第二十二話:旧王国の後継者

前回のあらすじ!



思えばあの時が奴の最大の隙だった。あの時、殺せていたら。


――アルバートの日記 帝国暦100年ごろ?



アレクシア様の使った雷魔法について、事実だったかの議論は今日も続いています。

数々の学術論文を遺した彼女が意図的に秘匿した可能性はありますが、雷の正体が解明され、雷の原理が解明されるはるか昔に、事実として大規模な雷を落とした証拠があります。(図1:中央大平野から産出された閃電岩)

現在、集団意志の力だけで気象を動かすには当時の人口ではエネルギーが足りないと言う研究者が多数を占め、彼女が本当に神だったとする説が最も有力とされています。


――『高校魔法学教科書』 112頁より。




――帝国歴98年10月下旬 ランカスター王城 大広間



「それでは……講和会議を始めましょうか。司会は仲裁者としてこのアレクシア=オーリオーンが務めさせていただきますわ」


 アレクシアが手を叩いて宣言する。

 大広間に用意された机の周り、席に着いているのは上座にアレクシア。そしてソロンとエリザベスが下座で向かい合うように座る。彼ら三人の後ろにはそれぞれの部下や士官たちが座り、固唾を呑んで見守っていた。


「まず、ソロン、エリザベスの二人。既におふたりとも戦闘行為の停止に合意しておりますが、改めて署名をお願いしますわ」


 そう言って差し出された紙に、先日戦った二人が無言でさらさらと署名をする。それを受け取ったアレクシアは厳かにその署名を確認した。


「……間違いありませんわね。ありがとうございます。それでは、ソロン。何か要求は」


「……息子と生存者の返還。それと兵士の遺体の捜索許可を」


 敗北に打ちのめされたソロンは、それ以上を求めなかった。

 この後は自分と息子の罪が明らかにされることを予期して、そしてそれが抗いようのない真実であることを覚悟して。


「エリザベス、貴女は?」


「はい。先日のアイオロス=クセナキス殿の引き起こした襲撃事件による損害、そしてそれによって引き起こされた帝国軍との戦争での損害。こちらに纏めてあります。この全額を帝国軍に、それと同額の賠償金をクセナキス家に要求いたします」

 

 エリザベスから既に渡されていた資料を読むソロン。総額で、帝国一の大貴族である自分の家の財産の半分にも迫る莫大な金額。まだアイオロスの事件の詳細を聞いていなかった彼はその額に驚き、資料を投げつけた。

 町人と兵士のたった二百程度を殺しただけでこんな額になるのか。彼には当然ながら信じられなかった。


「ふ、ふざけているのか、文字通り桁が違うぞ! こんな額はいくらなんでも法外ではないか!?」


「静粛に。いや……貴方はまだ知らなかったはずですからね。混乱するのも無理はありませんわ」


 そう言ってアレクシアが犠牲者の名簿を渡す。さっとそれを見たソロンの顔が青ざめた。

 その彼に彼女は解説した。


「見慣れない名前が多数いると思いますの。それはアンドロメダ連合国からの観光客……しかも向こうの貴族御一行ですわ。我々ペルサキスで行っていた観光事業ですので、賠償は肩代わりしておりますが、エリザベスへ請求しておりますの。その額が上乗せされている形ですわね」


 今頃ニキアスが頭を下げに行っている頃でしょう。と続けるアレクシア。そしてそのまま名簿を読み続けるソロン。帝国の家名の殆どを把握している貴族の長である彼は、西側諸侯やペルサキス家が筆頭である東部派閥に所属する貴族商人などの名前を確認し、血の気が引いた顔で肩を落とした。 


「帝国内の被害者についても、全てエリザベスへ請求が行っていますわ。もちろん法に基づいて裏付けは取っていますから……これ以上の請求があった場合は、わたくしから首都の裁判所へ不当請求であることを証明する、ということを保証致しますわ」


「……理解した。連合国が謝罪に応じなかった場合は?」


「誠に不本意ながら、我々ペルサキスが矢面に立ちますわ。帝国の盾ですので」


 アレクシアは心底嫌そうな顔を隠さずに言い切った。

 その表情を見たソロンは、自分の再びの敗北を悟り、エリザベスの方を向いた。


「…………その額で合意する。エリザベス、支払いの期限はいつになる?」


「年内で。それ以上の遅れがあれば利子を」


 凛とした表情で短く言い放つエリザベス。

 利子、などと言い出すとは。そこの皇女の入れ知恵だな。と彼は理解したが、だからといってこの場で反論は出来なかった。


「そうか。すぐに支払う。……アイオロスの返還を」


 あっさりとした承諾を聞いて心の中で喜ぶエリザベス。しかし必死で表情には出さないようにして、彼女は振り返って勇者の名前を呼ぶ。


「分かりました。アルバート、アイオロスを」


「承知いたしました」


 士官として出席していたアルバートが一旦席を立ち数分後。手枷を着けられたアイオロスと共に現れた。

 エリザベスがその手枷の鍵を外そうとすると、アイオロスが小声で彼女に話しかける。


「エリザベス殿。いずれまたお会いしましょう」


「こっちはもう会いたくないわよ。じゃあね」


 同じく小声でそう返答して、彼女は鍵を外した。

 解放した彼をソロンの後ろへ座らせると、アルバートも席に戻る。

 見守っていたアレクシアが手を叩き、両者の講和の終わりを知らせた。しかし、ここからが彼女にとっての本番。



「これにて一件落着、ですわね。ということで」



 あぁ……来たか……この皇女がタダで仲裁などするはずがない。ここからはアレクシアから二人に対して、様々な要求が突きつけられる番だ。とエリザベスとソロンの二人は理解した。


