第61話 魔眼

 イヴの左目を治療した翌日、レイ達はマネーベル郊外の森の中にいた。再生したイヴの左目『炎の魔眼』が正常に機能するか確認する為だ。



「よし、この辺でいいだろう。辺りに人の反応も魔物もいない。俺とリディーナは水魔法も使える。延焼は気にしなくていい」


「わかりました」


 イヴは、少し離れた倒木に向かってカッと目を見開くと、一瞬で倒木が激しく燃え上がり、すぐに炭化して火が消えた。


「「……」」


「す、すごいじゃない……。見た物だけ燃やすの? 周囲に延焼もしてないし、凄い能力ね……」


(木が一瞬で炭化した……一瞬? ひょっとして対象を燃やす能力か? 魔法のように炎を作ってぶつけるプロセスが無い。外部から熱せられて燃えるより、対象物自体が燃えるから燃え尽きるまでの時間が早いのか。これはヤバイ能力だ)


「はい。対象の大きさによって消費する魔力も変わるのですが、あのぐらいでも一日に三回ぐらいが限界です。それに、三秒ほど見つめないと発動できません」


「燃費は悪いってことか。暗殺向きではあるな。能力を知らなければ、三秒なんて無いも同然だしな」


 いくら強力な能力とは言え、三回攻撃したら魔力切れになるなら、戦闘の条件がかなり限定される。多対一の戦闘は厳しく、戦争のような野戦には向いてない。だが、室内でも延焼を気にせず使えるのは大きい。他の属性魔法では難しいが、火の属性なら死体を消せる。それを室内でも一瞬で行使できるのなら確かに暗殺者向けだ。おまけに『鑑定』の魔眼でターゲットの間違いも無い。


『鑑定』の能力だけでも重宝しそうなものだが、何故教会はイヴを不要としたのかが不可解だ。イヴを傍におけば暗殺を防げるだけでなく、来客の素性も見るだけでわかるんだ。権力者なら喉から手が出るほど欲しい人材だ。いくら戦闘力が失われたとはいえ、それだけで処分するにはもったいない気がする。


『鑑定』されては困る……のか? 『鑑定』されたら困る人間が教会にいる、もしくは『鑑定』させたくない人間がいる、ということか? ……まあ推測だけでいくら考えても仕方がないが、どうも教会がキナ臭いな。確か、聖女があと二人いたんだっけか、何か起こる前にコンタクトを取っておくべきか……。


「『鑑定』は相手の目を十秒以上見つめないと鑑定できないので、同時に行うのは難しいです」


「ターゲットには必然的に顔、もしくは目を見られるわけか」


「真紅の瞳は珍しいから、確実に殺らないと覚えられちゃうわね」


「はい……」


「まあ、『魔眼』の能力も元に戻って何よりだ。イヴには後で『火』についてレクチャーしてやろう。現象の理解が深まれば、恐らく炎の威力も上がるだろうからな」


「?」


(あれ以上、威力を上げる必要は無いかもしれんが、威力のコントロールを調節できれば、回数の増加に繋がるかもしれんしな)


「それと、闇の属性魔法も使えるといっていたな?」


「『睡眠スリープ』と『麻痺プララセス』の二つだけですが……」


「ちょっと俺に掛けてみてくれ」


「「……」」


「リディーナ、何故そんな可哀そうな人を見る目で見るんだ?」


「前に、あえて毒草を食べたとか言ってたけど、やっぱちょっと変よレイ?」


「何事も体験してみないと分からないこともあるだろう?」

 

「……無理です、できません! レイ様に魔法を放つなど!ご容赦下さいっ!」


「大げさだな……」


「『睡眠』も『麻痺』も命の危険があるんですっ! 魔力の加減を間違うといつ目が覚めるか分からなかったり、心臓が止まったり、呼吸ができなくなるんです! 闇の属性は教会では禁忌なんです。なので、誰にも言えず、ほとんど使った事が無いので調節できる自信がありません! ですから……」


