第39話 魔女

 ――オブライオン王国 王宮地下――


 九条彰は他の勇者達より一足早く、オブライオン王国へと戻っていた。


「やあ」


「あら、どうしたの九条君。戦争してたんじゃなかった?」


 ここは王宮の地下にある、元は宮廷魔術師の魔術師長の研究部屋だったところだ。壁一面に設置された棚には、古い本とガラス瓶に入れられた様々な物で溢れていた。


 今のこの部屋の主は、『魔女ウィッチ東条奈津美トウジョウナツミだ。


「もう終わったよ」


「随分早くない?」


「流石は南の不死者軍団ってとこかな。でも、次は人間の国だからね~」


「人間の国だからどうなの?」


「おいおい、ボクらの国を悪の国にする気かい? 不死者の軍団が国軍なんて、世界中から『人類の敵』認定されるじゃないか。だからこうしてキミにお願いしに来てるんだけど?」


「悪の国ね~ あまり変わらないんじゃない? まあいいけど。それで? 素材サンプルは? これ以上は素材が足りなくて無理なんだけど」


 九条は比較的空いてるスペースに『氷古龍ヘーガー』の一部を魔法の鞄マジックバックから取り出した。


「何これ?」


「『龍』だよ。そこらの亜竜モドキとは違う、正真正銘のね。それと、コレ」


 続いて竜人の遺体を数体取り出す。


「珍しいだろ? 何やら龍の血が混ざってるって話だよ?」


「へー 興味深いわね。次は生きてるのが欲しいわ」


 東条奈津美は、竜人の遺体と龍の死体の一部を観察しながら答える。


「龍は無理だけど、竜人は手配しよう。丁度捕まえたのがいるからね。一人は色んな意味で特別な竜人だからなるべく大事にしてほしいんだけど?」


「特別な竜人?」


「『竜の巫女』って言われてる特別種だよ。しかも王女様。ただのアルビノと思ってたけど、特殊な『眼』を持ってる。『鑑定』して視たけど『竜眼』って言う予知の能力があるらしい。本人はまだ使い方が解ってないっぽいけどね」


「ふーん…… 予知ねぇ~」


「まあできたとしてもほんの少し先のことまでだろうね。仮に嘘をついてて、予知の能力で未来が見えるなら、竜王国は落ちなくて済んだんだし」


「『魔眼』の一種ね」


「魔眼?」


「簡単に言っちゃえば、魔法や魔導具で起こす現象を、見るだけで起こせる眼のことよ。人によっては炎を出せたり、石に変えたりとかね。文献には数件が確認されてるだけだわ。殆ど突然変異ね」


「文献って、あれ全部読んだの? ……てか読めるんだ?」


「……別に関係ないでしょ」


 東条奈津美の雰囲気が変わる。


 東条奈津美は秘密主義だ。九条や高槻達とは利害関係による協力者でしかない。能力に関しても、東条奈津美は自分で『魔女』と言ってるだけで、九条の『鑑定』で分かったわけではない。詮索されるのが嫌いなのか、これ以上聞くなという空気が流れる。


 東条の機嫌が悪くなるのは九条にとっては都合が悪い。


 九条は慌てて話題を変えた。


「それにしてもすごいね~ これ」


「……どれも失敗作よ。魔石も全然足りないし、この辺の魔物はどれも使えないからこれ以上の成果は出せないわ」


 九条の前には、ガラスの筒に入った様々な異形な生物がいた。辛うじて人間らしいとわかる物から全く別の生物まで様々だ。『魔女』の能力は不明だが、これを東条が生み出してるのは間違いないのだろう。


「これなんか強そうだ」


 ガラス筒に入った、人間より一回り大きい体の生物を指差して九条が呟く。


「それはダメね。豚鬼オークぐらいの知能しかないし」


「でも、元の人間より強いんでしょ?」


「さあ? 魔法が使えないから身体強化を使える人間には劣るんじゃないかしら。それに女と見るとすぐ発情しちゃうから使えないわよ」


 東条奈津美は、九条の問いに興味なさげに答える。東条自身は、竜人と龍に注意が向いている。


「すごいわコレ。見事にヒトと別の生物が融合してるわ。龍の血を解析すれば何かわかるかしら。龍だけ? 他の亜人は何と……」


 東条奈津美は、ブツブツ呟き何やら考え込んでいる。


「じゃあ僕は行くけど、なるべく早く成果が欲しい。まだ時間はあるけど次の戦争には使いたいんだ」


「無茶言うわね。それなら、もっと亜人が欲しいわ。竜人とは別のヤツも」


「あ、そうだ、たしかエルフがあったんだった」


 九条は鞄からエルフの女の遺体を取り出す。


「南にあげようと思って忘れてた」


「これ頂戴」


「いいけど、南には内緒にしといてよ? それと、エルフこれ高いしレアだから。これ以上補充できないからね」


「エルフの国には攻めないの?」


「場所がわからない。存在することは間違いないんだけど、人間は行ったことがないらしくて情報が全く無いんだ。エルフ自体は、他の国でも見かけるらしいけど、滅多にいないみたいだよ。レア種族ってやつさ」


「綺麗だけど、耳がキモいわね。小鬼ゴブリンみたい」


「実際に亜人をみると、やっぱ僕らとは違うよねー」


「見た目だけじゃないわよ?」


 東条奈津美は、メスのようなナイフを手に持つと竜人の胸を開く。心臓の辺りに手を入れ、探るようにして小さな魔石を抜き出した。


「あっ」


 まったく躊躇せずに遺体を弄る東条奈津美に、やや引きぎみだった九条だが、竜人の胸から取り出された魔石に驚く。


「凄く小さいけど魔石があるのよ。前に手に入れた獣人にもあったわ。私も解剖してわかったんだけど、どの文献にも載ってない。この世界じゃ遺体を解剖する文化がないから知られてないみたいだけどね」


「不死化する可能性があるからね。それより、ひょっとして人間にも魔石が?」


「調べたけど人間には無いわ。もっとサンプルが無いとなんとも言えないけど、亜人と言っても魔物と一緒で魔石がある。でも人間には無い。興味深いと思わない? この世界には魔素がある、最初はその影響かと思ったけど、人間と一部の動物には魔石がないのよ。進化論を全部信じてるわけじゃないけど不思議よね? まあ魔力が強い人間を調べたわけじゃないからまだ確定じゃないけど」


「ちなみにだけど、人間に魔石を埋め込むとかはしてな――」


「とっくに試したわよ。拒絶反応で死んじゃったけど。人間の質の問題か、魔石の質か、まあ適合したからって魔力が強くなるぐらいだろうし、もう試そうとは思わないけど。他にも魔石の融合とか、呪いの研究もしたいけど、時間も素材も足りない。優先は、魔石と亜人ね」


 不穏な話を立て続けに話す東条に、やや引き気味の九条彰。


「わ、わかった。魔石は優先的に回そう。竜人も手配する。そのかわり『鬼人兵』の件、最優先で頼むよ」


「……わかったわ」


「じゃ、よろしく~」

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