第59話 イヴ②
「イヴ、いい加減もう帰れ」
ギルドを出て、宿へ帰る途中の俺達に、イヴが後ろからついて来る。
「いえ、お供させて頂きます」
ギルドからずっと同じ様なやり取りを繰り返している。俺にとって、鑑定の魔眼は非常に魅力的だ。もし、勇者の能力もその眼で鑑定できるとしたら、今後の仕事に有利だ。だが、得体の知れない者を連れていくのも、巻き込むこともしたく無かった。
それに気になる点もある。
イヴの所作は、確実に特殊な訓練を受けた者の動きだ。ギルドの職員として戦闘訓練はしているかもしれないが、音を出さないように歩いたり、他人の死角に身を置こうとする隠密系の動きはイヴの年齢にそぐわない。
「イヴちゃん、歳はいくつなのー? 」
「十八です」
「若いわね~ それに青い髪って珍しいわよねー」
「亜人の血が色々混ざってるそうですが、何の種族まではわかりません。自分は鑑定できませんので」
リディーナはついてくることに反対も肯定もせず、色々イヴに話しかけている。一体どういうつもりなのか……。
「ふーん、両親は?」
「おりません。捨て子でしたので。赤ん坊の頃、教会に捨てられてたそうです。孤児院で育ち、ギルドで仕事をするようになって今に至ります」
「大変だったのねー 」
この世界で孤児は珍しくない。やたら女性の比率が多いのも、男が死にやすいからだ。主な理由は魔物だ。この世界では農民の比率が一番多いが、村や畑は街のような城壁は無い。農作業中に魔物に襲われて親を亡くす子供は珍しくないそうだ。
街で孤児になる場合は、生活苦は勿論、冒険者の親が依頼中に亡くなった場合と、娼婦が仕事で身篭り、産み捨てる場合が多い。この世界では避妊は手軽なものではないらしく、高価な薬草や魔法で避妊や堕胎をするらしい。どちらも一般的な方法ではなく、仕事で妊娠することは珍しいことではないようだ。大規模な娼館では、託児所の様な施設も併設され、娼館で生まれ育つ子供もいる。
いずれの情報もロメルの酒場で仕入れた情報なので、どの国でも同じかは分からない。大きな街では娼館が当たり前のようにあるが、俺は利用したことは無い。性欲が無いわけではないが、地球ですら安全な風俗などないのだ。衛生面が遥かに劣るこの世界では病気になるのは間違いない。
「レイ、ちょっとお茶しましょう」
「?」
リディーナは俺とイヴを連れて強引に個室のあるレストランに入って行く。この街のレストランは商人の集まる街なだけあり、どの店も商談用に個室がある。
店に入り、紅茶を三つ頼んだリディーナ。
「さて、ちょっとお話ししましょう」
「どうしたんだリディーナ?」
「ちょっとね。……ねえ、イヴ、あなた暗殺者? それとも異端審問官かしら?」
「ッ!」
イヴが目を見開く。暗殺者だとしたらこの時点で失格なのだが、まあいい。
「闇の精霊が憑いてるわよ? 少なくともただのギルドの職員ってわけじゃないわよね? 教会で育って、アリア教徒。けど闇の精霊が憑いてる、なんか色々引っかかるのよね~」
「……」
「レイの従者になりたいって、教会の密命でレイを暗殺でもする気かしら?」
「そんなんじゃありませんっ!」
常にクールな立ち振る舞いのイヴが声を荒げる。
(俺の時と言い、いくら精霊が見えるとはいえ、リディーナの勘の鋭さはなんなんだ? 別に付き合ってる訳でも何でもないし、行く気も無いが、娼館なんぞに行ったら一発でバレそうだ)
「アナタ、レイと一緒にいたいんでしょう? 理由は分からないけど、なんとなくわかるわ。でもね、あなたが何者か、何の目的でレイといたいのかがわからないと私は許可できない。レイが女神アリアの使徒かもしれないからってだけじゃ、理由としてはちょっと弱いのよね」
「どういうことだ?」
「例えばだけど、仮に普通の信徒だったとしたら、まず教会に報告しない?」
「確かにそうかもしれないな」
「……私は教会に捨てられましたので」
「どういうこと?」
「リディーナ様の仰る通り、私は孤児として教会に引き取られた後、この魔眼の能力を見出され、教会から特殊な訓練を受けました。異端審問官として暗殺者になるための訓練です。私は異端審問官でしたが、半年前に片目と共に戦闘能力を失い、教会からは放逐されました」
