第21話 王都の勇者達②

「あいつ等の居場所は俺も知らない。なんか分かったらまた呼んでくれ」


 川崎亜土夢が、そう言って会議室から出ていった。釣られて他の面々も会議室を後にする。東条奈津美も会議室から出ようとしたその時、

 

「高槻君、ちょっといいかしら?」


 このクラスの担任教師、志摩恭子シマキョウコが高槻祐樹に尋ねた。


「探索に行った子達の動向は何か知ってるかしら?」


 探索に行った子達というのは、一か月前にこの国から冒険者となって『古代遺跡』の探索に行ったクラスメイト達のことだ。


(珍しい……。てか、高橋はどうでもいいのかね? この教師)


「僕のところにはまだ何も。一応、何か分かったら教えて欲しいとは言ってありますが、何かあっても手紙ぐらいしか伝達手段がありませんからね。冒険者ギルドの彼女達の口座に資金は振り込んでますし、手紙もギルド経由で送れますから何かあれば伝えることはできますよ?」


「そう……。ならいいわ、ありがとう」



 志摩先生はそう言って、帰ってしまった。キリッとした佇まいのいかにも「デキル女」の雰囲気で美人の志摩恭子。眼鏡に口元のほくろがセクシーと、男子の心を掴んでるらしいが、先生自身は普段から生徒には興味が無い姿勢を一貫していた。それに、この世界に召喚されてからは一層生徒から距離を取っている。普段は男子禁制の後宮に籠っており、こういった場に現れるのは滅多にない。


(……こいつホントに教師だろうか?)


 

 私達のクラスは、召喚されてから暫くして、この世界を発展させて住みやすくしようと、この国の王都に残る『王都組』と、一日も早く日本に帰ろうと帰還の方法を探している『探索組』、そのどちらも選択していない『中立組』とに分かれていた。それぞれ明確な意思を示して行動する者もいれば、私のように態度を曖昧にしている者もいる。


『中立組』の抱える一つの不安は「果たして同じ時間軸の日本に帰れるのか?」という点だ。というのも、ここでの暮らしに慣れてきた頃に、王宮の宝物庫で発見された文献と遺物を見たからだ。


 この国には約二百年前に、勇者が魔王を倒した『勇者伝説』がある。この世界の人達には、お伽話として伝わってるポピュラーな話らしいが、私達には一部真実かもと思わせる表記と遺物があった。


 一つは『日本語』だ。この世界の文字で書かれた書物の中に、日本語のメモ書きがあったのだ。二百年前の日本と言えば、江戸時代後期ぐらいだろう。外国の船が往来して騒いでた時期だ。しかし、記載されてた日本語には、明らかに現代知識を表す内容が書かれていた。「無線機」や「銃」、「電気」といった漢字が書かれていたのだ。江戸時代にも「電気」や「銃」はあったかもしれないが、「無線機」はどうだろう? 私達には江戸時代の日本人が書いたものとは思えなかった。


 もう一つは、遺物として保管されていた『折れた日本刀』。勇者の一人が所有していた剣らしいが、刀身の真ん中から折れており、刃こぼれも酷くボロボロだった。当時のこの世界の人間が、勇者にあやかり同じような「刀」をいくつか再現したらしいが、勇者のような戦果は挙げられず、その形の剣は廃れていったらしい。


 日本刀に詳しい響曰く、仮に日本の刀をこの世界に持ってきても、魔物に対しては厳しいかもと言っていた。日本刀は人体より硬い魔物を斬るようには造られていないかららしい。実際に遺物の日本刀は折れており、刃こぼれも酷かった。他にも剣を振る技術が刀と剣ではどうとか何やら言っていたが、後半は良く理解できなかったので覚えていない。


 この『日本刀』の存在が私達を困惑させた。


 理由は、その『日本刀』の価値だ。響が柄を分解して銘を調べたみたところ、少なくとも室町時代以降の刀で、博物館で展示されるレベルの高価で貴重な刀らしい。そこらの道場で気軽に振れる刀ではなく、現代の剣術道場でも所持して使用するなどあり得ないと言っていた。金持ちの愛好家が所持していた可能性もあるし、大昔に日常的に使用していた所有者の可能性もあった。私達のようにいきなり召喚されたとしたら、日常的に帯刀していた可能性の方が高かった。


 残念ながら『勇者伝説』には四人の勇者がいたことしか書かれておらず、その容姿や名前などは伝わっていない。それはそれで違和感もあったのだが……。


 都合よく考えれば、現代に近い時代の日本語のメモ書きを残した人物と、「日本刀」を持っていた人物が同一人物で、この世界の時間は日本より流れが早く、私達が今帰っても日本ではそれほど時間が経っていないということ。


 悪く考えると、メモを残した人物と、日本刀を所持していた人物が別の、二人の人間だった場合、且つ、日本刀を所持していた人物が現代人ではなかった場合、この世界と日本が並行して時間が流れてないということであり、二百年前の勇者達は、現代日本人と、刀を日常的に帯刀していた大昔の日本人がこの世界で同時期に存在していたということ。それは、私達が日本に帰ることができた場合、どんな時代に帰ることになるか分からないということだ。


