第306話 射撃

 野営地で遅い昼食を摂っていたレイ達の前に、一組の冒険者達が森から現れた。一見、野盗と思うほど、汚れてボロボロの風貌だが、全員が奴隷の首輪をしており、その下には銀や銅の冒険者証が見え隠れしている。城直樹によって奴隷化され、金の違法採掘場で働かせられた冒険者達だ。


 冒険者達は全員が男性の五人組で、それぞれの手には衛兵から奪ったであろう、支給品の同形の剣が握られている。


「旨そうな匂いがしたと思ったら、こんなところで野営してるヤツがいるとはな」

「ガキとジジイ、後は全員女だ」

「それもえらい美人だぜ? それに修道女までいる」

「ドワーフのジジイとエルフ? なんだこいつら?」


「まあ待てお前等、……おい、キミ達、こんなところで何してるんだい?」


 冒険者達の中で、リーダーらしい金髪の優男が仲間を制して前に出てきた。端正な甘いマスクで女性からの人気がありそうな顔立ちだが、髪はボサボサで汚れた顔と格好がなんとも残念だ。


「「「……」」」


 黙っているリディーナ達に、優男が続ける。


「すまない、俺達は怪しいもんじゃない。ここがどこだか教えてくれないかい? それと俺達、二、三日何も食べてないんだ。悪いんだけど、食べ物を分けてもらえないか? 勿論、金は払う」


 丁寧な物言いでリディーナに話しかける金髪の優男だが、他の男達は食べ物以外にも要求がありそうな表情だ。


「お金を持ってそうには見えないけど? それに、ここから東に数時間も歩けば王都よ? 悪いけど他をあたって」


 リディーナは冒険者達に冷たくあしらう。


「そんな、つれない事言わないでよ。確かに金は無いけど金塊ならある。どうだい? 破格な申し出だと思うけど?」


 優男の提案は金塊と食料を交換してくれということだが、後ろにいる冒険者達は黙ってリディーナの返答を待っている。普通に考えれば、食料に対して金貨一枚でも破格だ。加えて、少し歩けば街があるという状況でこの提案は破格どころか怪しさ満点だ。黙っている後ろの冒険者達も、薄汚れて表情は分かり難いが、歯を出してニヤけている者もおり、レイ達を侮っているのが見て取れる。


「金塊ね。お前等、金の違法採掘場で奴隷になってた冒険者だな? 金塊をかっぱらい、領兵を殺して逃げ出して迷ってるってとこか? とっとと王都へ行ってその首輪外してこい」


「「「なっ!」」」


 冒険者達は慌てて自分達の首に触れる。首輪に慣れてしまっていたのか、その存在を忘れ、隠しもせずに声を掛けたことを、レイに指摘されるまで気付いていなかった。それに、全員腰に鞘が無い。剣を抜き身のまま持っているのは本人達の剣じゃないことを表していた。王都が近いと聞いても向かう素振りを見せないのは、ここに来るまでに後ろめたい事をしてきたのだろう。


「お前等が操られて強制的に奴隷にされたってことは国も把握している。悪いようにはされないだろう。投降してこい」


「このガキ、偉そうに……」

「国なんか信じられるかっ!」

「おい、バカ、何バラしてんだ」

「もういい、ヤっちまおうぜ?」


「ちっ……」


 先程までの柔らかな表情を一変させた金髪の優男は、目を細めて剣を握る手に力を込める。


「まあ待て。お主達は被害者だと国もちゃんと認めとる。今なら罪に問われんだろう。まあ、持っとる金塊は没収されるかもしれんがな」


ゴルブは冒険者達を窘めるように投降を促す。


「ふざけんな、ジジイ! イカレた髪型しやがって嘘くせーんだよっ! それにこいつは俺達への慰謝料だ。没収なんてされてたまるかっ!」


「イ、イカレた髪型……?」


 ゴルブは自身のモヒカンを揶揄されヘコむ。


「お前らのことなどどうでもいいが、お前達にメシを恵んでやる理由はない。さっさと立ち去れ」


「だから、ガキは黙ってろ! このクソガキ、テメーさっきから偉そうにしやがって、お前こそ立場分かってんのか? 俺達はB等級冒険者パーティーだぞ? 何なら力ずくで奪ってもいいんだぜ?」