「片目と共に? どういうことだ?」
「私は左右の目で異なる魔眼を持っていました。右目は『鑑定』、左目は『炎の魔眼』です」
「左右で異なる魔眼なんて聞いたことないわ……」
「このことは教会でも極一部の者しか知りません。『炎の魔眼』を失った私は、お世話になった枢機卿の計らいで、冒険者ギルドの『鑑定人』として働くことになり今に至っています」
「戦闘能力を失って捨てられるなんて、教会もずいぶん薄情ね……」
「教会の裏を知った私は、本来なら戦闘能力を失った時点で処分される予定でしたが、ある枢機卿のおかげで、放逐で済みました」
(確かに裏の世界では当たり前のことだ。裏事情を知る人間は必要が無くなれば消される。一般人のように会社を辞めて済むわけじゃない。教会という神聖なイメージがあっても裏があるのはどの世界も一緒だな)
「それとレイに従う理由はどう関係あるの?」
「勇者を討つ者の降臨……」
「「ッ!」」
「オブライオン王国の聖女様が、最後に残された言葉です。私は、聖女様を殺した者を調査、処刑する為にオブライオンに派遣されましたが、逆に返り討ちに遭い、左目の魔眼を潰されてそれは叶いませんでした……。任務に失敗し、力を失って教会から捨てられた私に、聖女様が残された言葉どおりの御方が目の前に現れた時には、女神様のお導きかと思いました」
「……聖女を殺した犯人は分かってるのか?」
「お恥ずかしながら、対象者が多く特定には至りませんでした。しかし、オブライオンで召喚された勇者達、男の内の誰かということは分かっています」
「何故、男だと?」
「遺体に……せ、性的な……暴行の痕が……」
イヴの肩が震えている。よほど酷い状態だったのだろう。
「イヴを襲ったヤツは?」
「わかりません。突然襲われ、何が起こったか分からないまま、相手の顔はおろか、性別も分からず命からがら逃げだしました。あの時、刺し違えてでもやるべきでしたが、聖女様の残した言葉を教会本部に伝えることを優先しました」
「その言葉は勇者にも伝わってるのか?」
(勇者を殺す存在が降臨するなんてアイツらが知ってたとは思えない。知ってたらあんなに余裕ぶってないだろう)
「いえ、聖女様は神託を巧妙に隠しておられました。どうやらオブライオンの教会に不審を抱いておられたようです。神聖文字で書かれた日記が聖女様のお部屋に隠されており、最後のページにそのお言葉が神託であったと記されておりました。王国の司教も、その日記は神託の内容も含めて知らないようでした。日記の内容は神聖国の当時の上長にしか話していません」
「「……」」
「ねえレイ、この子、連れて行っていいんじゃないかしら?」
「……イヴに一つ聞こう。勇者をどうするつもりだ?」
「この手で報いを受けさせます」
「戦闘能力が無いのにか?」
「……短剣術なら多少、それとこれは誰にも話していないのですが……闇の属性魔法が少し、使えます」
「なるほど、それで闇の精霊が見えたのねー、そこだけ引っかかってたのよ。でもレイも意地悪ね~」
「?」
「わかった。俺を利用するつもりだったなら断ってたが、いいだろう。同行を許す」
どの道、俺は勇者を殺す依頼を受けてるから俺がやるんだが、自分で手を出すつもりがない者を連れてはいけない。守ってやるつもりも余裕も無い。『鑑定』の能力は確かに魅力的だが、それだけでは同行させられないからな。俺もリディーナも『勇者』の存在はこれまで一切話していない。このイヴの話は、恐らく教会のトップシークレットだ。聖女が殺されたことも、勇者のことも一般的には知らされてないんだからな。それを話したということは、教会を裏切ったことと同じだ。教会というより、女神アリアの信徒という訳か……。俺のことを女神アリアの使徒と見ているなら、裏切る可能性は低いか……。
「ありがとうございますっ!」
「んもう、レイったら素直じゃないんだから」
「?」
「とりあえず、宿に戻るぞ。詳しい話は後だ」
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