第103話 黒のシリーズ

 迎賓館別邸の会議室にいたユマ・クロズ・メルギドは、レイの様子に一人驚愕していた。


 ―『黒のシリーズ』―


 入手経路不明の『黒龍』の素材で作られた五つの武具。『魔刃メルギド』を筆頭に、メルギドの最高峰の職人達が創り出したそれは、どれもが破格の性能を有していた。反面、使用の際に装備者に多大な負荷が掛かるデメリットもあった。製作者は二百年前の七家代表達だったが、作った者達でさえ、その『呪具』のような性質を解明することはできず、改良も出来なかった。強力な性能を求めて、様々な強者、英雄と呼ばれる人間がそれらを望んだが、誰一人使いこなせず、ある者は命を落とし、またある者は命を落とさずとも、例外無く再起不能に陥った。それは二百年前の『勇者』も例外では無かった。


 二百年前の『勇者』の一人が、シリーズの一つ『魔黒の甲冑』を使用した際、戦闘後に肉体の血液が全て無くなり絶命したと伝わっている。その鎧は当時の勇者達に危険視され、いずこかに封印され、今も行方は分かっていない。



 ユマ婆が驚いたのは、レイがシリーズ中、三つを装備し、内二つを使用したにも関わらず、生きていたということだ。無論、無傷という訳ではなく、髪が白化し、左腕も失っている。だが


 この国が救われるなら、レイを犠牲にすることも厭わなかったユマ婆は、半ば騙すように『闇の衣』と『黒の杖』をレイに提供した。『鑑定の魔眼』を持つイヴがその性質を正確に鑑定してみせたのは計算外だったが、それを聞いてもレイは躊躇せずにそれらを使い、生還した。


 『黒のシリーズ』は命を喰う。並の人間なら使用した直後に死んでしまう程の『呪』。


 リディーナがこのことを知ればユマ・クロス・メルギドは只では済まなかっただろう。


 (レイ殿とは一体……)


 レイ達が『神聖国セントアリア』への旅順を話している間、ユマ婆は、冷や汗が止まらなかった。


 …

 ……

 ………


 「「「あの~ワシらの支援は……」」」


 「ん? ああ、すまんすまん。支援だったか……。具体的にどんな支援をしてくれるんだ?」


 「我らの技術と資産を自由に使ってくれて構わん。装備を整えに来たと先ほど言っておられたが、最高のモノを提供しよう」


 「……なら、リディーナとイヴの装備を最優先に。俺はあの『闇の衣』と『黒の杖』の手直しぐらいでいい」


 「しょ、正気かいっ!」


 ユマ婆が目を見開き叫ぶ。


 「レイッ! 何言ってるのっ! ダメよ、あんなモノ二度と使わせないわよっ!」


 「リディーナ、そのことは後で話そう……。爺さん達、頼めるか?」


 反対するリディーナを制止し、驚いた顔をした代表達に尋ねるレイ。


 「お二人の装備は任せて貰おう……。しかし、『闇の衣』と『黒の杖』の手直しじゃと? いや、またあれを使う気なのか?」


 ニコラを含め、ギルを除いた六人の代表達は、無論『黒のシリーズ』のことは知っている。常人なら二度と使用できない武具だ。それを使用して生きているだけでも信じられないのだ。再度使用することを前提にしたレイの注文に、一同言葉を失う。


 「別に常時使用する訳じゃない。いざという時の保険みたいなもんだ。それと同じような武具があといくつある?」


 「「「「「「ッ!」」」」」」


 「どうしてそれを……。いや、何故じゃ?」


 「やはりあるのか。……さあな。なんとなくだ」


 「……あと二つある。『魔黒の甲冑』と『墨焔の魔弓』はどちらも行方不明だ。ここには無い」


 ガルド・アマ・メルギドが神妙な面持ちで口を開く。


 「そうか……。まあいい。『闇の衣』は、外套マントにしてくれ。ローブのままだと刀が振れない。『黒の杖』はもう少しコンパクトに、できれば短剣サイズにして欲しい」


 「……仕方ないね。『闇の衣』は請け負おう」


 ユマ婆が手を挙げる。


 「『黒の杖』は私がやりましょう。ユマ様、宜しいですね?」


 カイン・ロド・メルギドが手を挙げ、ユマ婆に確認する。発言を受けたユマ婆が黙って頷き、レイ達に向かって口を開く。


 「リディーナ、出してくれ。……頼む」


 レイはリディーナに『闇の衣』と『黒の杖』を出すよう頼む。リディーナは泣きそうな表情で、黙って魔法の鞄マジックバッグから二つを取り出す。


 「後でちゃんと……、いえ、なんでもないわ」


 「リディーナ、すまん」


 二つの武具をユマ婆とカインがそれぞれ受け取る。


 「これとは別に、全員の衣服は作らせてもらうさね。『炎古龍バルガン』の素材もあることだしねぇ」


 「「「「「ババアッ! 抜け駆けすんじゃねぇ!」」」」」


 …


 その後は、『炎古龍バルガン』の素材を中心に、レイ達の装備をそれぞれ代表達が作ることが決まっていった。レイ達が魔法の鞄マジックバッグから『龍』の素材と、火口で手に入れた魔銀ミスリル魔金オリハルコンなどの希少鉱物を出すと、我先にと争うように素材を取り合う様は、とても国の代表の姿とは思えない有様だった。


 「それはワシのじゃっ!」

 「どけやジジイッ!」

 「骨は頂きますねっ!」

 「そりゃワシも使うっ!」

 「魔石は私が……」


 「「「「「ざけんなっ!」」」」」


 「皮はアタシが貰うさね~」


 「「「「「ババアは、すっこんでろっ!」」」」」


 …


 「「「……」」」


 「醜いわね……」


 「同感です」


 呆れたリディーナとイヴを連れて、レイはそっと会議室を後にする。

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