第265話 女神の使徒

 「異世界人。まさか、お主も『勇者』とは。あのジョウナオキとはどういう関係だ? 始末したと言ったが、仲間では無いのか?」

 

 「トリスタンから聞いて無いのか?」


 「この街の冒険者が『勇者』かもしれないとしか聞いてない」


 「お前等、ひょっとして仲悪いのか?」


 「な、なぜそれを……」


 「マジかよ……どんだけ悪いんだよ。のん気に接触したら下手すりゃ殺されるんだぞ? まあ実際、爺さんはやられたから知ってるか。ホント、タチが悪いなアイツは。城直樹を含めてアイツ等は暴走してる。二百年前の『勇者』とは別モノだ。俺はオブライオン王国が勝手に召喚して、制御不能になって暴走した『勇者』共を始末する為にこの世界に来た。女神によってな」


 「女神アリア様に? ならお主が『勇者』ではないか!」


 「話聞いてんのか? 始末しに来たと言ったろ。俺は殺し屋であり傭兵だ。善人なんかじゃないし、『勇者』なんて大層なもんでもない」



 レイの発言にリディーナとイヴ、アンジェリカが互いに顔を見合わせる。確かにレイは今まで数多くの人間を殺してきた。だが、怪我人の治療は勿論、悪人を斬ることによって、同じくらい多くの人を救ってもいるのだ。


 「(ひょっとして無自覚なのか? 一体何人の人生を救ってると思ってるんだ)」

 「(子供を救う為に国や貴族を相手取る人なんていませんよ……)」


 「(本人は自覚無いみたいだけど、そういうとこもイイのよね〜)」


 「……」


 リディーナ達のヒソヒソ声にレイは聞こえていない振りをして無視する。だが、

その会話に、部屋の隅にいたメサが口を挟む。


 「……ま、まさか『女神の使徒』なのか? ラルフから聞いたが、ここの子供達を救う為だけに侯爵と対立する気なのか?」


 『女神の使徒』。アリア教の信徒がよく使う言葉だ。二百年前の『勇者伝説』は大陸中の人間が知っているが、詳細や捉え方は国や種族によって異なる。実際に接したことのある人間が存命のエルフ族やドワーフ族と、人族では『勇者』に対する認識が大きく異なる。人族の社会では異世界人と言う言葉はあまり浸透しておらず、『勇者』を英雄や強き者の象徴と捉える者から、神が遣わした者という認識を持つ者まで様々だ。前者は庶民に多く、後者は女神アリアを信仰している者か、ある程度の歴史を学んだ教養のある者に多い。


 「まあ、好きに呼べばいい。だが、口外無用だ。城直樹のような暴走した『勇者』を全員始末するまで、俺という存在がアイツ等にバレる訳にはいかないからな。それと侯爵はついでだ。この子等を拉致した野盗団はここの衛兵とも繋がっていた。この国に行き場の無い子供を安心して預けられるところがあれば、この国の争いに首を突っ込むほど暇じゃない」


 レイにとって、碌に素性を知らないゴルブやメサにこのことを言うのは、リスクある行為だ。だが、既にギルドを動かし、教会関係者が勇者に操られていた状況から、『勇者』の存在と脅威は国の中枢や組織の実力者には知らせておく必要があった。知らずにいることと、存在を認知しているのでは、可能かどうかという問題は別として、被害を防止する点では必要なことだった。冒険者ギルドやアリア教会、オブライオン以外の国々が、『勇者』に乗っ取られる方が厄介だからだ。


 だが、その為には自身の素性を話さなければ信じてはもらえないだろう。



 「国王陛下に会ってもらえないだろうか?」


 「「「えっ?」」」


 レイ以外の全員がメサの発言に驚く。国王に会ってもらいたいとの言葉もそうだが、このメサという女は国王に引き合わせることが出来る権限があるということだ。


 (すぐに自決しようとしたのも納得です)


 イヴは教会の元暗部としてようやく理解できた。国王に近い者なら、その者が持つ情報は重要だ。ただの密偵や暗殺者ではない。捕縛された時点で逃走や拷問に耐えることを考えず、躊躇いなく自死できるのは、それだけ国王に信頼され忠誠を誓う者だということを表している。



 「断る。そんな面倒は御免だ」


 「なっ! た、頼む! このとおりだ!」


 拒否するレイに、メサは両膝をついて懇願する。


 「第一、会ってどうする? 反乱の首謀者であるウォルトを殺すか、身柄を押さえれば済む話だ。今夜、そいつの屋敷に行ってそれで終わりだ。後はこの国の孤児院にでも連れて行く」


