第322話 銃撃

 田中真也と本田宗次は、検問で神殿騎士に止められ詰所に連行された。冒険者登録をしておらず、元々身分証を持っていない二人。仮にオブライオン王国の身分証を用意してきたとしても、すんなり入国できると思っていなかった田中は、持ち物検査の際に取り出した拳銃で神殿騎士を撃ち殺した。


「いやー、しかしこの国の騎士って結構いい鎧着てんのな。貫通はしたけど9mmだと威力不足だぜ」


「神殿騎士だっけ? オブライオンにもいたけど、ただの鋼じゃないみたいだね」


「思わず心臓撃ったけど、ありゃ届いてなかったな。一発で死ななくて焦ったぜ」


「よく言うよ。焦った割にはすぐ眉間に撃ち直してたじゃん」


「いやいや、やっぱプロなら咄嗟にヘッドショットでしょ。能力で狙った場所は外さねーけど、狙う箇所は俺次第だからな。俺もまだまだ……なんてね? それより、腹減ったし、適当に店入ろうぜ?」


「はいはい」



 何事も無かったかのように会話する二人は、そのまま目に留まった飯屋に入って行く。その姿は、つい先ほど人を殺した高校生とは思えないほど平然だった。


 その様子をバッツは物陰からそっと覗いていた。


(見る限り完全に素人だな。尾行や追跡を警戒してる様子も無い。さっき神殿騎士を殺したばかりとは思えねーな。本当にあれが『勇者』って奴なのか? いや、黒髪に若いガキ、それに密室とはいえ白昼堂々と神殿騎士を殺してる。そんなバカはそうそういないはずだ……)


「っと」


 バッツの視界に神殿騎士達の姿が映る。黒髪の少年達を追っているのだろうが、少年達はすぐそこの飯屋に入ったばかりだ。この街ではありきたりなローブとフードを被った二人は通行人に聞いたところで特定は難しいだろう。それに、この神殿騎士達の中で二人の顔を知っている者がいるかも怪しい。


 騎士達に二人の居場所を教えるという手もあったが、そんなことをすれば一連の出来事と二人の顔を知っていたということで仲間と疑われると判断し、バッツは通報せずにこのまま監視することに決めた。


(しかし、神殿騎士達コイツらも最近やたら若いヤツらが増えた……いや、古参の騎士が少ねぇのか)


 …


 その後、食事を済ませた田中と本田は日が暮れるまで街をブラつき、人気の無い路地裏に入って行った。


(拙いな……。そろそろ宿に行くと思ってたが、これ以上の追跡は危険だな)


 単独での長時間の尾行はいくらバッツでもリスクが大きかった。昼間は人通りも多く目立たないが、日が暮れるにつれ人は少なくなる。いくら相手が尾行に警戒していないとはいえ、同じ背格好の人間が常に周囲にいれば気づかれる。既にリバーシブルの外套を裏返しているバッツはこれ以上自分の姿を偽装する術はなく、諦め時ではあった。


(けど、アイツらが『勇者』かもしれないって、黒髪ってことぐらいしかないんだよなぁ…… 神殿騎士を殺した現場も直接見てはいない。背中に妙なモノを背負ってはいるが剣は持ってない、得物は短剣? いや、とても仕草から騎士を至近距離で殺れるとは思えん。魔法使いか?)


 パシュッ


「?」


 バッツは自身の太ももに穴が開き、血が出ていることに一瞬気付かなかった。遅れてやってきた熱さと激痛。


「な……に……?」


 前を歩いていた二人、その内の一人のローブには小さな穴と硝煙が上がっていたが、バッツにはそれが何を意味しているものかは分からなかった。


狙撃手スナイパー』田中真也は、前を向きながら拳銃を抜き、脇の下から銃口を後ろに向けて振り向きざまに引金を引いていた。その手に持っていたのはベレッタ社のベレッタ・モデル92F。米軍ではM9の名称で正式採用された9mm口径の弾薬を使用する自動拳銃だ。その銃の先には、発射音や閃光を軽減する消音器サプレッサーが装着されていた。


