第292話 脱出

 壁まで殴り飛ばされたクライドに向かう途中、椅子に縛られたラーク王を横目に見たレイは、王にそっと手を触れ、眩い光でその身体を包んだ。


 一瞬のうちにラーク王の怪我がに治り、血の汚れも消えていた。


 「動き回られても面倒だ。もう暫くそこにいろ」


 「あっ……」



 そうラーク王に呟き、レイはクライドへと足を進める。クライドは、顎に受けた一撃で脳を揺らされ、立ち上がるのもやっとな状態だ。本人は、生まれて初めて味わう脳震盪と、一向に回復しない身体の変調に混乱していた。それに加えて目の前で起きたことに思考が追い付かない。

 

 「あ、あり得ない……。今のは回復魔法? 浄化魔法も併用してるのか? いいや、そんなものではない。欠損した歯も再生してる、再生魔法だと? それもあの一瞬で……」


 数百年の時を生きてきたクライドにとっても、レイの放った常識外の力は今まで見たことも聞いたことも無い、信じ難いものだった。その身に受けた黒い炎の矢は、明らかに暗黒魔法だ。闇魔法とは異なる、人には扱えない破壊の力。それに、先程ラーク王の傷を治した聖魔法、再生の光。その相反する性質を一つの個体が発した事実。


 悪魔では無い。


 天使でも無い。


 得体の知れないナニカ。



 「お、お前は一体なんなんだ?」


 「さあな」


 目の前に迫ったレイに、クライドは思考を無理矢理切り替え、この状況を脱する手段を急いで考える。男の正体に関しては後回しだ。暗黒魔法と聖魔法を駆使する男に正面から戦っても勝てる見込みは無い。万物の相克を無視するこの異常な男と戦うくらいなら、『聖剣』を携えた勇者と戦う方が遥かに現実的だと思えることだった。


 今はこの場を脱することが最優先。不死種にとって、多くの問題は時間が解決する。馬鹿正直に『勇者』と戦って死んでいった同胞達とは違う。人間の寿命は短く、肉体の最盛期ピークはさらに短い。数十年だけ隠れて過ごせば、あとは勝手に老いて死んでくれるのだ。二百年前に『魔王』に従い、『勇者』に滅ぼされた一族から一早く離脱して今も生きながらえているクライドにとって、誇りプライドなど無かった。


 レイの背後でポーっとレイに見惚れているエルフを視界に入れたクライド。


 「エルフのお嬢さん」


 その掛け声に、ハッとしてクライドを見るリディーナ。



 ―『魅了チャーム』―



 暫しの沈黙。


 「ん? ……オゴッ」


 レイの爪先が無防備のクライドの腹部を直撃した。


 「おい、オメー何してんだ? 俺を無視してナンパか? 随分余裕だな?」


 「ガハッ ゴホッ な、何故? ……魔力が練れない?」


 「今更気付いたのか? 殴った時にお前の体内の魔力のリズムは狂わせてある。その再生能力も魔力由来だろう。俺の女に何かしようとしたんだろうが、させると思ってんのか?」


 魔力が練れない、その事実にクライドは絶望する。こんなことならさっさと『魅了』して全員操っておけばと後悔するも、戦闘レベルで身体強化を施した相手には通じないという欠点もあり、どの道詰んでいたと思い直す。せずに、あのまま船から脱出していれば良かったと自分の行動を振り返るも、今更だった。残る手段はただ一つ。


 「すみませんでした。ごめんなさい。ラーク王は諦めます。殺さないで下さい」


 クライドまさかの命乞い。


 「「……」」


 レイとリディーナは、額を床にこすりつけて懇願しだしたクライドに呆れる。コイツ、プライド無いのか? そういった感情が二人の表情に現れていた。


 「今後は人の社会にも現れないと誓います。人の血も飲みません。獣の血だけで生きていきます。お願いします、命だけは――」


 斬ッ


 「うぎゃあああ」


 いつの間にか手にした黒刀で、レイがクライドの左腕を斬り飛ばした。そのまま両足も切断し、蹴り飛ばしてクライドを仰向けに転がす。


 「俺は、人を殺しにきてるヤツに命乞いをされるのが嫌いだ。お前を殺す前に、いくつか聞きたい事があるが、別に喋らなくてもいい。質問に答えれば楽に死ねるが、そうじゃない場合は死ぬまで苦痛が続くだけだ」


 「ッ!」


 クライドの脳裏に「消滅」の二文字が浮かぶ。たとえ殺されても、肉片ひとかけらでもあれば、いずれは再生できる自信はあったが、目の前の男にはそれを理解しているかのように抜け目が無かった。今も斬り飛ばした腕と足に向けて黒炎の矢を放ち、再生の芽を摘んでいる。あの黒炎に焼かれれば、再生は不可能だった。


