第81話 炎古龍バルガン

 休憩を終え、登攀を続けたレイ達三人は、火口を見下ろす頂に来ていた。既に、レイの『氷魔法』によって結界内の温度調整を施している。火口付近は景色が歪むほどの高温だ。


 「婆さんが火口を降りればと言っていたがこういうことか…… 」


 「底が見えないわね」


 「降りられそうな足場もありませんね…… 」


 火口は噴煙を上げながらも、ポッカリと大きな穴が底が見えないほど深く開いていた。


 (真っ直ぐ縦に続いている。自然にできた穴じゃないな…… )


 「二人共『飛翔』は使えるな? ゆっくりでいい、降りていくぞ」


 「わかったわ」


 「大丈夫です」


 レイ達三人は、『飛翔』の魔法でゆっくりと火口の大穴を降りていく。『飛翔』と言っても二人はまだ浮けるレベルで、自由自在に飛び回るというよりフワフワ浮きながら移動するといった状態だ。とてもこのまま戦闘行為を行えるレベルではない。


 大穴を下っていくにつれ、外の光が届かなくなってきたが、壁から湧き出る様に流れる溶岩で薄暗いながらも視界は保たれていた。


 穴の底と思われる空間に到達すると、そこには溶岩の海が一面に広がり、浮島のように岩が点在している場所に出た。


 (なんつーファンタジーな光景だ。結界と氷魔法を解いたら速攻で燃えちまいそうだ…… )


 奥に一際大きな横穴が続いているので、三人はそちらへ向かう。横穴は溶岩が少なく、歩いて通れるが、地面も恐ろしく高温だ。


 「レイ、魔力は大丈夫? 」


 「心配ない。まだまだ余裕だ。『龍』との戦闘も考慮はしているが、二人はなるべく魔力は温存しておいてくれ。万一の時は頼むぞ」


 「わかったわ、任せて」


 「承知しました」


 (とはいえ、帰りの結界維持と氷魔法の温度調整ができる分は残しておかないと拙いからな…… )


 グオオオオ……スピーーー……グオオオオ……スピーーー


 横穴の奥に進むと、大きな呼吸音が聞こえてくる。生き物の寝息のようだが、規模が大き過ぎる。これが生物の寝息だとすると、相当大きな生物だ。



 「「「…… 」」」


 「いた…… 」


 奥には巨大な『龍』が横たわり、寝息を立てていた。


 「(イヴ、『鑑定』できない? )」


 リディーナが小声でイヴに尋ねる。


 「(目が閉じているので無理です…… )」


 「あれが婆さんの言っていた『炎古龍バルガン』か? 凄いデカさだ…… 」


 丸まっているが、尻尾まで入れれば五十メートルは優に越える全長だろう。真っ赤な鱗に覆われ、口元にはびっしりと牙が生えており、手足の爪も巨大で鋭い。頭部には二対の角が生え、広げれば体より大きそうな翼が畳まれている。西洋の竜そのままの体形だ。鼻孔からは寝息が送風機のように規則的に噴き出されている。


 (『龍』というより『ドラゴン』って感じだな…… )


 不意に『龍』の寝息がピタリと止まる。重そうな瞼が開かれ、爬虫類特有の縦に広がる瞳孔の瞳がレイ達三人に向けられる。


 『我の眠りを妨げるとは、何者だ? 』


 (頭に直接響くような声だ。『龍』の口は動いていない。テレパシーみたいなものか? )


 「言葉が通じるのか? アンタの素材が欲しくてね。少し譲ってくれないか? 」


 『フハッ、ハハッ、ワーハッハッハッ! 』


 大きな口を開けて『龍』が笑う。巨大な尻尾がビタンビタンと跳ね、地面を揺らす。リディーナとイヴがレイの外套を掴む。



 『死ね』



 ピタリと笑うことを止め、その大きな口が開いて魔力が収縮していく。


 (文献にあった息吹ブレスかっ! )


 「二人共っ! 俺から離れるなよっ! 」


 ―『吹雪ブリザード』―


 レイは、無詠唱で氷魔法を放つ。細かい氷の粒が無数に『龍』の息吹と衝突する。周囲の壁が瞬く間に凍り付き、壁を流れる溶岩が氷柱に変わる。レイの放った氷魔法は徐々に『龍』の息吹を押し返し、氷の塊と化した息吹が粉々に砕けていく。


 『なん……だと……? 』


 レイは『吹雪』の魔法に魔力を注ぎ、徐々に温度を下げていく。温度の下限、絶対零度の-273.15度。地球でまともに教育を受けた者ならその温度は知っている。だが、実際に体験、事象を目撃した者はいないだろう。それはレイも同じだ。レイは、温度を徐々に下げていくことで、その温度を目指していた。


 (くっ、思ったより魔力の消費が激しい。それに絶対零度に到達できたとして、まともに『龍』に浴びせれば、素材どころじゃない)


