第230話 出発

――『エタリシオン王都 東門』――


 「本当に歩いて行くつもりかい?」


 「結界を越えるまでな。結界を越えたら空を飛んでいくつもりだ」


 「それなら、結界までの数日も遠回りにはならないか……。逆に馬を連れてれば、途中で乗り捨てることになる、確かに合理的ではないかもね。まったく『女神の使徒』であるキミはともかく、二人も『飛翔魔法』が使えるのは驚きだよ……」


 城門の前で、レイ達はトリスタンやサリム王達と別れの挨拶をしていた。王自らの見送りに、付近の住民達が何事かと集まってくる。


 「娘を…… 頼む」


 サリム王がレイに頭を下げる。周囲からどよめきが起こるが、サリム王は気にせず真っ直ぐレイの目を見る。


 「ああ。 ……また来る」


 レイは軽く頷き、そう一言告げると、足早に門を後にする。リディーナは一瞬振り返り、サリム王を見るが、すぐにまた視線を前に戻した。


 「出発して良かったか?」


 「うん。また来れるから……」



 そう言って前を見るリディーナの胸には、青いプローチが光っていた。


 …


 「ふぐっ」


 「「「ッ!」」」


 遠ざかるリディーナを見て、サリム王が嗚咽を漏らす。


 「ちょっと、サリム……」


 「あ、兄上には分かるまいっ! 娘を二人も亡くし、リーナに瓜二つなリディーナが、ようやく余の元にと思ったところに、あのような不良ワルに娘を奪われる、余の気持ちがっ!」


 「ほ、ほら、立派な家を用意すれば、この国に戻って来る可能性が高いんだからさ! ね! 用意してあげよ?」


 「ふぐっ 何故、あんな不良ワルとの愛の巣を用意せねばならんのだっ!」


 「「「……」」」


 …

 ……

 ………


 『アーニーキーーー!』


 「「「……」」」


 森の奥から白い一角獣ユニコーンが走って来る。


 『いや~ アニキ! 待ちくたびれましたよ~』


 「こっちは待ってて欲しいと思ってなかったけどな」


 『ヒドイッ! それより、良かったらオイラの背中に……』


 「丁度いい。アンジェリカ、クレアと一緒に乗るといい」


 『……』



 アンジェリカがクレアと共にブランの背に乗る。


 『(オイラ、アニキに乗ってもらいたいんだけどなぁ……)』


 「すまないな、ブラン」


 ブランの小声の呟きに、アンジェリカが慰める。


 『いや、いいッス。アンジェリカちゃんもイイ匂いがするッスから』


 「ア、アンジェリカ……ちゃん? ……いい匂い?」


 

 『一角獣は人間の処女の匂いが好きな、ゲスな生き物でありんす』



 レイの腰から、唐突にクヅリの爆弾発言が飛び出す。


 「「「ッ!」」」


 その発言に一気に顔を赤くする女性陣。アンジェリカは顔を真っ赤にして俯いてしまい、女性陣が挙動不審になる中、ブランが空気を読まずにしつこく尋ねる。


 『ショジョ? ショジョってなんスか?』


 「「「……」」」


 「うっさいわね! この変態馬! ちょっと黙ってなさい!」


 『え~ なんでッスっか~? 教えてくださいよ姐さ~ん! この匂いってショジョってヤツなんスか? 姐さんはショジョの匂いがしな……』


 「黙れ」


 『……』


 レイの殺気を帯びた声に、ブランが黙る。


 (やっぱ、地球の神話と同じか……。まったくとんだ性癖だ。幸い欲情してるとかじゃなさそうだが、仮にそうならすぐにぶった斬ってやる……)


 …

 ……

 ………


 夜。


 焚き火を囲んで、レイ一行は夕食を摂りながら今後の予定を話していた。


 「最初の予定どおり、ラークへ寄るの?」


 「そうだな。直線距離なら『神聖国』の方が近いと思うが、山脈を越えなきゃならないし、森も深い。それに……」


 「「ラークには『勇者』がいる」」


 「そのとおりだ。ついでに始末しておきたい」


 マリガンから貰った地図を見ながらレイが答える。地球の地図に比べて大雑把なものだが、要所の位置関係の把握には役に立っていた。万一、紛失した場合に備えて『エタリシオン』の場所は記入していない。今の位置から北東に真っ直ぐ進めば『神聖国』だが、途中の『ラーク王国』で『勇者』を始末する為に、多少遠回りだが東へ進んでラークを目指すことにした。