 これにはクラス内で議論が分かれた。


 しかし結論は出ないまま、月日は流れた。


 ある者は帰還を諦め国を乗っ取り、またある者は、諦めきれずに帰還への手がかりを探しに国を出た。



 そしてどちらも選べない者達を含めて、私達は徐々に壊れ始めた……。


 

 私、東条奈津美も、この手は既に人と魔物の血に染まっている。剣と魔法のファンタジーな世界と言えば聞こえはいいが、ここは命がとても軽い世界。生きていくためには平和な国の日本人のままではいられない。



 ――『魔女ウィッチ』の能力スキル――


 今日も私は、魔導の深淵を覗きに地下へ行く。


「そう言えば罪人生贄が減ってきた。困ったなぁ……」


 …

 ……

 ………

 

 ――『王宮国王執務室』――


 三人の少年が、この部屋本来の持ち主を他所に、テーブルを囲み話をしている。テーブルの上には紅茶のカップが三つ。しかし、部屋には三人の他に青年と初老の男の二人が、緊張の面持ちで壁際に立っていた。


「隼人、死んだかもねー」


「どうしてわかるんだい?」


強奪コピーしたのはいいけど、灰色表示グレーアウトしていた表示がさっき見たら白色オンになってた」


「「?」」


「今まで『称号スキル』は強奪コピーしても使えなかったんだけど、急に使えるようになったんだよ。『勇者』だけね。ほら」


 少年の手から突然『聖剣』が現れた。桐生隼人の聖剣と形は異なるが、神々しいオーラを放つ剣は、まさに『聖剣』と言われて納得する存在感があった。


「すごいな。……死亡が発動の条件かい?」


「さあね? そうかもしれないし、桐生が能力を失っただけかもしれない。まだ死んだと確認できてないからね」


「能力を失う? そんなことがあんのか?」


「わからない。僕らの能力だって地球の理屈じゃ説明できないんだ。クラス全員の能力もわかっていないしね。僕らの能力に干渉できるスキルを持ってるヤツがいるかもしれないよ?」


「クラスの誰かがやったって言うのか?」


「そこまで言ってないけど、可能性はあるかもね」


桐生達アイツラも色々派手にやってるしな。この世界の奴にやられたとしてもおかしくない」


この世界の住人原始人にか? あり得んだろ~」


「この国にはいないみたいだけど、『竜』を討伐できる冒険者もいるって話でしょ? 甘く見るのは良くないよ?」 


「でもまあ、とりあえず桐生達を探させるのは変わらないね。死んでれば能力の確認ができるし、生きてれば、この騒ぎの責任でも取ってもらおう」


「そうだね。まあまあ犠牲者が出てるみたいだから、処刑とかすれば国民は納得するかな?」


「勇者が処刑されるとか、笑えるな」



 少年達は立っている青年と初老の男を見る。



「桐生隼人、高橋健斗、本庄学、須藤雄一の四人を探せ。桐生が優先だ」


「それと早いとこ王女を見つけろ」


「「……」」


 壁際に立っていた二人の男は、この国の若き国王と宰相、ウェイン・ケネディ・フォン・オブライオン国王とザック・モーデル宰相だ。二人とも苦虫を嚙み潰したような表情をして返事をしようとしない。


 パチンッと少年が指を鳴らす。


「「くっ! かはっ! ぐかか……」」


 二人同時に首を抑え、苦しみだす。


「まったく、この国の人間は本当に馬鹿ばかりだな」


「かっ……はっ……た、助け……」


 パチンッと再度少年が指を鳴らし、顔を真っ赤にした二人が急速に息を吹き返す。


「「ごはっ ごほっ ごほっ ごほっ……」」


「いいかい? もうキミ達二人は絶対に必要って訳じゃないんだ。キミ達を使う方が効率がいいから使ってるだけなんだよ? 王女に関しても見つからなければ他の王族の女でもいいんだ。僕らの役に立たないなら、死んでもらうよ?」


 涙ぐみながら咽ている二人に少年が冷たい声で言う。


「ほんと原始人共は学ばないな。何度目だよ? いっそもう腐乱死体ゾンビにでもしちまうか? ムカつく態度はできなくなるぜ?」


 三人の少年達はニヤニヤして床に這いつくばる二人を見下ろす。


「「ヒィッ!」」


 二人は揃って悲鳴を上げ、顔を青褪めさせる。その言葉が脅しではないと知っているからだ。この部屋に紅茶を運んできた侍女も含めて、すでに何人もの使用人や騎士が不死者アンデッドに変えられている。


「ほら、わかったならさっさと行きなよ」


 国王と宰相は揃って頭を下げ、慌てて執務室から出て行った。


「態々、指なんて鳴らさなくてもいいのに」


「演出だよ。演出。雰囲気出るでしょ?」


「しかし、あれがこの国の王様だってんだからな、笑えるぜ」


「無能もいいとこだよ。前王を殺しちゃったせいで、かなりの遠回りだ」


「早いとこ、例のモノを見つけないとね~」


の力ってヤツか? ……本当だと思うか?」


「さあね?」


「まあ焦らず行こう。まだまだ準備が必要だ」



『オブライオン王国』。この国は既に『勇者』達の手に落ち、新たに動き出していた。

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