第16話 レイの過去①

 十代の頃、強くなる為に色々な格闘技に手を出した。だが、大概の格闘技は同じ体重の相手を想定したものばかりで、俺の求めるものではなかった。街の喧嘩なら十分だったが、殺しには向かなかった。競技化した武道は危険な技、人を死に至らしめる技は失われ、教える人間もいない。俺は特に体格に優れた訳ではなかった。自分より大きな人間を殺すには既存の格闘技の殆どは参考程度にしかならなかった。


 偶然ではあったが、ある古武術の達人と知り合う機会があって教えを乞うことになった。病気で余命宣告を受けるまで、生きてこれたのはこの師との出会いがあったからだ。九十歳を越えても未だ現役で、俺は一度も立ち合いで勝てたことがない。何でもありの本気の殺し合いでも瞬殺されるだろう。信じられないことに、その師匠じじい、間合いの中なら拳銃の弾も避けるのだ。


 後から知ることになったが、俺が学んだ『新宮流』は、戦国時代から続く忍びの流れを汲んだ古武道の一派で、師匠はその本家の長だった。新宮家は、全国に合気道や柔術、剣道、弓道など、現代の時流に合わせた道場を展開する古武道家の大家だ。師匠に出会った頃は、小汚い格好に地味な道場で稽古をマンツーマンで付けてもらっていたので、そのこと知ったのはずいぶん後だった。


 腕が上がった頃に連れてかれた山奥の裏道場では、世界各国から殺しを生業とした者たちが集まり師匠の指導を受けていた。俺はそこから命がけの鍛錬を行うことになった。


「お前さん、もうじゃろ? ここはそんな奴らの集まりじゃ。さてどうする? 帰るか? 今なら戻れるぞ? ん?」


 今でもあのニヤニヤした師匠の顔が忘れられない。自分の生業を話したことは無いが、何故か師には見抜かれていたようだ。だが、人殺しに何の躊躇いも見せない師匠に俺はついていった。


 裏道場では、安全に配慮などの言葉はなかった。壊すか、壊されるかのやり取りだ。流石に命のやり取りまでは無かったものの、死んでもおかしくないことの連続だった。特に俺は、師匠から剣術を無理矢理教えられ、何度も斬られた。だがそのおかげで強くなった。……と思う。


 師匠ジジイは戦時中、刀で敵兵を斬り殺しまくって、ようやく奥義の門を開いたとか言ってたり、自分の手で育てた剣士と死合いたいとか酒の席で言っていたのは絶対冗談ではなかった。


 山奥の裏道場で日本人は俺だけだった。それが理由かはわからなかったが、よく面倒を見てもらったことは数少ない人とのつながりの中で、死ぬ思いをしながらも楽しかった。


「儂の代でこの流派は終わりじゃな……」


 酔うと決まってそう呟く。


「息子も孫も曾孫おるが、人を殺すことは強要できん。人を殺し、殺し合い、生き残ってこそ武よ。曾孫に剣の才が多少見えるが、流石に幼い女の子に人を切り殺してこいとは言えんしの……」


 クックックと笑いながら酒を煽る師に「確かにそうですね」と返すしかなかった。


 現代日本に生まれて、武道の為に人を殺す必要なんてないだろう。特に剣術なんて極めてもはっきり言って活かす場が無い。現代の熟練した兵士なら、剣で切りつけられる前に、銃で眉間を打ち抜ける。剣が有利な場面は極めて限定的で、剣を極めても活かせる戦場は現代の地球にはない。


 例外なのは師匠ジジイだけだ。あの抜刀術と隠形術はヤバイ。間合いに入ったら最後、腰に帯びた刀から瞬きの間に首が飛ぶ。比喩ではなくリアルにだ。それと、本人を目の前にしても存在が認知し難い不思議な隠形術。あれなら屋内限定で現代でも通用する。……いや、野戦でも誰も勝てないかもしれない。


 体術にしても同じだ。『新宮流』の技は、急所を的確に突き、体格に左右されることなく相手を殺傷する技術だ。平和な日本で伝えられる技術じゃない。指一本で人を殺せる技術を会得してどうしろと言うのだろう? 護身の正当防衛どころか一撃で殺人者だ。俺には役に立ったが、現代では明らかに過剰な技術だ。


 だが、世界的に見れば需要はあった。特殊作戦を行う軍の特殊部隊員や、非合法な作戦を行う政府機関の工作員などにだ。師匠は、はじめは自衛隊の秘密部隊の隊員に手解きをしていたらしいが、その関連で米軍をはじめ西側諸国の特殊部隊員達に密かに広がり、技術を教えることになったらしい。流石に街中では目立つので、山奥に秘密の裏道場を建てたらしいが、これを知る者は極一部だ。


 師匠としては、自分と死合いができる人間を育てたかったらしいが、その意図は誰にも伝わらなかっただろうし、叶わないだろう。俺だって勘弁だ。十回やっても十回死ぬ。


 各国の特殊部隊員達は、体術と短刀術を中心に稽古が付けられ、よく俺が相手をさせられていた。俺からすれば力をつけるのに願ったりだったので、喜んで相手をしていた。やがて俺が教える立場になり、その関係で傭兵として活動するツテを得られたわけだが、当時は日本国内で殺し屋として活動していたので、傭兵として活動しはじめたのは二十代半ばを越えた頃だ。


 監視カメラに携帯電話の進化、SNSの浸透、デジタル機器の発展によって殺しの仕事は激減した。需要は変わらずあるものの、殺しを行う者も依頼した者も多大なリスクを負うことになり、利益が釣り合わなくなった(それでも頑張ってる殺し屋さんはいる)。今は外注が主流だ。外国人に端金を渡し、通り魔的に襲わせてその日に帰国させる。杜撰なやり方だが、日本においては有効な手段で、プロの殺し屋は商売上がったりだ。


 しかしながら海外では紛争や内戦、先進国による非合法な特殊作戦などが今も変わらず行われており、腕の立つ人間の需要はあった。正規の兵士を使うより、外部の人間を金で雇う方が安上がりの世界で、依頼を失敗しても正規軍を使うよりずっと安く済む。だが失敗してもらっても困るので、腕の立つ人間には仕事があった。日本人はこの世界でいない訳ではないが珍しく、コールサイン:レイブンとして海外のその筋ではまあまあ活躍できたと個人的には思う。死なずに四十過ぎまで生きていたってことはそう言うことだ。


 米国で軍事訓練を受け、銃器の扱いやサバイバル技術を学び、非合法の傭兵として特殊作戦も行うようになって、世界の裏を知った。一見、争いとは無縁の日本も第三国での戦争の恩恵を受けて成り立っている。豊かな生活を支える天然資源を巡る争い、紛争に勝ち、利権を暴力で奪って現代の生活が成り立っている。平和な世界の裏側で、戦う人間の需要は未だある。



 理不尽な任務も生還した。生死を彷徨う怪我もした。らなきゃられる。そんな世界で俺は生きてきたが、今も常に背中に師の姿がある。


 ―『いつになったら儂を殺せるんじゃ?』―


 魔法を覚え、新たな肉体で鍛錬をするも、頭に浮かぶのは師『新宮幸三シングウコウゾウ』。


 くそ……。まだジジイを殺せる気がしないな。勇者はもっと強いんだろうな……。

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