 土下座して謝るイヴ。リディーナは俺を責めるような目で見てくる。


「わ、わかったよ。もういいからとりあえず土下座は止めてくれ」


 見た目は同い年ぐらいだが、俺の中身は四十過ぎのオッサンだ。娘ぐらいの年の子に土下座で謝られると精神的にキツい。いや、同い年でもダメか。


(このイヴの土下座癖はなんとかしないといかんな)


「じゃあ、次は短剣術だ。どの程度か見たい。これは絶対見せてもらうぞ」


「……わかりました」


 イヴに俺の短剣を貸してやる。俺は無手で構え、かかってこいと手招きする。


「え?」


「本気でやれよ? 俺が素手だからと手を抜けば、今からでもギルドに戻ってもらうぞ? 怪我も気にしなくていい。魔法で治せるからな。まあ怪我をさせられれば、だけどな」


「イヴちゃん、本気でやった方がいいわよ? 多分敵わないから」


「……わかりました。……いきます」


 多少気分を害したのか、イヴは意を決して、短剣を逆手に持ち、流れるような動きで攻めてくる。巧妙に短剣の出所を隠しながら刃で舐めるような攻撃だ。いくらか自信はあったのだろう、十代とは思えない良い動きだ。だが……。


「足元がお留守だな」


 イヴの踏み込みに合わせて足払いをし、イヴの体勢を崩す。掌底で短剣を持つ腕の肩に触れ、短剣の出だしを封じると、そのまま腕の関節を極めて短剣を奪う。


「もう一度だ」


 短剣をイヴに返し、再度やらせる。


 その後も何度も体術で短剣を奪い取っては、イヴに返し、繰り返しやらせる。


 …


「よし、これぐらいでいいだろう、大体分かった。並のヤツなら負けないだろうが、技術がある奴には不意を突かないと厳しいな。だが、その年にしてはいい動きだ。まだまだ伸びしろはあるからこれからもっと良くなるはずだ」


「はぁ、はぁ、はぁ……あ、ありがとう……ござい……ます」


(うーん、やはりこの世界の対人技術はまだ未熟だな。まあイヴがまだ十代の若者ってことを差し引いても技術自体が洗練されてない。リディーナもそうだったが、戦闘に於いて精々二、三手先までしか想定してない。魔法の存在や武器の材質の差が大きいからか、一撃で勝負がつくことが多いのか、攻撃が単調になりやすい。俺にはこの後どう動くかの予測の選択肢が片手以内に収まるレベルだと悪いが相手にならない)


「今後は、リディーナと一緒にイヴも稽古をつけてやる。魔法に関する講義もだ。闇の属性魔法が使えるってことは、他の魔法も使えるようになるだろう。炎の魔眼もあるし、火の属性も習得は容易なはずだ」


「うえぇ……」


 講義が嫌いなリディーナがげんなりした顔をする。


 俺は、肩で息をするイヴとリディーナを座らせ、『火』に関する講義をはじめた。



 ―『やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ』―


 旧日本軍の海軍軍人、山本五十六の人材育成に関する名言の一つだ。前世の裏道場で外国の軍人に教える時にはいつもこの言葉が頭に浮かんだものだ……。外国人アイツラは、言葉で言っても信じないからな。やって見せてやらないと、できると信じないし、やらせてみないと、自信満々にそんなの余裕だよと、調子に乗ったり、やる前から無理だよと匙を投げる。この世界の人間に、地球の科学的視点で魔法を説明する時には、このやり方じゃないと伝わらない。


 この世界には、そもそも温度とか、数値基準がほとんど無いのだ。熱い、暖かい、冷たい、寒い、のような表現ぐらいしか基準が無い。宿の風呂も魔道具で水を出して、水を加熱する魔道具で適温にしている。熱ければ水を足す方式だ。だからなのかシャワーは無い。空調の魔導具も同じような方式だ。風を発生させる魔導具、空気を温める、冷やす魔道具がそれぞれ必要だ。



「それではまず『火』とは何なのか? から説明する」

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