第129話 銃と火薬

 マルクが用意してきた木箱には、大量の「火薬」と、一丁の「銃」がそれぞれ入っていた。


 「火薬」に関しては、所謂「黒色火薬」と呼ばれるもので、火薬の中で最も原始的な火薬だ。木炭に硫黄と硝酸カリウム(所謂「硝石」と呼ばれる鉱物)を混合したもので、火は勿論、摩擦や静電気、衝撃に敏感で、取り扱いには注意が必要だ。だが、化学的には安定しており、長期保存しても変質しないし、水で湿ったとしても、乾燥させれば変わらず使用できる。


 木箱に入っていた「火薬」は、皮袋に小分けされて入っていた。


 現代の高性能爆薬に比べれば、爆発の威力や使用に際するデメリットは多いが、人を殺傷するには十分な効果がある。主な欠点としては、使用の際に大量の白煙が発生するので、室内での使用は勿論、屋外でも発生する煙で視界が悪くなり、次弾の照準に支障が出る。連射式の銃の弾薬などの連続使用にも向いていない。


 それでもこの世界では、魔法による「火」や「雷」で簡単に遠距離から起爆でき、原始的な仕掛けでも起爆は容易なので、罠など様々な仕掛けや戦闘に利用できるので持っておいて損はない。魔法の鞄マジックバッグがあるので、保管にも困らない。



 一方の木箱には、「M-1ガーランド」という、第二次世界大戦中に米軍で使用された半自動小銃が入っていた。


 これには俺も驚いた。二百年前の『勇者』が持ち込んだ武器とマルクは言っていたが、二百年前の物とは思えない良好な状態だった。その状態にも驚いたが、第二次大戦中の銃自体にも驚いた。状態を確認したが、錆などは見当たらず、弾さえあれば、すぐにでも発射できそうな状態だ。


 当時、これを保管していた人間が、「A品」の魔法の鞄マジックバッグで保管していたからこその状態だったが、残念ながら弾薬は残っていなかった。この世界、この街の技術なら弾丸は作ることができるだろうが、発射薬に使用する火薬や雷管はまだ無理だろう。俺も細かい炸薬の配合知識までは無いので、再現はできそうにないが、現代の弾薬に使用される「無煙火薬」はニトログリセリンなどの化学物質の生成が必要なので、知識があっても生成には長い時間と研究施設が必須となるだろう。


 (これの弾さえあれば、勇者の暗殺も捗るんだがな……)


 この世界に来て、最初に遭遇した『勇者』共を投石で殺せたことから、遠距離から狙撃できれば、それを防ぐチート能力は殆ど持ってないと思われた。「銃」があれば暗殺は捗ると思ってはいたが、二百年前の「銃」と聞いて、ライフリングの無い火縄銃的な原始的な銃を予想していただけに、「M-1ガーランド」の存在は予想外だった。


 この世界に二百年前に持ち込まれたということは、地球とは最低でも一世紀ぐらいは時間の流れにズレがあるということだ。だが、それはまあいい。それよりも……


 (女神のヤツ、前回持ち物を持ち込めたなら、なんで俺の時はそれをしなかったんだ? 「銃」や「刀」を持ち込めたなら、現代兵器を持ち込めてれば、勇者の暗殺なんてすぐに終わってた。これは聖女を通じて確認しなきゃならんな……)



 「レイ殿、それを使ったことがあるんかの?」


 マルクが「M-1ガーランド」を手慣れた様子で確認するレイに尋ねる。


 「まあ何度か撃ったことはある。弾があれば、是非とも譲って貰いたいもんだが、これじゃあ、弾が無きゃ貰っても意味ないがな」


 アメリカの射撃場では、偶に試射できるものが置いてあったりする。現代のアサルトライフルに比べて一キロほど重いが、その所為で反動が少なく感じ、撃ちやすい銃と言える。有効射程距離は約四百五十メートル。命中精度は現代の狙撃銃には到底及ばないが、射程内なら悪くもないといった銃だ。使用弾薬は7・62×51mmNATO弾。装弾数8発。クリップと呼ばれる独特な弾倉が特徴的だが、残弾がゼロになると甲高い音と共に排出され、敵兵に弾切れを知らせてしまうので、当時の兵士からは不評だったという話がある。


 照準器スコープを取り付けるような設計はされていないので、アイアンサイトと目視で射撃するが、余程の熟練者でもなければ、人間大の標的を狙えるのは精々百~百五十メートルぐらいだろう。身体強化で視力を強化すればもう少し射程距離が伸ばせるが、精密な射撃は望めない。


 「それの弾は作れんのかの……」


 「無理だな。その火薬を応用した物が必要だが、俺にはその知識がない」


 「残念じゃのう……」


 気落ちするマルク。だが、この「銃」の構造を参考に、「魔導砲」を作ったというのだから、まだ希望はある。俺は、「銃」の構造の詳細をマルクに説明した。ひょっとしたら、魔法を応用した物で、炸薬の代わりを作れるかもしれないからだ。城壁の大砲が作れたのだ。雷管や炸薬が無理でも弾丸を発射する代わりの物は作れるんじゃないかと思った。


 …


 「なるほど、そういうことじゃったか……」


 「だが、通常の鉛や鉄じゃあ、この世界の魔物には通じないだろう。黒色火薬じゃ弾への威力も出せない。『龍』なんて絶対に無理だ。使用する弾丸は、魔銀ミスリル魔金オリハルコンじゃないと話にならないし、この火薬以上の発射する力がないと、魔物には通用しないだろうな。過去の勇者が銃に拘らなかったのも納得だ。通用する相手が限定的な上、銃本体と弾丸、それに剣や鎧も装備するとなったら装備重量がえらいことになる。弾が無くなれば、破棄するのは当然な判断だ」


 (仮に発射薬ガンパウダーと雷管が作れて、弾を作るなら理想はタングステンや劣化ウランだが、まあ無理だろうな。弾丸を魔金で作るなら、銃身も同様以上の素材で作らないとならないし、考えれば考える程、現実的じゃなくなってきたな……)


 「それに、すでに「魔導砲」がある。あれの欠点を解消する方を優先するのが一番いいだろう。この銃が使えるようになればいいが、それよりアレの威力の方が上だ。派手な閃光が無ければだが、「魔導砲」の方が全然いい」


 「今の話を参考に、取り組んでみるかの……」


 「出来上がったら、『魔操兵ゴーレム』と一緒に用意してくれれば助かるな」


 「承知した。まあ時間は掛かると思うがのぉ」


 「ちょっと! 結構色々持ってったんだから、ちゃんと作りなさいよね!」


 財宝を持ってかれたリディーナがマルクに突っ込む。


 「りょ、了解ですじゃ」


 「と、とりあえず、火薬は有難く貰っておくよ」


 「『魔操兵』を含めて、完成したら冒険者ギルド経由でお知らせしますじゃ」


 「了解だ。宜しく頼む」


 …


 新しく提供された装備を受け取り、俺達はようやく、この街を離れることにした。


 「やっと、目的が叶ったわね~」


 「ああ、随分長かったな」


 「何か忘れているような……」



 「「「あっ」」」



 俺達は、ジェニーのことをすっかり忘れていた……。

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