 こほん、と軽く咳払いをしたアレクシアは今度はお願いをする側として、なるべく畏まった言葉に直す。


「ソロン宰相閣下に領主エリザベス殿。ランカスター領をペルサキス領の保護下に置くことに同意をしていただけませんか」


 帝国の諸貴族に対して賠償の遂行を円滑に行うため。そしてランカスターに対する今回のような不法な弾圧を取り締まり、帝国の経済発展に協力させるため。とアレクシアは付け加えた。

 すでに予想していたエリザベスは顔色を変えなかった。しかし、ソロンは少し考えて反論する。


「……宰相として同意できかねますな。ペルサキス家の利益が大きすぎます。それにランカスター人の移動の規制にも反します」


「あら、エリザベスは同意しているようですわ。それにあの法、西側諸侯では既に機能していないようですわねぇ……その辺も含めて我々が監督しますのよ」


 知り得ないはずの情報を既にこの皇女が知っていたことに、エリザベスは驚いて声が漏れる。

 ソロンの顔を伺うと、怒り心頭といった様子で睨みつけられ、彼女は身が竦む思いだった。


「えっ……皇女殿下……何故それを……」


 引き攣った顔でアレクシアに目線を向ける。不敵な笑いを浮かべる彼女。

 既にアレクシアはシェアトからの報告があった、あの夏の時点で不審に思っていた。いくら有名ラングビ選手でも、ランカスター人が堂々と講演会などを開けるはずがない。そう思って調査させたら案の定、移り住んだランカスター人の集落が見つかっていた。いつか使おうと思っていたネタ。ここで出すには丁度いいとアレクシアは考え、突きつけたのだった。


「あらあら。知らないとでも思いましたか? まぁいいでしょう。ソロン宰相閣下。ペルサキスで保護、監督することに異議はありますの?」


 しばらくソロンは顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。

 しかし、自分ほか中央貴族がランカスターを監督、断罪したときの反抗のリスクを考えれば、結局アレクシアの提案に乗るほかない。自分たちはそのネタで西側諸侯から絞ればいい。リスクの高いランカスターは押し付けるべきだ。と彼は判断した。


「それならば良いでしょう。しかし、今後のランカスター人の問題は、全てペルサキス家の責任になることを理解していただければ、と」


「もちろん。貴方がた中央貴族がやるよりは良いと思いますわ。エリザベスもそうですわね?」


 宰相の了承を得て、満足そうな笑顔でエリザベスの方を向いてアレクシアは念を押す。

 

「……分かりました。皇女殿下……我々ランカスター家については……」


「まぁ収入がなくなっても困るでしょうし……徴税権のみ残します。それ以外についてはペルサキス家から人をよこしますので、彼らの指示で。それと貴女はペルサキスへの出向を命じますわ」


 領地からの最大の収入源であるはずの徴税権を簡単に放棄したこと。これをソロンは怪しんだ。ランカスターの税収で稼ぐのではなく、統帥権を奪い戦力として使うつもりだろうか。しかし何のために……と考える。

 まさか帝国に対し反乱でも起こすつもりなのか? と脳裏に浮かぶが、この皇女はペルサキスで大成功を納める実業家でもある。今の地位を捨てるとは彼にはとても思えなかった。


 一方、今度は自分が人質というわけか……とエリザベスは落胆した。しかし元より死を覚悟してアレクシアに跪いたのだ。生きていられるだけで御の字だと思い直し、彼女は少しだけ気が楽になった。


 無言で考える二人を前に、アレクシアはソロンへ更に要求を重ねる。


「それで宰相閣下。アイオロスの身柄もペルサキスに貰いたいのですわ。連合国に直接謝罪に向かわせたいので。本当は貴方も行くべきだと思いますが、宰相の仕事は忙しいわけですし」


「ふむ……それについてはこちらの落ち度。拒否はできませんな」


 できればペルサキスで引き取ってくれないだろうか……と言いかけたソロンだったが、人質になると誤解させておいたほうが都合がいいだろう。と既に息子を見放していた彼は、打算を隠して承諾した。


 それでは……と契約書や誓約書を何枚も用意していたアレクシアが二人に渡す。

 すでにアレクシアの署名が入ったそれらをよく読みながら、二人は署名を重ねた。更に一つ一つの書類に割印を押し、念入りに契約を改める。帝国の法律に則って事細かに作られた条項のあまりの用心深さに、ソロンは感心していた。