 「し、しかし、侯爵を捕えるなど、そんなことが本当に可能なのか?」


 メサはレイの力を知らない。騎士達を圧倒する戦闘力は見たが、その何倍もの戦力で守られているであろう侯爵の屋敷に、簡単に侵入して侯爵を捕えられるとは思っていなかった。まずは国王に会ってもらって、『女神の使徒』に、協力して貰いたかった。『女神の使徒』が王側に付けば、反乱した騎士も剣を捨てると思ったのだ。図々しいのは承知だが、国を守る為なら何でもするつもりだった。


 「今夜行けば分かる。それに、言っておくが、この国がどうなろうが俺には興味は無い。子供を変態に売る下種な違法奴隷商と手を組むような奴がこの国のトップに立ったら、あの子供達をこの国に置いていけないだろ? 子供達をまとめて国外に連れ出すより、侯爵一人を始末する方が早い。それだけだ」


 「へ?」


 レイの常識外れの発言に、メサは呆然として理解が追い付かない。いくら子供達の為とは言え、普通なら逃げることを選択する。それよりも、謀反を起こすような権力を持った人間に対し、たったこれだけの人数で始末する方が早いと言うのだ。メサには何もかもが信じられなかった。



 「やっぱり『勇者』じゃねーか」


 「ジジイは寝てろ」


 「その前に、レイだったか? お主の顔を見せてくれ。随分いいモノ着てるが、それは認識阻害だろ? このまま毒で死ぬかもしれんなら、あの世への土産に顔ぐらい見ておかないとな」


 認識阻害の効果は、顔の特徴などが認識できないだけで、モザイクの様に形が分からなくなるようなものではない。見た目ではその違和感に気づくことは難しく、魔法や魔導具無しでそれを見抜いたゴルブの目は驚嘆に値する。


 レイは、フードをとり、顔を露わにする。


 「これでいいか? 早く寝ろ。メサと言ったか? お前も侯爵の屋敷に行くなら寝ろ。夜になったら出発する」


 「「……」」


 ゴルブとメサが固まっているのを無視して、レイは部屋を出て行った。頬を膨らませたリディーナが後を追っていく。


 (前言撤回。もっと、自覚して欲しいわ!)


 …

 ……

 ………


 深夜。


 レイとリディーナ、メサは、ウォルト・クライス侯爵の屋敷の上空にいた。メサはリディーナの背中だ。


 「うう……」


 あまりの高さに、身を縮こませるメサ。飛行機などが発達していないこの世界では、この高度からの景色を見たことがある者は飛竜ワイバーンを使役する者ぐらいだ。


 「なんか、少なくない?」


 屋敷の警備する人員を見て、リディーナがレイに言う。王宮の周囲には、かがり火を焚いた反乱騎士達が大勢いたが、首謀者であるウォルトの屋敷には殆どいない。まるで平時のような体制に疑問が浮かぶ。


 「王宮までそれほど離れていないこの距離で、拠点を前線に移してるのか?」


 「このような夜間に有り得ない。それに、そもそもクライス卿はそのような性格ではない。表立って兵を率いるような趣向は持ち合わせていないはずだ」


 反乱軍に取り囲まれた城を心配そうに見ながらメサが言う。


 「屋敷にいないか、王都の戦力を制圧して警備を振り分けたか、外からじゃ分からんな。まあ、取り合えず行ってみるか。先に俺が行くからリディーナはメサとここで待機。侯爵を押さえたら窓から合図する。リディーナ、暇だったら陽動してくれてもいいぞ?」


 「了解、わかったわ」


 レイはリディーナにそう指示すると、光学迷彩を施して屋敷に向かって降りて行った。屋敷の構造も分からず、どこの部屋に侯爵がいるかも分からない状況では、手分けして潜入する方が効率は良い。だが、透明になればお互いが見えなくなり、無線機なども無い。意思の疎通ができなくなるので、レイが単独で潜入する方が事故が無いのだ。リディーナもそれが分かっているので、素直に指示に従う。


 「き、消えた?」


 「レイの魔法よ。それより、この街の全ての兵が反乱に協力してるのかしら?」


 「え? ああ、そうではないと信じたい。まだ城が落とされていないということは、少なくとも近衛騎士に裏切った者はいないはずだ。街の衛士隊はわからんが、三軍から成る騎士団は全てが『貴族派』では無い。『王党派』貴族の子弟も大勢所属しているのだから全員ではないはずだ」


 「あの、腕に青い布を巻いてるのが反乱勢力?」


 「どういう目をしているのだ? 私には全く見えないが、城門を取り囲んでいる騎士達が皆それを身に着けているのならそうだと思う。装備が同じだから敵味方の識別は必要だろうからな。……どうしてそれが気になる?」


 「間違って『王党派』の兵を殺したら悪いじゃない」


 「え?」


 リディーナはメサを背負いながら、片手を出し、城を囲む騎士達に向ける。



 ―『落雷ライトニングストライク』―

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