べていた。



「とりあえずは安心か……」


「それより、その担いでる修道女とそこの女はなんでいるのかしら?」


「この修道女はまあ……捕虜だな。ニコライと繋がってた司祭とグルかもしれんから拉致してきた。軽い薬物中毒だから無理矢理共犯にされてたかどうかは分からんがな。司祭は自殺に見せかけて始末したから、この女には事が落ち着くまで失踪してもらう。オリビアは何故か知らんがついてきた」


「ちょっ、私の説明雑ぅー!」


「ふーん……随分雰囲気変わったわね~ 一体どういうつもりなのかしら? 私達の邪魔するつもりなら命の保証はないわよ?」


「くっ、……そこのボクちゃんにも同じこと言われたわ。でもその前に、アナタ、この子に虐待してるでしょ? 本人は嫌がってないからってこんな小さい子とアレの関係なんて許されないわよ?」


「「「ボク……ちゃん?」」」


「虐待ってなんのことよ? それに、アレの関係って何?」


「アレよアレ! すっとぼけちゃって、わかってんでしょ?」


「はぁ……面倒臭ぇ。つまりは俺とリディーナが男と女の関係って言いたいんだろ? だからなんだ? お前には関係ないだろ?」


「アンタ、どう見ても幼児よ? 何が「オトコトオンナノカンケイ」よ。絶対、意味分かってないでしょ? てか、無理でしょ! それはね、子供はいけないことで、大人になってからするものなのよ? そんなんだから大人ぶってカッコつけちゃうようになっちゃったのよ。もう手遅れかもしれないけど、子供らしく生きていけるようにするのが大人の役目なの」


「「「あー……」」」


「カッコつけてる……? 手遅れ……?」


 オリビアのツッコミに軽く凹んでいるレイを他所に、部屋にいる全員がこのオリビアという女はレイを完全に子供だと思っている、そう理解した。



「そういうことか……。アナタ、見た目に反して結構まともなのね」


「なによ? 悪い?」


「別に? そういう考え、いいと思うわ。でも、そもそもレイは――」


コンコン


「失礼します。ケネス様がレイ様にお会いしたいと申されてます。宜しいでしょうか?」


 老執事の声が扉越しに聞こえ、会話が中断された。


 …

 ……

 ………


 ――『教会本堂 地下』――


 ダニエ枢機卿は地下の執務室で暗部の部下から『神敵』脱走の報告を受けていた。


「逃げられた?」


「はっ、申し訳ありません」


「被害は?」


「審問官が二名、首を刎ねられ殺されておりました。それ以外に被害はありません。証拠品もそのままに、忽然と姿が消えました。地上に脱出した形跡もありません」


「……自力で逃げ出せたのならもっと早くに出来たはずだ。どうやって逃げたのだ? 手順どおりに『魔封の結界』を使用していたはずだな?」


「はい。ですが、『魔封の結界』は停止しておりました。恐らくは傷の回復の為に一時的に切ったものと思われます。しかし、神敵には魔封の装具で拘束しておりましたので、魔法による脱出は不可能なはずです」


「協力者か……しかし、幾多の監視の目がある最下層へ侵入し、誰にも知られずに連れ出すなど、内部に協力者がいたとしても不可能だ。……古の転移魔法? それとも何らかの特殊能力か……。まだ地下に潜伏している可能性は?」


「その可能性を考慮し、現在捜索中です。それともう一点、中層街の教会で監視対象の司祭が死亡。同じく対象の修道女が行方不明です」


「詳しく報告しろ」


「はっ、現場は教会内の懺悔室。司祭は自ら腹部に短剣を刺して死亡しており、自殺したようです。死体発見時は教会内は無人、常駐しているはずの修道女の姿も無く、宿舎にも戻っていません。張り込んでいた者の報告から、教会から逃げ出すように去っていく修道女の姿が確認されておりますので、来客名簿にあった人間と共に現在調査しております」


「自殺?」


「死体を検分した者からはそう報告がありました」


「本当にそう思うのか? お前の見立ては?」


「神に背く行為を平然と行っていた男の普段の様子からは考えられないかと」


「お前達の目から見ても死因は自殺。ということは我々以上の技術を持つ者の犯行か……姿を消した修道女ではあるまい。その女を追跡しなかった理由は?」


「はっ、監視対象の脅威度が低く、人員が不足しておりました」


「仕方ない。他に優先すべき監視対象は多いからな。ではマルセル枢機卿に人員を回す……いや、彼の周りには第一大隊がいるか……」


「如何致しますか?」


「丁度いい。逆に最低限の監視を残して撤収させろ」


「宜しいのですか?」


「構わん。それと、死亡した『神敵』の処理は?」


「それは完了しております。指示のとおり、骨も残さず灰に致しました」


「なら、結構。私はこれより暫く瞑想室に籠る。誰も入れるな」


「はっ、では我々は引き続き監視を続けます」

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