 意図的に吹雪を龍の腕に向け、その龍の腕が凍り、砕けたところでレイは魔法を停止する。


 半身が霜に覆われ、片腕が砕けた様を見て、『龍』が呟く。


 『馬鹿な……この『フレイムエンシェントドラゴンバルガン』を凍らせるだと……? その魔法の威力はなんだ……? 貴様、何者だっ! 』


 「控えなさい! このお方は、女神アリア様の使徒! レイ様ですっ! 」


 イヴがレイの前に出て叫ぶ。


 (うおっ! 吃驚したっ! えー、ちょっとイヴ? なんか水戸〇門みたいで恥ずかしいんですけど)


 『龍』の瞳孔が開き、レイとイブを凝視する。


 『馬鹿な……『天使』? いや、違う、なんだ貴様は……。それに小娘ぇ……我が同胞の血が混じっておるな? 我をようとするなど無礼千万! 我は火龍の王ぞ? 』


 「「「え? 」」」


 「イヴって『龍』の血が混ざってるの? 竜人? 」


 「え? いや、分かりません…… 」


 「いやいや、どう考えても無理があるだろう? 目の前のアレみろ。その……なんだ…… 」


 (どう考えても人と交尾なんて無理だろ? )


 『ふんっ、己の出自を知らぬか……。大方、同胞が戯れに「人化」して作った落とし子だろう。「人」などという下等生物とまぐわうとは『龍』の恥さらしよ! その穢れた忌み子である小娘が、我に向かって口を開くなど……万死に値する』


 「ちょっと! そんな言い方ないでしょ! 」


 『ギャアアアアア』


 巨大な龍の尻尾が半ばで切断された。いつの間にかレイが黒い刀を抜き、目の前の尻尾を斬りつけていた。


 「いけそうとは思ったが、凄い斬れ味だな。魔力は全く通せてないから素の刀の性能か。まあいい、おい蜥蜴野郎、あまり不快な言葉を吐くな。出自に関して子に罪はないだろうが。デカい図体のくせに、器は小さいな」


 『わ、我の尻尾がぁぁぁ! き、きさ…… ガババババババ…… 』


 「あら、いつもより『雷撃』の威力が凄いわ? 」


 リディーナの放った『雷撃』が『龍』の全身を駆け巡り、プスプスと『龍』の全身から煙が上がる。


 「恐らく超伝導現象だ。ここの気温は今、かなりの低温だからな。電気抵抗が殆どないから電撃が通り易くなってる」


 「「チョウデンドウゲンショウ? 」」


 「……あとで説明する。それよりリディーナ、俺達はコイツの素材目当てなんだ。ダメになっちゃうぞ? 」


 「あら、うっかり。ちょっとムカついちゃって咄嗟に撃っちゃったわ」


 「しかし、これが『古龍』? 全然大したことないな…… 」


 「先程、少し『鑑定』できたのですが、生まれてまだ二百年ほどみたいです。『炎古龍バルガン』という名も間違いないようです。それ以外は抵抗レジストされて視れませんでしたが…… 」


 「おかしいわね……。二百歳って全然若いじゃない。それが『古龍』? 」


 文献にも『古龍』は数千年を生きた『龍』とあった。まあそんなに観測できたとは思えないからあくまで予想だろうが、二百歳ならあのユマ婆より若いってことになる。なにか変だな……。


 『カァァァッ! ムシケラ共ぉ! 我を愚弄するかぁぁぁ! 』


 怒り狂ったように雄叫びを上げて『炎古龍バルガン』が叫ぶ。尻尾の再生はしていないが、先程の『雷撃』の傷がみるみる塞がっていく。それと同時に急速に龍の周りに魔力が集まり、炎の壁が周囲に吹き上がる。


 「二人共、俺の傍に。……離れるなよ」


 炎の壁が四方に広がり、津波のように押し寄せる。周囲の空間が丸ごと高温の炎に包まれ、壁や地面の岩が溶けている。数千度はあるだろう。


 『下等生物共ぉ、灰になって後悔するがいいっ! 』


 激しい炎が辺り一面を焼き尽くし、暫くしてその炎が消えていく。


 

 『フハハハハ…………は? 』



「まったく、さっきの魔法を見てなかったのか? お前の炎ぐらいじゃ防ぐ手段はいくらでもある。俺を燃やしたきゃ、太陽ぐらい持ってこい」


 レイは自身を中心に結界を二重に展開し、真空の層を形成、真空断熱の要領で炎と熱を防いだ。先ほどの『吹雪』で周囲の炎を押し返してもよかったが、魔力をかなり消耗するのと、『龍』の素材が駄目になってしまうので、結界を展開して防ぐ方法をとった。


 レイは、黒刀『魔刃メルギド』を手に、『炎古龍バルガン』目掛けて走る。


 『ま、待てっ! 』


 一閃。


 レイの黒刀がバルガンの首を刎ねる。斬撃が後ろの壁にも届き、刀の刀身以上の範囲を斬り裂いた。


 「キャアーーーッ! レイっ! 熱ーい! 戻ってきてーーー! 」


 レイは慌てて『氷魔法』を展開し、周囲の温度を下げる。レイが二人の傍を離れたことで、結界から二人が出てしまった。先ほどの炎で周囲はまだ高温状態だったので、二人に熱い思いをさせてしまった。


 (ふぅーーー、とりあえず何とかなったか……。しかし、拍子抜けだな……。文献にあった程の強さは無かった。本の描写が誇張されてたとしても何か違和感を感じるな…… )

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