 

「流石ですな。商売の国のお方は」


 皮肉めいているが、彼なりの称賛だった。


「大事なことですのよ。貴方が宰相という立場を濫用して、契約を反故にしなければ役に立たない書類ですけれど」


 アレクシアは皮肉と受け取って、涼やかな顔で流す。

 ソロンは苦々しい顔をして。しばらく書類を真剣に読み直していたエリザベスは諦めた顔で納得して。それぞれの署名と捺印を終えて自分の分の書類を受け取った。


「ではこれにて全て終わりですわね。もう10月も終わりですから、11月から取り組んでいきましょうか」


 そう言ってアレクシアが席を立つ。周りの士官たちが続々と退出する中、ソロンとエリザベスはお互いの目を睨み合いながら、静かに座っていた。

 唐突にソロンが口を開く。


「領境の防衛、見事であった。実に五倍の戦力を相手によく持ちこたえた。それは称賛に値する」


 軍人としての素直な賛辞。宰相としての威厳、そして帝国軍での立場を失ったことを理解した彼は、少し清々しさすら感じさせる表情で、目の前の彼女を称えた。


「ありがとうございます。宰相閣下」


 負け惜しみでも言うのかと思っていた彼女は、その賛辞に対して儀礼的な感謝を述べる。

 しかし老人は彼女の心を抉るように、続けて負け惜しみを言い放つと席を立つ。


「今回は我々の負けだ。貴様も含めてな。……兵の命と引換えに金を得た貴様らは……貴様らの夢……独立を失った。少なくともあの皇女の下にいる間は」


 憮然とした表情のエリザベスは反論できずに、唇を噛んだ。



――講和会議が終わりしばらく。エリザベスは執務室にアルバートを呼びつけていた。



「エリザベス様、何の御用でしょうか?」


「……アルバート。あたしはペルサキスに人質に獲られるわけだし……当分はあんたがランカスター人の象徴よ。それを理解してほしくって。今は皇女殿下……アレクシア様に反抗しないことと、未来の独立のために、皇帝を打倒するために、味方を増やすこと。あんたに任せるわ」


 部屋に入ってきた彼に、真剣な表情で語るエリザベス。

 アルバートは彼女の目を見て小さく頷いた。ただ、いきなり言われて彼は逡巡した。


「しかし……俺は王族でも……貴族でもないですし……」


 不安がる彼。エリザベスは力強く彼の胸を叩くと、目をそらす彼の顔を両手で挟み、その目を無理やり合わせて激を飛ばす。


「それが何の問題なのよ? 平民や奴隷の人数の方が圧倒的に多いの。あんたは彼らをまとめる資格があるわ。あんたが命を張ったからワシムだって、あの海賊たちだって独断で……あんたを救うために死ぬ気で戦ったのよ。正直あたしから見て、あんたのが帝国の貴族連中よりよっぽど貴族だわ」


 目を丸くするアルバート。しかし言葉を返さない彼に苛ついたように、彼女は続けた。


「自覚を持ちなさい! 勇者アルバート! ソロンが失敗した今が最大のチャンスなの。ウジウジするんなら目標を立ててあげるわ……収穫祭を潰した帝国の、百年祭よ! 再来年の1月!! その場で大反乱でも起こしてやるのよ!!」


「百年祭……」


 帝国暦100年を祝い、首都で盛大な祭りが開かれる事が予定されていた。

 既に各領地には通達が行われ、来年の初めにも一般向けに発表されることになっている。

 エリザベスは、その場で帝国への不満を爆発させてやろうと考えていた。そして革命組織のスコルピウスもそれに向かって静かに動いている。その指揮を自らの代わりにアルバートに任せようと、彼女は彼に言い渡したのだった。


「分かりました。引受けさせて頂きます」


 決心した顔でエリザベスの目を見返すアルバート。その表情、その言葉に満足した彼女は手を離し、彼を下がらせようとして、最後に一つと付け加えた。


「そういえばアンナにプロポーズまだなんでしょ。ちゃんとしなさいよ?」


「……それは……では、すみませんがこれで!」


 収穫祭以来、ずっとドタバタしていたせいでまだだった……と、痛いところを突かれた勇者は、苦笑いで逃げていく。

 それを見送ったエリザベスは、アンナの苦労を思ってため息が出た。



――ランカスター反乱の冤罪から始まったこの短く小さな戦争。これが最初の引き金であった。

 

 争いを続けて鎮め、自らの民の心を掴み、国内の敵であったランカスター人すら味方につけた皇女アレクシア。

 重税に苦しみ、反帝国を掲げる民衆の英雄として立ち上がることを決めた勇者アルバート。

 そして威厳を失った宰相ソロンと帝国軍。

 

 辛うじて保たれていた、このオーリオーン帝国の従来の秩序と均衡が崩れ始めたのだった。

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