「おいおい、バレてないとでも思ってた?」


 振り返ってバッツを見る田中の眼には十字模様の赤い線が光っていた。


 田中は『聖女』を探す目的もあって常に能力を発動させており、視界に入った人間の中で、同じ人物が常に周囲にいたことは分かっていた。能力により同じマーキングが何度も視界に表示されれば誰でも気付くだろう。バッツの尾行はバレてはいないが、バッツの存在はバレていたのだ。


「オッサン、誰よ?」


 バッツは太ももに開いた傷口を押さえながら、必死に思考を巡らす。


(くそっ! 何でバレた? 何をされた? それにあの黒いモノは一体……。だが、今はこの場を離脱することが最優先だ)


『大地よ 我に力を 土壁ソイルウォール


 バッツの唱えた簡易詠唱により、土で出来た壁が一瞬で地面から生え、視界を塞いだ。バッツはその隙に足を引きずりながら踵を返す。弾丸は太ももを貫通し、出血は続いていた。


(くっ! 血が止まれねぇ……)


 バッツは移動しながら腰のポーチに常備している回復薬ポーションを素早く取り出し傷にかけるが、中々血が止まらない。銃創は刺し傷と違い、回転する弾丸の運動エネルギーにより体内の組織がズタズタにされる。バッツの手持ちの回復薬では出血を完全に止めるには足りなかった。


 

「あーあ、無駄無駄」


 田中は背中に背負っていた自動小銃アサルトライフル、コルト社のM4A1カービンに手を伸ばし、チャージングハンドルを引いて弾薬を薬室に装填した。銃口の先端には先程のベレッタと同様、消音器サプレッサーが装着されている。セレクターを安全の位置セイフティーから連射フルオートに切り替え、土の壁に向かって引金を引いた。


 消音器を装着していても発射音が軽減されるだけで、音がしない訳ではない。この世界の人間には聞き慣れない発射音が鳴り響き、排出された空薬莢が散らばる。


 弾丸はバッツが魔法で作った土壁をいとも容易く貫通し、弾倉マガジンに装填してあった三十発の弾は数秒で撃ち尽くされた。


「まだ生きてっかな~? ただの土の壁でライフル弾が防げるわけねーじゃん。まあ、知らなきゃしょうがねーか」


 田中は空の弾倉を排出し、新しい弾倉を装填して銃側面のボルトキャッチを押す。これはM4系特有の機能で一度チャージングハンドルを引けば、弾倉交換時にこのボルトキャッチを押せば再度ハンドルを引いて薬室に弾を送る必要は無い。


 土壁を回り込んだ田中は、壁から離れた位置でバッツを見つける。肩と脇腹に弾が当たっており、血を流して倒れていた。


「たった二発しか当たってねーじゃん。てか、逃げる為の目隠しだったのか。おい、オッサン、おめー誰だよ?」



「真也、そいつ神殿騎士じゃないの?」


「こんな子汚い格好のオッサンが? てか、神殿騎士ならとっくに騎士に囲まれてるでしょ。そうじゃないからこいつは騎士じゃねー。なのに、俺達をつけ回してた。気になるだろ?」


「確かに。真也、意外と頭回るじゃん」


「舐めんな宗次、お前も俺とあんまり成績変わらないだろーが」


「ハハッ 確かに」


「それより、銃はやっぱ脅しには向いてねーよなー。銃口向けてもビビらねーし」


「そりゃ知らないから仕方ないでしょ。街中で堂々とソレ背負ってても誰も何も言わないしさ」


「だよなー ……とりあえず、このオッサンどうするか。こういう尋問って苦手なんだよな~」


「さっさと殺し――」


 ゴホッ


 バッツは血を吐きながら、自分に何が起こったのか分からなかった。B等級冒険者としては戦闘力が低いことを自覚しているバッツ達『ホークアイ』だが、長年の活動でそれなりに修羅場をいくつも経験している。それでも何をされたか分からない未知の攻撃にバッツは困惑していた。


 剣でもない、魔法でもない、高速で飛来するナニカ。



「あー もう死んじゃうなコレ」


 田中がM4A1を構え、バッツに銃口向けたその時、銃に衝撃が走り田中の手から銃が吹き飛ばされた。



「んもうっ! 壁、邪魔っ!」

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