第91話 メルギド代表会議
―ドワーフ国『メルギド』 七家専用会議室―
メルギドの街の地下深くにあるこの会議室は、この国を治める七つの家の代表が、緊急時に会議を行う場所だった。『龍』の襲撃にも耐えられるよう地下深くに建てられ、専用の通路で各家から直接来ることができる特別な部屋だ。部屋には大きな円卓に七つの席、外の映像を投影したモニターのような魔導具や通信用の魔導具が設置されていた。
中世ヨーロッパの街並みばかりを見てきたレイには、近代的な室内に少々驚く。
七つの席には「メルギド」の名を家名に持つ、七人の代表が座り、その代表の一人であるユマ・クロズ・メルギドの後ろにはレイが立っていた。
ユマ婆の工房に戻ったレイ達は、服がボロボロになった半裸のレイをユマ婆に弄られた後、漸く話ができるようになった。ユマ婆とはたった数時間前に会ったばかりだというのに、本気で忘れてるのか、単にレイの体を触りたかったのかは分からない。股間を再度触られた時には軽く殺意を覚えたレイだったが、グッと堪えてこれまでの説明をした。ゲンマの工房が『勇者』に襲われ、殺害されていたこと、その勇者達から追跡を受け、戦闘を行ったと話したところで、街に警報が鳴った。ユマ婆に言われるままにここに連れてこられ、軽く打ち合わせをした後に、レイはこの部屋にいた。リディーナとイヴは、ユマ婆の手配によって別室で治療院のドワーフ達に治療を受けている。レイの左腕には包帯が巻かれており、治療はまだしていない。
「で? 本題に入る前に、その小僧は何者だ?」
真っ白な髪と髭を蓄えたドワーフの老人、ニコラ・ソド・メルギドがユマ婆に問い掛ける。背後のモニターには『
「部外者をここに連れてくるとは、ついに本当にボケたか? ユマ婆」
一際体格の大きい初老のドワーフ、ガルド・アマ・メルギドがユマ婆に苦言を言う。
「この御方はレイ殿。女神アリア様が遣わした『勇者』殿さね。ヒョッヒョッヒョッ」
ガタッ
「ババアッ! テメー、本気でボケやがったかっ! ふざけてんじゃねー!」
レイを除き、この部屋の中で一番若いドワーフの青年、ギル・アクス・メルギドが立ち上がり、激高する。男が纏う鎧は『
「まあまあ、落ち着いてギル殿。ユマ様、その者が『勇者』だと、どうして言えるのですか?」
ユマ婆以外で唯一の女性。ドワーフにしては珍しく落ち着いた雰囲気のある初老のソラ・シルド・メルギドは、ギルを窘め、レイを見ながらユマ婆に問う。
「レイ殿、アレを出して頂けますか?」
ユマ婆がレイにそう言うと、レイは
ドスンッ
「「「「「「――ッ!」」」」」」
円卓からはみ出るほど巨大な龍の手に、その場にいた全員が絶句する。
「これが証拠さね。先日レイ殿が火口に潜む『炎古龍バルガン』を討伐した。コレがそこらの亜竜のものじゃないことは、お主らには一目瞭然じゃろ? 『勇者』以外の誰が同じことができるんだい?」
「馬鹿な……」
先程、窘められたギルが信じられないと、立ったまま呟く。他の代表達は『龍』の手に釘付けだ。
「手だけですか? 討伐したなら、他の部位もあるんですよねっ?」
眼鏡を掛けた、知的な雰囲気のある中年の代表の一人、カイン・ロド・メルギドが他の代表を押し退ける様にして、興奮しながらも丁寧にレイに尋ねる。
「死体は全て持ち帰ってある。まあ分割はしてるが……」
「そっ、それを譲ってくださいっ!」
「「「だめじゃっ! ワシらも欲しいっ!」」」
「まあまあ、皆様落ち着いて……。それ、私にも譲ってください」
「「「抜け駆けする気かババアッ!」」」
