第336話 ローズ家②

「では、信頼できる者にクレア様を託す為、この国に来たと言うわけか……」


「そうね、そういうことになるわね。レイは女神アリアから『勇者』を全員殺すことを依頼されてるだけだから、『聖女』に関しては信頼できる誰かに任せたいのが本音よ。洗脳の影響で精神を病んだクレアは『聖女』としての役目を果たせない。けど、レイはそれを元に戻すつもりだし、今後『勇者』に利用されない為にも確実に守れる人間を探してるわ。いなければ他に行くだけだよ」


「……」


 リディーナの話を聞いてケネスは黙る。神聖国の内務大臣、また、アリア教の信者としても屈辱的な発言だ。しかし、教会の内情を知り、現実的な実務を日々行っているケネスは、教会が信頼できないと言ったリディーナの言葉に反論することは出来なかった。



「我々、神殿騎士団がクレア様をお守りしますよ。御安心ください、マイレディ美しいお嬢さん


 黙っていたケネスの横からクリスが口を挟んできた。リディーナに対して爽やかな笑顔を見せ、自信満々の態度だ。



(((コイツ、空気をお読みでない?)))



 真顔のリディーナとイヴの裏で、ハンク達は唖然とする。


「「クリス、お前は黙っていろ!」」


 ケネスとアンジェリカが揃ってクリスを叱責する。クリスはローズ家の次男で、アンジェリカの弟だ。


「アナタ誰? 今、真面目な話をしているんだけど。状況を理解できない人は黙っていたほうがいいわよ?」


「ご挨拶が遅れました。私はクリス・ローズと申します。そこにいるアンジー、アンジェリカ姉さんの弟で、神殿騎士団第一大隊に所属しています。他国では近衛騎士と言えばわかりますか? 我々以外がクレア様をお守りすることこそあり得ません」


「話聞いてたのかしら? 神殿騎士が何百人いてもクレアは守れないのよ? それに、悪いけど実力を含めて神殿騎士は信用してないの。少し黙っててくれるかしら?」


「マイレディ、いくらエルフの姫君とは言え、それは聞き捨てなりません。神殿騎士団に所属していたという経歴目当ての騎士が多いそこらの隊と、ボクの所属する第一大隊を一緒にしないで頂きたいですね。神聖国が誇る最強の騎士が、今後はクレア様をお守りいたします。心配いりませんよ」


「はぁ……話にならないわね」


「いい加減にしろ!」

「クリス、下がっていろ。これ以上、口を開くな!」


 アンジェリカとケネスが、再度クリスを叱責する。


「姉さんには悪いけど、やはりお飾りの護衛騎士では聖女様を守れないよ。それに父上、団の選抜試合でも第一大隊は優勝してるんですよ? 何をそんなに難しい顔をしているんです?」


「し、試合?」


 リディーナが呆れた顔でクリスを見る。


 アンジェリカは顔を真っ赤にして俯いてしまった。団の選抜試合とは神殿騎士団の第一から第二十大隊まで、大陸中にいる大隊から選抜された神殿騎士達による試合のことだ。試合は真剣ではなく刃引きした剣による寸止めで行い、安全に配慮したルールのもと、死人は勿論、怪我人すら出ることが稀の模擬戦である。今まで実戦で何人も斬り殺し、普段も真剣で鍛錬しているリディーナ達に自慢できることではない。


 以前は自分も同じ価値観を持っていたアンジェリカは、これまでの旅路で如何に自分が矮小な世界で生きてきたかを知った。自分の弟が、その当時の価値観のまま自慢気に話していることが以前の自分を見ているようで恥ずかしかった。



「それにしても姉さん、こんな美人を連れてくるなんて前もって先触れを出してくれよ。そうすればこんな普段の格好で出迎えずにすんだのにさ。……まあ、エルフってのが少々残念だけどね」


 そう言って、クリスはリディーナに歯を見せて微笑む。エルフ族に対して差別的な発言も本人に悪びれる様子は無く、素で言っているようだ。


「「「……」」」


 リディーナの目が細くなり、イヴとハンク達の表情が凍り付く。


「それ以上、喋るなぁぁぁあああ!」


「どうしたんだい、アンジー姉さん? お飾りなんて言って悪かったけど、そんな大声出さなくても……」


「ち、ちがっ――」


「クリスッ! お前は部屋から出ていろ! これは当主命令だ」


「父上まで一体どうし…………わかりましたよ。参ったな、なんでそんなに睨むのさ。仕方ない、一旦失礼します。また後程お会いしましょう、マイレディ」


 やや納得いかない表情のクリスは、当主命令とあって渋々部屋を出て行くが、去り際にリディーナへ目線を送る。


「はぁ……ああいうの疲れるわ。性格はあんまりアナタと似てないのね」


「面目ない……」



「(レイ様がいなくて良かったですね)」


 イヴがボソッと呟くが、レイを知る全員が同じように思っていた。


(((いたら、ぶっ殺されてたな……)))



「リディーナ殿、愚息の非礼をお詫びします。甘やかして育てた所為か、世間を知らずにお恥ずかしい限りです」


「いえ、気にしてないわ」


 ケネスの謝罪を受けてリディーナは気にしてないと返すが、顔はそう言っていなかった。リディーナからすれば、亜人に対して差別的な者は珍しいことではなく、そのことに関しては特に気にしていない。だが、この場にはローズ家に聖女クレアを託せるかどうかを見極めに来ている。アンジェリカの家族とは言え、あのような状況が読めない男がいる場所にクレアを預けられるか疑問に思ったのだ。


 しかしながら、目の前のケネスという男は少なくともまともに話ができるとリディーナは思う。内務大臣という、他国においては宰相に近い立場でありながら、高圧的で上から目線というわけでもない。この国の人間には珍しく、亜人に対する差別的な姿勢も見られず、貴族らしくもない。


「まあ、今後の話についてはレイが戻ってきたらにしましょう」


「その『女神の使徒』であるレイ殿は?」


「ちょっと出かけてるわ。用事が済んだらここに来る予定よ」


「わかりました。では、続きは後程。それまでこの屋敷で自由にお寛ぎ下さい。アンジェリカ、そのように」


「はい、父上」


 …

 ……

 ………


 ケネスは自室の執務室に戻り、頭を抱えていた。この屋敷に行方不明となっていた『聖女クレア』がいる。その事実はすぐにでも教会に報告しなければならない一大事だ。しかし、先程の話が全て事実であるなら、報告すれば『聖女』を危険に晒すことにもなりかねない。教会本堂に一人でも洗脳された者がいれば、聖女クレアの安全を保障できないからだ。昨夜、現れた『神敵』の正体も判明していない。それにここ数か月、教会には不審な動きも多く、ケネスにはリディーナの話を蔑ろにできない理由がいくつもあった。


(一先ず、レイという『女神の使徒』が来るのを待ち、話をするまで判断すべきではないか……)


「エンリコ」


「はい、ケネス様」


「屋敷の警備を強化しろ。それと、今より誰も屋敷から出ることを許さん。外部と接触することも禁じる。そのように周知させろ」


「はっ、畏まりました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る