第259話 謀反

「――ッ!」


 突然の浮遊感に襲われたメサは、体験したことの無い感覚に激しく動揺する。外に連れ出されたのは分かったが、一体どこに連れて行かれるのか、クライス侯爵家に捨てると言った男の言葉が頭をよぎる。


 暫くした後、地に足が着き、目隠しを取られて周囲を見ると、広い食堂のような場所で、一人の中年が子供達に食事を配っていた。



 「旦那、これっていつまでやればいいんですかね? それにその女は?」


 ラルフが違法に集められた奴隷の子供達の世話をしていた。別にレイが頼んでいた訳ではなかったのだが、放っておけなかったのだろう。集められた三十人の奴隷達は全て十歳前後の少年少女達だった。鉱山で働かせるには幼過ぎて非効率だし、性奴隷として一部に需要があったとしても人数が多過ぎる。疑問に思ったレイは、アマンダの屋敷から押収した資料をラルフに調べさせていた。


 「この違法奴隷達は、この女に任せる」


 「「え?」」

 

 ラルフは、明らかに拉致されてきたように椅子に縛り付けられた女を訝し気な目で見る。女もレイの発言とこの状況に理解が追いつかずに困惑する。


 「この国の貴族が仕組んで被害に遭った子供達だ。責任はこの国の人間に取らせる。まあ、その前にこの女の正体を確かめるのが先だがな」


 レイはそう言って、メサという女を見た。女は、フードで顔を隠したままのレイを不審な目で見るも、違法奴隷の子供達、この国の貴族が仕組んだという言葉に、真っ先に浮かんだ名前を口にする。


 「ウォルト・クライス侯爵……」


 「お前が何者で、どんな理由で城直樹を尾行していたのか話せば、ウォルト・クライスが違法奴隷やその他の犯罪に関与している証拠をやろう」


 「なっ!」


 「だが、あまり時間は無いぞ?」


 「どういうことだ?」


 「さあな。ここから先はお前が何者か分からなければ話せない。それはわかるな?」


 十中八九、このメサという女が『王党派』、クライス侯爵とは敵対関係にある人間だと思っているレイは、面倒事をこの女に押し付けたいと思っていた。万一、予測が外れてこの女が『貴族派』だった場合は、首を刎ねるだけだ。



 しばらく悩んだメサは、意を決したように話し始めた。


 「私は、王家に直接仕えている者だ。……貴族にではない」


 「なっ、まさか、王家直属ぅ?」


 ラルフが女の発言に驚く。王家直属というのは実質、王直属の部下である。近衛騎士も同じように王家直属の騎士だが、この女は騎士には見えない。ということは、暗部の人間だということだ。それがすぐに分かったのはラルフが冒険者として同じような仕事をしているからだったが、冒険者として受ける仕事と、王家の裏仕事では、仕事の中身がまるで違う。自分達冒険者は依頼を選んだり、失敗して時には撤退する事もできるが、王家の任務に拒否や失敗は許されない。死ねと言われれば死ぬのが国の暗部だ。冒険者とは住む世界が違う人間だ。こうして尋問に対して簡単に口を開くような者達ではない。


 そんな暗部の人間が何故縛られている? とは疑問に思わないラルフ。大方、レイにつきまとったか、尾行でもして捕まったのだろう。女の素性には驚くが、その場でバラバラにされなくて幸運だ、ぐらいにしかラルフは思わなかった。ジルトロ共和国の議事堂での顛末もラルフはマリガンから聞いている。議員連中を手玉に取るような男だ。力だけの男ではないことをラルフは知っている。この女を殺さないのは何かに利用しようとしているのだろう。



 「私は、ウォルト・クライス侯爵の不正採掘の件を調べていた。『貴族派』筆頭であるクライス卿は、派閥傘下の貴族に不正な金の採掘をさせているとの疑いが以前からあったのだ。その調査中に、ジョウ・ナオキという冒険者の名が浮上し、その男を調べていた」


 「よくもまあ、殺されなかったもんだ。いや、殺された方がマシか。奴は人を闇魔法で操ることができたからな。その不正な採掘とやらも、冒険者を操ってやらせていたらしい。警備と鉱夫を兼ねた人材だ。奴隷と違って監視や警備、管理する人間が少なくて済むから発覚もし難かったんだろう」


 「冒険者だと? まさか、いくらなんでもどうやってそんなまとまった人数を? 疑われている採掘箇所は一つや二つじゃないんだぞ? それに、ジョウ・ナオキを直接調べる前に経歴は調べた。「竜」を単独で討伐したり信じられない経歴ばかりだったが、闇魔法を使えるなんてギルドの資料には無かったぞ!」


 「使えた、だ。もう死んでこの世にはいない。それに、冒険者ギルドのこの街の支部もグルだ。ギルマスのクライドだったか? ソイツも関与している。他国から集まってきた冒険者を城直樹の闇魔法で操り、奴隷にしていたんだ。因みに冒険者に掛けられていた魔法は、奴の死と共に解除されてる。今頃、違法な採掘場では反乱が起こってるだろうな」


 「「えっ!」」


 ラルフは支部とギルマスが不正に関与していること、メサはギルドの不正と反乱という言葉に驚く。


 「ギルド支部がそんなことを? いや、だからゴルブの爺さんに協力しようとしなかったのか。「S等級」に非協力的な態度はおかしいと思ったんですよ」


 「城直樹の存在があったからだろうな。なんせ『勇者』だ。強気に出ても何とかなると思ってたんだろう」


 「貴様は一体何者だ? ジョウ・ナオキが『勇者』だと知っていて、始末した、死んだと言っているのか?」


 「質問を返すようで悪いが、お前は城直樹が『勇者』だと何故知っている?」


 「奴の経歴を調べた時に何度も耳にした。それに、経歴もそうだが、あのクライス卿がA等級とは言え、一介の冒険者と直接会うはずがない。ジョウ・ナオキがお伽話にあるような『伝説の勇者』かどうかは分からないが、特別な人間だと思わなければ辻褄が合わないことが多かったのだ。実際に、大通りで騎士を差し向けたが、小隊がいとも簡単に無力化された。あの若さで信じられん戦闘能力だ」


 「なるほどな。クライス侯爵は『勇者』と手を組めたから、政敵であるハルフォード侯爵の暗殺に踏み切ったのか。城直樹の存在がクーデターを早めたのかもしれないな」


 「「くーでたー?」」


 「謀反のことだ」


 「「なっ!」」


 「謀反? それに、ハルフォード卿の暗殺だと? 確かに、不審な死だと別の者が調べているはずだったが……」


 「ジョウ・ナオキともう一人の『勇者』、フジサキ・アイが殺ったのは間違いない。二人はハルフォード家とも繋がっていた。確か、エルヴィンとかいう次男を当主にしてクライス家が操るつもりだったらしい」


 「まさか……」


 絶句するメサ。仮にその話が本当であれば、国家反逆罪だ。有り得ない。しかし、そう言い切れないほど、男の話には説得力があった。



 「旦那、話の途中ですが、どうやらお客さんのようですぜ?」


 「そうみたいだな。この女を救出しにきた訳じゃないな、流石に早過ぎる。大方、クライス侯爵が焦って証拠隠滅に動いたってとこか? 意外と有能だな。藤崎が戻らないことで判断したにしては行動が早い」


 「?」


 郊外の倉庫周辺を囲むように、騎士の一団が迫ってきていた。

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