「はぁ…… もういい。リディーナ、イヴ、撃っていいぞ? 丁度いい訓練だ」


 レイの言葉に、リディーナとイヴは一斉に腰のホルスターから銃を抜く。ホルスターはレイが船内で回収した備品の一つだ。二人は銃に魔力を流して冒険者達に照準を合わせ、即座に発砲した。


パァン

パァン


 乾いた破裂音が鳴り響き、リディーナの弾は金髪の額を捉え、イヴの弾はその隣にいる冒険者の目を撃ち抜いた。当たった弾丸がそれぞれの後頭部から抜けて、血と脳ミソが飛散する。


 その光景に唖然とした他の冒険者は、すぐに剣を構え、慌てて二人に向かって駆けだした。


「くそがっ!」

「なんだ、何をしたんだ?」

「魔法だっ! 撃たせるな! 殺せっ!」


B等級冒険者というだけあって、その動きは素早かった。あっという間に距離を詰め、銃を構えたリディーナとイヴに接近する。


パァン

パァン


パァン パァン パァン


「「くっ!」」


 襲って来る冒険者達に次々に銃弾を撃ち込む二人だったが、思うように急所に当たらず、顔を顰めるリディーナとイヴ。胸や腹に命中した者はその衝撃で一瞬動きが止まるも、冒険者として鍛えられた男達の動きを完全には止めることはできなかった。冒険者達は剣を振りかぶり、二人に振り下ろす。焦った二人は慌てて剣を抜こうとするが、後方からの発砲音がそれを遮った。


パパァン

パパァン


 リディーナ達の後ろから、レイが冒険者二人の心臓と頭を二連射で撃ち抜き、残りの一人に照準を合わせる。


 仲間二人の頭が爆ぜ、その様子を見た最後の一人は、動きを止め、剣を捨てて降伏の姿勢を取った。


「待て、降参す――」


「いいか、慣れない内は動いてる標的にはまず胴体に当てて動きを止め、その一瞬の隙に頭を狙え。理想は一発で眉間を撃ち抜くことだが、これはプロでも難しい。心臓を撃ち抜いても相手は即死するが、服の下に何を着こんでるかわからんから、必ず止めを頭に撃って仕留めろ」


 そう言って、レイは見本のように、降伏した冒険者の胸を撃ち、間髪入れずに眉間を撃ち抜いた。


 防弾ベストの装着が一般的になりつつある昨今では、心臓を狙ったとしても衣服の下に防弾ベストを着用されていれば確実に殺すことは出来ない。例え、血が出たとしても確実に死んだと咄嗟に判別するのは難しい。それに死を恐れない狂信者や薬物中毒者は、即死させないと動きは止められない。現代戦で相手を殺傷するには頭部を狙うのが今では一般的だ。


「レイは前も一発で頭に当ててたじゃない」


「俺はプロだから当たり前だ」


「……」


「そんなに落ち込むなイヴ。それにリディーナも初弾はちゃんと頭に当たってたじゃないか。まあ、その後はお粗末だったが初めてにしては上出来過ぎるぞ?」


「相手が突っ立ってただけだし、誉められてもあんまり嬉しくないわ」


「こちらが銃を構えても、棒立ちだったので狙いやすかっただけです」


 リディーナもイヴも初弾の命中に関しては当たって当然のような態度だ。それよりも、動いている相手の急所に当てられず、その後に慌てたことを恥じていた。レイが魔導船の船内で作業中に、二人は二十メートル内の標的にはかなりの精度で命中させることが出来ていたのだ。レイからすればまだまだ一連の動作に不慣れな様子が見て取れるが、そこまでは教えていない。相手が動かない標的とはいえ、狙って頭部を当てるだけでも驚異のセンスだ。


(いくら殺しの経験があるとは言え、初めて扱う銃を僅か二日の練習で頭にヒットさせるなんてヤバイな……。俺が何年練習してきたと思ってるんだ?)


「でも、銃が武器だって知らないっていうのは凄く有利よね」


「魔法なら詠唱が必要ですし、攻撃されるなんて思わなかったんでしょう」



「因みに『勇者』共は銃というモノを知ってるからな。油断するなよ? これを見せて反応する奴は、この世界の住人じゃないか、過去の勇者を直接知ってる人間ってことだ」

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