 今は時間を稼がなくてはならない。そう判断して、レイの質問に必要以上に答えはじめるクライド。


 レイの質問は、主にクライドがこの国で行ったことの内容だった。『勇者』である城直樹、藤崎亜衣との出会いから、ウォルトとの協力内容、ギルマスとして行った数々の行いを事細かくクライドは説明していった。


 その告白に、奥歯を噛み締めるラーク王と、目を伏せて縮こまるゴードン。


 …


 「お前、何を待ってる?」


 「え?」


 「饒舌なのは性格かと思ったが、時間稼ぎをしているな? 何が狙いだ?」


 「うっ」


 伊達に何人も尋問してないレイは、命乞いの演技臭さと、クライドの勿体ぶった説明に違和感を感じていた。この後殺されることが分かっている者にしては、その声に希望が見え隠れしていたのをレイは見逃していない。


 

 ドンッ



 突如、船内に衝撃が襲う。今まで感じなかった振動が発生し、船体が大きく傾いた。


 「何をした?」


 レイは、制御盤の前に座るゴードンを見るも、ゴードンは両手を上げ、首を振って何もしていないとアピールする。その必死な形相に嘘ではないと感じたレイは、足元のクライドに目を向けた。


 「この船はもうすぐ墜落します。別室の制御室で少し細工をしてましてね。最初に言ったとおり、私は社会的に死にたかったので、船もろとも墜落して全員死んでもらうつもりだったんですよ。まあ私はその前に王を連れて脱出するつもりでしたがね」


 クライドの勝ち誇った発言に、レイは制御盤に向かい、モニターを見る。


 「ハハッ 無駄ですよ。古代語なんて読めないでしょう? まあ、読めたとしても解除は無理でしょうがね。解除して欲しければ、私を――」


 「姿勢制御装置と動力に細工したのか。赤い表示はエラーで間違いないみたいだな。システムがロックされてんのか、それとも物理的に破壊したのか……。操作は受け付けないか。それに反応兵器? ちっ、やっぱり、核も積んでやがったか……。ご丁寧に地表にぶつかる直前に爆発するようセットされてる。……機密保持の自爆装置か」


 レイはクライドを無視してモニターを見ながら制御盤を操作する。タッチパネルのような画面を指で操作し、次々と魔導船の情報をモニターに表示させていた。


 「「「え?」」」


 これに驚くのは、リディーナを除く全員だ。モニターに映る文字列は全て古代語だ。それを次々に表示させて何やらブツブツ呟いているレイに、クライドの顔が歪む。


 「何故、読める? いや、読めたとして意味が分かっているのか? 私でさえ分からぬ箇所があるのに……」


 「お前はもう必要ない。死んでろ」


 「ッ!」


 レイが振り返って黒炎の矢をクライドの顔面に放つ。顔から胴体を貫通するように灰になっていったクライドは、断末魔を上げる間も無くあっさり消滅した。



 (スマホのように直感的に操作できるのは助かるが、このままだと街は全滅だな。この船にある核爆弾の規模は分からんが、ヒロシマ型以下であっても半径二キロ内の人間は生き残れない。船から脱出しても核爆発の圏内から避難するのは間に合わないだろう。できれば無傷で手に入れたかったが仕方ない。爆発だけでも阻止しないとな)


 レイはモニターに船内の見取り図を表示させ、問題の場所を調べる。最優先は爆弾の処理だ。


 「リディーナ、先に王様を連れて脱出しろ。俺は爆弾を処理してくる。見た感じ、墜落は阻止出来ない。幸い、街の郊外に落下するコースだから被害は出ないだろうが、爆弾を処理しないと王都の住民全員が死ぬ」


 レイの発言に目を見開くラーク王。


 レイは『黒炎の矢』を数発壁に向けて放ち、大穴を開けると、リディーナにそこから外へ出ろと促す。


 「わかったわ。早く戻ってきてね」


 リディーナはラーク王の手足を縛っていた拘束を剣で断ち切ると、一回り小さい体のラーク王を抱えて外へと飛び出した。レイの様子から時間がないことを察したリディーナは、駄々をこねることなく素直にレイの言葉に従った。


 

 「あの、私もどうか……」


 制御盤の前に、ポツンと座っていたウォルトの執事であるゴードンは、消え入るような声を発して、レイを見る。



 「俺が依頼されたのは王の救出だけだ」


 レイは、ゴードンをその場に残し、指揮所を出て行った。

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