第158話 刺客

 「くっ! 誰が言うかっ!」


 「あらそう? なら他の人に聞くわ」


 「は?」


 カヒュッ


 リディーナは宿周辺の路地裏で、容赦なく男の喉を斬り裂いた。辺りにはこの男の他にも二人の男が同じように首から血を流して倒れていた。


 (つい殺しちゃったけど、レイの方はどうかしら……)


 

 宿の周辺で複数の男達が嗅ぎまわってるのを確認し、見た目から『勇者』達ではないと確信したレイとリディーナは、深夜になるのを待って、手分けして行動を起こしていた。イヴは聖女とアンジェリカの護衛で部屋に残っている。


 男達が武装していたこともあり、レイからは殺してもいいと言われていたリディーナだったが、言われなくても何故見張っていたのかを聞き出してからというのはでは分かっていた。


 「レイと二人きりで過ごせると思ってたのに……」


 イヴが聖女とアンジェリカの護衛として、二人の部屋で寝泊まりすることが決まっていたので、レイと二人きりで夜を過ごせると思っていたリディーナは苛ついていた。


 …


 「ピ、ピアーズ…… アラン・ピアーズ議員……です」


 レイに首を掴まれ、腹に複数の短剣を突き刺された男が、振り絞る声でレイの問いに答えていた。刺された短剣はどれも急所が外れており、血は殆ど出ていない。だが逆にそのことが男の恐怖を搔き立てた。一緒にいたはずの男の連れはもうこの世にはいない。


 「……直接依頼されたのか?」


 「い、いや、……だが、あの執事から依頼を受けた…… ピアーズ議員のあのゴツイ執事だ、間違いない!」


 「執事の居場所は?」


 「中央区画っ! ピアーズ家の屋敷、い、一番大きな屋敷だ! 中央区画に行けばすぐにわかるっ! ……頼む、命だけは、た、助け、 ウッ カ……ハ」


 レイは、男の腹に刺していた短剣を抜き、心臓に突き入れた。


 「……人の命を奪うつもりで来たヤツが、命乞いなんかするな」


 簡単に依頼主の名前を吐き、命乞いをした刺客に腹が立ったレイだが、すぐにその素人臭さが気になった。自分たちを狙う理由と相手、心当たりは『勇者』か『教会』ぐらいしか思い当たらないが、どちらにしてもこんなチンピラを使うとは思えない。


 (何かの陽動か?)


 …

  

 「レイ、終わった?」


 始末した男の持ち物を調べていたところに、リディーナが合流してきた。


 「ああ。こっちは四人だ。そっちは?」


 「三人。でもごめんなさい。何も聞けずに始末しちゃった」


 「……。まあ、こっちはちゃんと聞いたから問題ない。とりあえず、先に死体を処理しよう。俺の魔法の鞄マジックバッグに入れる」


 「えー」


 「ずっと入れとく訳じゃない。……しかし、俺を殺るのに素人を七人か。どうやら不死者アンデッド襲撃のことは信じてないようだな。それとも……」


 短剣を回収し、死体を鞄に入れながらリディーナに呟く。


 「私達を殺しに来たの?」


 「いや、だけだ」


 「レイだけ?」


 「リディーナ、先に部屋に戻っていろ。寝てていいからな」


 「えっ? あっ ちょっと! ……んもう!」


 レイは、光学迷彩を自身に掛け、その場を後にした。


 …

 ……

 ………


 (リディーナめ、全員一撃で殺ってるじゃないか。……まったく)


 レイは、リディーナが始末した死体を魔法の鞄に放り込み、飛翔魔法でアラン・ピアーズの屋敷へと向かった。


 

 空から見ると街灯は疎らだ。だが、建物の判別には十分だった。その中でも一際大きな屋敷がある。あれがアラン・ピアーズ議員の屋敷だろう。レイは上空から強化した視力で屋敷の様子を見る。


 (深夜なのに、屋敷内ではまだ結構人が動いてるな……)


 屋敷の庭には装備が不揃いな私兵が二十人程。だが、屋敷内には金属鎧を纏った兵士が巡回している。


 (『勇者』が関係してると思ったが……。搦め手とは高校生ガキらしくない。それに、この国の議員に取り入ってるならもっと早く行動できたはずだ。……無関係か?)


 「とりあえず、あの執事を探すか」


 レイはそう呟いて、闇夜に消えた。 


 …

 ……

 ………


 「雇った者達からの報告はまだありません。今夜はもうお休みになられたら宜しいかと」


 アラン・ピアーズは、屋敷の寝室でワインを飲みながら執事の報告を聞いていた。大きなベッドの上には、裸の女が二人、退屈そうに寝そべっている。


 「大丈夫なんだろうな?」


 「はい、アラン様。所詮金で雇ったならず者です。捕まって口を割るか、今頃死んでるでしょう」


 「その者達が成功する可能性は?」


 「無いでしょう。私の見立てでは良くて手傷を負わせられるかどうかかと……」


 「それほどか? 先日会った時にはそうは思えなかったぞ?」


 「フフッ アラン様には分かりますまい。ですが、ご安心を。手筈は整っております」


 「……それより、ちゃんとリディーナに手を出さないように言い含めてあるんだろうな?」


 「それは勿論」


 「ならいい。行け」


 「はっ」


 …


 アランの寝室を出て、廊下を歩く執事は、辺りの不自然な静けさに気付く。


 屋敷内を巡回する兵士はおろか、庭にも誰もいない。


 (馬鹿な……。早過ぎる!)


 執事は周囲を警戒しながら、アランの元へは戻らず、屋敷の離れへと急いだ。


 …


 「アラン様ぁ~ リディーナってどこの女ですか~?」


 「そうそう! 私達以外にもまだ女がいるんですか~?」


 「ふん。貴様らのような売女共とは違うのだっ! 一緒にするな! 今日はもう出て行け」


 「「え~」」



 「十年待ったのだ。もうすぐ手に入る……。無駄撃ちはせん。ほら行け!」



 アランは女達を部屋から追い払うと、一人、ワインを煽り呟く。


 「そう。……ようやく見つけた。いくら掛ったかわからんぞ? 手に入れたらたっぷり可愛がってやる」 

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