第331話 女狐
「ちょっとー! 何、無視してんのよ! てか、いい加減コレ外してよっ!」
オリビアの両手には『魔封の手錠』が掛けられたままだ。レイは、先程のオリビアの告白が嘘とは思ってないが、自由に動かれても困るので拘束してある。
「今からニコライって馬鹿のとこに行くが、そいつとの関係と教会の何を探っていたのかを全て話したら外してやる」
「その前にアンタがレイって冒険者だっていう証拠は?」
レイは、首に掛けていた金と黒の冒険者証をオリビアに見せる。
「これで信じられなきゃ、部屋に戻ってまた拷問してもいいんだぞ? 次は服を綺麗にはしてやらんからな」
「くっ!(こんの、クッソガキ!)」
(てか、『S等級』の冒険者証って初めて見たけど、
「しょうがないわね……。言っておくけど他言無用よ? 私が依頼を受けて教会に入り込んだってバレたらホントにヤバイんだから!」
「わかったから早く話せ」
「(くっ! 偉そうに……)……アタシが本部から依頼されたのは教会の動きを探るってことなんだけど、中枢に潜り込んで、教会本堂の人事や神殿騎士団の動きなんかの対外的な動きを調べることね。でも、修道院に入ったぐらいじゃ、そんな簡単に中枢の情報なんて手に入らない。だから、アタシが今やってるのは教会本堂の汚職聖職者の手伝いをして内部に入り込んでるのよ。ニコライってやつは、教会に女と薬を流してるヤツで、私はその仲介役ってわけ」
「薬?」
「……タミーラよ」
「なんだそれ?」
「アンタ、ホントにS等級?」
「旦那、タミーラってのは魔の森で採れるアパキイって実から作る麻薬のことです。魔の森に入れるぐらいの冒険者なら誰でも一度は耳にするんですが……」
(どうやら、この世界の有名な麻薬のようだが、俺の中の女神の知識には植物の名前と画像しかないので効能なんかは一切分からない。冒険者ギルドの資料にもそのような植物の記載が無かったことから完全に違法植物なのだろう。この世界の倫理観なら下手に記載すれば採取するバカがいるだろうから当然かもな)
「その名前の植物は知ってるが、麻薬成分があるものだとは知識にない」
「ウソでしょ?」
「いいから続きを話せ」
「まあ、お子ちゃまじゃ、しょうがないわね……。とにかく、ニコライからその違法なモノをアタシが教会の幹部の代わりにやり取りして上に潜り込んでるのよ」
「よく暗部にバレないな」
「アタシがやり取りしてるのは司祭の下っ端よ。どうせ大元にいくまでいくつも経由してるだろうから証拠を掴めてないからかもね」
(この女、やっぱバカなのか? タミーラなんて持ってるだけでどこの国でも極刑だぞ? 潜入の依頼だからといって危険すぎる……)
ハンクとミケルが信じられないといった表情でオリビアを見る。
「ちっ、それじゃあニコライを締め上げても取引相手が分からないのか……。いや、女って言ってたな。女も教会に?」
「アタシが仲介したのは娼婦を何人かね。戒律はともかく、女を買うこと自体は別に違法って訳じゃないから、アタシを試す為にやらせたんだと思うわ」
「子供は?」
「子供? それは仲介したことないわ。ニコライがしばらく取引休止って言ってきたからひょっとしてアタシ以外にも仲介してるヤツがいるかもしれないけど。いくらなんでも子供なんて仲介するくらいなら依頼を放って逃げるわよ」
「取引中止は俺がニコライのブツを潰したからだろう。ということは、今まで必要じゃなかったってことか……? お前の前任者は?」
「ブツとか言って何大人ぶってんのよ? 可愛くないわよ?」
「やっぱ針いっとくか?」
「じょ、冗談よ! なにキレてんのよ! ソレ仕舞いなさいよ! 前任者なんて知らないわよ!」
((こいつ、やっぱバカだ……))
「じゃあ、聞くがどうやってその仲介役の仕事にありついた?」
「そりゃあ……アレよ」
「アレじゃわからんだろ」
「司祭とアレに決まってんでしょ? ボクちゃんにはわかんないかな~」
「女を使ったってことか。まあいい、とにかくニコライを始末ついでに聞くとするか……」
「(ホント、可愛くないわね……)」
「おい、オリビア。下層街の酒場まで案内しろ」
「イヤよ! それにアンタ話聞いてた? ニコライを始末したらアタシが困るのよ!」
「俺に協力しろと言われてるんだろ? お前の潜入はもう終わりだ。これからニコライを始末して、お前と寝てる司祭を締め上げるんだからな。惚れてるなら殺すのは勘弁してやるから先に言えよ?」
「惚れてねーしっ!」
…
ロビーから外に出ると、十数体のゴロツキの死体が横たわっていた。
「お前がやったのか?」
「そうよ? さっきも言ったけど、ここにはコイツらに先を越されないように来たんだから始末するしかないでしょう? それに私のことも見られる訳にはいかなかったし……」
