第139話 侵入
大聖堂の鐘が設置された、尖塔の上に降り立ったレイは、鐘を鳴らし待機していた神殿騎士を、背後から腕を回し、頸動脈を絞めて昏倒させた後、光学迷彩を解除する。
レイが姿を見せたのを待っていたかのように、リディーナとイヴが、透明な姿のままレイに声を掛けた。
「レイ、着いたわよ。これ解除して」
「……」
「どうしたの?」
「解除ってどうやるのかちょっと分からん……」
「「え?」」
自分に施した強化魔法なら、魔力の供給を止めれば効果は解除される。しかし、他人に付与した魔法はどうなのか、答えは、どうしようもない、だ。自分の手元から切り離した魔力はコントロールしようが無い。放った火球が魔力を消費してその火が消えるように、他人に付与した魔法もその魔力が切れるまで放置するしかない。
「仕方ない、下に降りたら俺の後を左右に分かれてついて来てくれ」
「……わかったわ。イヴ、私はレイの右側につくから、あなたは左ね」
「了解です」
鐘の設置された鐘突き堂から、梯子を使って下に降りていくレイと、それに続くリディーナとイヴ。人の気配が無いことを確認し、下の屋根裏部屋のような造りの部屋に三人は降り立つ。
「そう言えば、さっきのってどうやってるの?」
リディーナは、レイが騎士を数秒で失神させた技を聞いてきた。
柔道の締め技に代表される技だが、正確に頚動脈洞を圧迫すると、人は数秒で意識を失う。慣れた者なら指だけでも人を失神させることができる。よく漫画やアニメで、首筋を手刀で打ち込み、失神させる描写があるが、現実にはほとんど不可能だ。厳密には首の真横、頚椎の、ある部分を直角になるように手刀を放てば相手の意識を奪えるが、タイミングや力加減が難しく、障害が残ったり、首が折れて死ぬ可能性が高く、現実的ではない。非殺傷目的なら頸動脈の圧迫で失神させる方が簡単だし、事後の後遺症も少ない。
この世界では、相手を無傷で捕らえる、無力化する技術が殆ど無い。原因は魔法の存在だ。身体強化や魔法が使える者を捕縛するにはリスクが大きいし、手間も掛かる。魔法が使えるかどうかは、見た目では分からないので、万一捕縛した者に逃げられれば、寝首を魔法でズドンだ。その可能性がある以上、殺す方が簡単だ。無傷で捕らえる技術は発展し難いだろう。
「思わず落としちゃったが、別に殺しても良かったな……」
「「?」」
こういった室内への潜入は、発覚を遅らせる為に、なるべく血が出ない方法で警備を無力化するのがセオリーだが、つい癖でやってしまった。教会が敵になる可能性が濃厚なので、一般の聖職者達はともかく、騎士達の生死は別にどうでも良かった。
「後で教える。まあ、あまり必要ない技術だけどな(……この世界では、な)」
「えー なんでよー」
「それより、イヴ。この建物の構造わかるか?」
「申し訳ありません。マネーベルの教会は訪れたことがありませんので、詳細は……」
「そうか、なら一部屋づつ確認していくしかないか……。それか、誰か適当なヤツに聞くか」
「面倒だから、正面から堂々と行けばいいじゃない」
「リディーナ……。別に俺は虐殺しにきたんじゃないんだぞ?」
「でも冷静に考えたら、レイがコソコソする必要ないと思うのよね。だって、レイが女神様に召喚されたのは事実なんだし、立場としては教会の聖女よりも上のはずよね? それを殺せって言って襲ってくるんだから、教会が女神様に反逆してるって捉えてもいいんじゃなかしら? 剣を抜いてたら始末しても問題ないじゃない」
「俺は自分が女神所縁の人間だって証明できないんだが……」
「「……」」
(リディーナって、結構思考が過激なとこがあるよな……。まあそこが俺的には気を使わなくて済むから最高なんだけど)
「けどまあ、床の材質的に無音で動き回るのは無理だからな。普通に調べて回ろう。騎士は殺していいが、非武装の人間は殺すな。だが魔法の詠唱をしたら殺していい。目的は聖女と白金の騎士だ」
「わかったわ」
「でも、私とリディーナ様は互いに姿が見えません。大丈夫でしょうか? 」
「そうだな。二人は手を出さない方がいいな。同士討ちになりそうで危険だ」
「えー」
「俺の後ろと魔法の詠唱にだけ警戒してくれればいい」
「承知しました」
…
古くて薄い木製の床は、やはり足音を消して歩くことは無理だった。どんなに足音を殺しても、体重で床の板が軋み、音が出てしまう。無音歩行は俺も訓練していたが、物理的に不可能な場所は勿論ある。昔の城などに作られた「鴬張り」など、重量に対して音が鳴る仕組みの床などは、無音で歩くことは現実には不可能だ。
飛翔魔法で浮きながらの移動なら音を出さずに行動できるが、足の踏ん張りがきかないので、とっさの行動が取れない。音を出さないこと以上のメリットが皆無なので、選択肢としては無しだ。
屋根裏の部屋を、階段を使って降りていくと、長い廊下といくつもの扉、宿の様に等間隔にドアが設置されていた。
「(ここは恐らく教会内でも身分の低い者の部屋です。ここには聖女様はいないかと……)」
イヴがレイに小声で耳打ちする。
その声に頷き、尚も下の階に足を進めるレイ。静まり返った通路が不気味だったが、下に降りるにつれ、騒がしい雰囲気が伝わってきた。
吹き抜け構造の、礼拝堂ホール上部通路に出たレイは、眼下に無数の神殿騎士達が集まってるのを確認した。礼拝堂奥の内陣には修道服を着た淡い栗色の髪の少女と、傍らには宿にいた白金の騎士、それに全裸で縛られ、猿轡をされた赤毛の女が吊るされていた。
「いいか、オメーらっ! 俺の偽者を殺せっ! 殺した奴にはこの女をやる。好きにしていいぞ?」
「「「「「「おおおおおおおっ!」」」」」」
白金の騎士の宣言に、雄叫びを上げて答える騎士達。だが、一割ほどの騎士は目を背け、奥歯を嚙み締めたような表情をしていた。
(なんとまあ……。清々しいほどの屑だな……)
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