 「でもラークには調査の為に『S等級』冒険者を派遣してるって話じゃなかった?」


 「ああ、トリスタンアイツが言ってたな。時間的に俺達の存在を伝えられるか分からないと言ってたが、上手く連携取れればいいけどな。確か『ゴルブ』ってドワーフの爺さんらしいが……」


 「ゴルブ老……?」


 「イヴ、知ってるの?」


 「本部付きの冒険者です。ドワーフのお爺ちゃんなんですが、まさか『S等級』だったとは知りませんでした。普段はお酒を飲んでるだけでしたし、とても調査に向いてる方とは……」


 「「ドワーフの爺さんねぇ……」」


 三人の頭の中で、メルギドの代表達の顔が浮かぶ。


 「悪い人では無いんですが、その……豪快と言うか何というか……」


 「なんとなく想像つくな。しかし、「S等級」というからにはそれなりに実力者なんだろう。その爺さんが『勇者』を始末してくれたら手間が省けるな」


 「あら、自分でやらなくていいの?」


 「ラークにいる城直樹ジョウナオキなんて知らんしな。誰が殺ろうが別に構わない。只、佐藤優子サトウユウコ吉岡莉奈ヨシオカリナなら俺達の手で始末をつけなきゃならんがな」


 「そうね……」

 「そうですね……」


 白石響と同じ『新宮流』の弓術を修めているなら、レイが始末をつけなければならない。それに吉岡莉奈は、ゲンマの仇だ。嬲り殺しにしたであろう所業は許してはおけなかった。


 …

 ……

 ………


 ――『ジルトロ共和国 首都マネーベル』――


 「行ったか……」


 「行きましたね……」


 マネーベルの魔導列車発着駅にいたマリガンとジェニー。今し方、『ラーク王国』王都フィリス行きの列車が発車したところで、二人はその見送りに来ていた。


 「しかし、あれで「S等級」なんですね~ レイさん達とは随分違いましたね」


 「ジェニー君、キミね、『大地のゴルブ』知らないの?」


 「知りませんけど?」


 「くっ! これだから若いモンは! けどまあ、確かに私もとっくに現役を引退してると思ってたから仕方ないか……。噂だが、ゴルブ老は二百年前に『勇者』と行動を共にしていた一人、……らしい。普段は只の酔っ払いジジイだから本当かどうかは誰も知らんがね。キレたらヤバイってのが、ギルマスの間では有名なんだが……」


 「誰でもキレたらヤバイと思うんですけど? というか、あんなに酔っ払ってて大丈夫なんですかね?」


 「さあな。もうここは出発したんだ、私達には関係ない。それに、何かあったら、同じ列車に乗って行ったバッツから報告があるだろう」


 「一緒には行動してないみたいですけど……」


 「一応、別件だし、巻き込まれちゃ堪らんからな。下手すればレイ殿達と『勇者』、それとあの爺さんが一堂に会するかもしれん。パッと行って、サッと帰る。バッツには距離を置くよう言い聞かせてある」


 「なんか、ちょっと見てみたいですけどね……」


 「私は死にたくない」


 「……」


 S等級冒険者『大地のゴルブ』。ラーク王国にいる『勇者』の調査の為に、本部から派遣されたその男は、ここ『マネーベル』の駅を経由して『ラーク王国』へと、出発していった。


 「周辺の酒場を軒並み飲み尽くして行きましたね」


 「……」


 「しかも、お金払ってないみたいですよ?」


 「……」


 「全部、ギルドが払うと言ってたみたいです」


 「……」


 「マリガンさん、聞いてます?」


 「聞いてるよっ! ちくしょうっ! どんだけ飲んでんだよ、あのジジイ! よくあんな小さな体であれだけ飲めるよっ! 請求先は本部にしろよっ! 何でウチなんだよっ! 本部に連絡しようにも、グランドマスターは不在だとか、居留守使いやがってぇぇぇ!」


 「それよりマリガンさん、その帽子どうしたんですか? 珍しいですね」



 「……聞くな」

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