ドワーフの代表者たちが、我先にと『龍』の素材を求め、言い争いをはじめた。後に知ったが、国の代表である前に、職人としてそれぞれ専門の武具の部門の長である彼らは、貴重な素材でモノを作ることへの興味が何より優先される気質があるそうだ。ユマ婆もドサクサに紛れて「皮はアタシが使うヨ」とか言い出し、さらに場が騒がしくなる。
―『未知の魔獣、大砲の射程距離に入りましたっ!』―
話が脱線し、騒がしい室内に通信用の魔導具から連絡が入る。
「「「さっさとぶっ放せっ!」」」
モニターに映る魔獣を見もせずに、通信用魔導具に怒鳴るドワーフ達。
(コイツら全然危機感無ぇーな……)
「オホンッ! まあ、素材のことは後でじっくり話をさせてもらうとして……。まずはあの魔獣じゃな。それとユマ婆、この事態に『炎古龍バルガン』を討伐した者を連れて来たのは何か関係があるのか?」
ニコラが、平静を取り繕いユマ婆に尋ねる。モニターには魔獣に向かって大砲が火を噴いていた。まるで『龍』以外は眼中に無いと言わんばかりに、代表の面々は魔獣より『龍』の素材に目がいっていた。
「話すと長いがの、あの魔獣は『勇者』らしいのじゃ。オブライオ王国が召喚した『勇者』の一人らしく、レイ殿はその勇者達を止める為に女神アリア様から遣わされた御方じゃよ」
「「「なんだとっ!」」」
「あのデカい魔獣は勇者の一人が変化したものだ。能力か魔導具か、どうやってあんなバケモノになったかは分からないが、ただのデカい魔獣だと思ってると危険だぞ?」
自国の防衛戦力に自信があるのか、あまり危機感が無いように見える代表達にレイは釘を刺す。モニターを見ると派手に煙が上がり、大砲の弾が次々と魔獣に着弾しているが、たいして効いていないのは画面越しにもわかる。
「
「ちょ、ちょっと待て! オブライオンが勇者の召喚だとっ! 聞いてないぞっ!」
「アタシも今日知ったさね。どうやら今回現れた『勇者』は少々厄介なようでな。昼前にゲンマのトコで火事があったじゃろ? あれも『勇者』の仕業らしいんじゃ」
「なんだと……?」
大柄なドワーフ、ガルドの肘掛が握り潰される。ゲンマの知人なのか、額に青筋を浮かべて怒りの形相に変わった。
「その話は後だ。今はあの魔獣の対処を考えてくれ。俺は魔力の回復に時間が欲しい。半日持たせられるか?」
「オイ、テメー…… 何を偉そうに言ってやがる? 俺の部隊を舐めてんのか? 誰だか知らねぇが、『龍』の素材を持ってるからって、テメーが討伐したって証明にはなんねーんだよっ! ボケたババアの話が信じられると思ってんのか?」
「……」
ギルがレイを睨む。纏っている装備からして『
「さあな。アンタたちの戦力は知らないが、俺は俺で勝手にやるだけだ。婆さん、悪いが俺は少し休ませてもらう」
「「「あっ」」」
そう言って、『龍』の手を
レイは自分の不甲斐なさに、静かに苛立っていた。
(リディーナもイヴも良くやってくれた。未知の能力を有した『勇者』達相手に、一歩も引かずに倒し、撤退させた。俺は何をした? 二人がいなければまた死んでいたかもしれない……)
実際には、レイが行った日々の指導がなければ二人は『勇者』に対抗できなかったし、レイの結界や加藤拓真の氷の魔法への対処がなければ、戦闘にもならずに殺されていたのだが、レイはそんなことは考えていなかった。本来であれば、女神に直接依頼を受けた自分がすべてを処理するはずだったのだ。二人に感謝する気持ちの一方で、自分の力不足に苛立った。
(山本ジェシカは俺が殺す)
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