「死体の始末はどうすんだ?」
「えー……」
「ちっ、まあいい。行くぞ」
「え? このままにするの? さっきみたいにその鞄に仕舞ってよ!」
「あれは宿に迷惑だから処理したんだ。それに、殺したのはお前だろーが。自分で仕出かしたことなんだから自分でやれ」
「何よソレ! さっきのお返しのつもり? そんなんじゃ将来モテないわよ?」
「モテなくて結構だ。間に合ってる」
「ホント、可愛くないわねー」
(うるさい女だ。しかし、表の死体を見る限りどれも急所を一突きか。雑魚とはいえ、一人でこれだけの人数を無傷で殺せるってことはそれなりの腕はあるようだな。今までの言動もそう思わせないないようにしてるからなのかもしれん。昔からこういう食えない女狐タイプはなるべく相手にしたくないんだよな……ホントにバカな場合もあるし)
レイは異端審問官の動きが気になったが、諦めることにした。全員を連れて空は飛べないし、ニコライの手下を始末した以上、すぐに行動しないとニコライが身を隠す恐れもある。万一、神殿騎士や異端審問官と面倒が起こった場合は、始末するしかない。
「あのー、旦那。俺達も一緒っていうのは……」
「ん? ニコライって奴にバッツが目を付けられたんなら、お前らも面が割れてるかもしれんだろ? 面倒だからバルメから荷物を受け取るまで一緒にいろ」
「は、はあ……」
…
……
………
下層街、酒場前。
「は? アンタいきなり乗り込むつもりなの?」
「そうだが?」
「バカなの? 何人いると思ってるのよ?」
「ごちゃごちゃ煩いな……。こんなのヤクザの事務所と一緒だ。中にいるのは全員ニコライの手下なんだろ? 大したヤツラじゃない。お前は顔を知ってるから一緒に中に入って誰がニコライか教えろ」
「イヤよ! てか、やくざの事務所って何よ?」
「ハンクとミケルは手分けしてここと裏口だ。一人も逃がすつもりはないが、逃げ出した奴は殺していい。バルメはここにいろ」
「「「りょ、了解……」」」
(((な、何故、俺達まで……)))
「ちょっと! 話聞いてんの?」
レイはオリビアを無視して魔導拳銃を腰から抜き、
酒場の扉を僅かに開けて、魔力を流して起動させた閃光手榴弾を室内に放ち、爆発音が鳴ってからオリビアの手を引き強引に酒場に突入する。
「ちょっ!」
灯りのある室内とはいえ、蠟燭の火の百万倍の光量が瞬時に発生し、落雷以上の爆発音が鳴った酒場内では、ほとんどの人間が目や耳を押さえて悶絶していた。
「どいつがニコライだ? 早く探せ」
「一体何をしたの……?」
「いいからどいつだ?」
オリビアは酒場内の光景に困惑する。十人以上の男達が目や耳を押さえて苦しんでいた。レイの言葉にハッとして慌ててニコライを探し、体格のいい茶髪の男を指差した。
「あいつか」
レイは、ニコライの元に真っ直ぐ向かい、銃で膝を撃ち抜いた。
「?」
閃光と爆音で感覚器官が麻痺しているとは言え、撃たれた反応が薄いことにレイは違和感を覚える。
(ちっ……)
レイはすぐに銃を仕舞い、魔法の鞄から黒刀を取り出すと、身体強化を体が耐えられるギリギリまで上げる。
『鞄に仕舞うのは酷いでありんす』
「剣がしゃべっ――」
「黙れ」
ようやく感覚が戻ってきた酒場内の人間達だが、レイは周囲の人間を無視してニコライに向かう。
ニコライは目を擦りながらも刀を持った子供のレイとオリビアを見て立ち上がる。
(膝を撃ち抜かれて平然と立つか、それにあの目……麻薬中毒者か)
同じような人間を過去に山ほど見てきたレイにはすぐにそれが分かった。
「なんだこのガキャー! それに修道女ぁ! テメー何したぁ!」
立ち上がるもまともに動かせない自分の足を見て、攻撃されたとようやく気付いたニコライは、向かって来るレイとオリビアに激高して声を張り上げた。
ニコライは目の前に迫ったレイに拳を振り下ろす。が、その拳は斬り飛ばされて隣のテーブルに投げ出された。
「は?」
レイはニコライの腕を斬り飛ばすと、返す刀で目の前の両足を両断する。
瞬時に片腕と両足を失ったニコライは、そのまま床に崩れ落ちた。
「お前、ニコライだな?」
「テメー 俺を知っ……はごっ」
レイはニコライの返事をした直後に刀を頭に突き刺し、止めを刺した。
(麻薬中毒者に尋問や拷問は時間の無駄だ。薬が切れた際の禁断症状を利用する手はあるが、そんな暇は無い)
「さて、あとはコイツらか」
レイは黒刀を床に刺し、魔導拳銃を両手に持つ。状況を認識した酒場の男達の手に剣や短剣が握られてるのを確認し、男達に向かって発砲。近くの者から正確に額を撃ち抜く。探知魔法により出口に逃げる者も見逃さず、武器を持った者を一分も経たずに撃ち殺した。
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