増殖する幽霊

 困惑していると、幽霊はまたも「うらめしや~」と、お決まりの台詞を言いってきます。


「う、うらめしや~」

「とりあえず、出てきた以上は何か理由があるはずです。あなたはいったい、何をそんなに恨んでいるのですか?」

「うらめしや~」

「良かったら教えていただけませんか? 未練があってこの世に留まっているのなら、力になりたいんです」

「うらめしや~」

「安心してください、私達は祓い屋。迷える霊をあるべき所に還す者です」

「う、うらめし!?」


 あれ、なんだか一瞬、変な声をあげたような?

 だけどすぐに気を取り直したように、彼女はこっちに向かって来ます。


「うらめしや~、ここから立ち去れ~!」

「きゃっ!」


 ぷかぷかと浮いている幽霊でしたけど、意外と動きは素早く、横に跳んで体当たりしてきたのを何とか避ける。

 すると葉月君や北大路さんも、同じように距離を取ります。


「話をする気はないか。仕方がない、ここは応戦して、まずは大人しくなってもらわないと」

「それしかありませんね」


 すると途端に、北大路さんも声を上げます。


「よーし。それじゃあ知世ちゃん、勝負の内容だけど、先にアイツを大人しくさせた方が勝ちってのはどう?」

「えっ? ま、まあそれでいいですけど」

「よし、決まりね。じゃあ行くよー。嘘は善、偽りはまこと──滅!」


 ピストルの形を作った北大路さんの指先から、矢のような光が放たれる。


 えっ、もう初めるのですか!? こっちは準備だってできていないのに!?


 だけど抗議する間もなく、放たれた光は白装束の幽霊へと命中しました。

 しかし──


「えっ?」


 光が当たった瞬間、幽霊はまるで煙のように、スッと姿を消したのです。


 今の攻撃で、倒したのでしょうか? 

 いえ、きっと違います。さっき北大路さんが使った術はダメージを与えることはできても、浄化することはできないはず。


 それに浄化されるにしても、消えるのが早すぎます。普通は、もっとゆっくり消えていくはずですから。

 北大路さんも違和感があったのか、首をかしげます。


「あれー、おかしいなー。確かに当たったと思ったのに、全然手応えないよー」

「やっぱりそうなんですね。浄化されたって感じじゃありませんでしたもの」

「二人とも、油断しないで。もし倒せていないのだとしたら、まだその辺にいるはず。いつ襲ってくるか分からな……」


 不意に言葉が途切れる。

 葉月君の視線を辿ると、その先には先ほど消えたはずの幽霊が、何事もなかったようにぷかぷかと浮いていました。

 白装束に天冠を着けた、髪の長い女性の霊が、二人浮いていました。


「ちょっと、増えてるんだけど!」

「メチャクチャそっくりなんだけど、まさか双子だったってこと?」

「待ってください。あの人達の後ろからも、何か来ます」


 すると社の方から一つ二つ、何かがこっちにやって来るじゃないですか。

 この時点で嫌な予感はしたのですが、姿がはっきりすると、予感は確信に変わりました。


 神社の奥から姿を表したのは、先の二人と変わらない姿をした、女性の幽霊。

 さらに続いてもう一人、またも女性の幽霊が。


 そして続々とそれに続く、

幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊幽霊。


「なっ!? 何なんですかこの数。あり得ません!」

「これくらいの数のゾンビにマシンガンで対抗するゲームがあったけど、これだけ大量の幽霊が出てくるなんてどういう状況!?」


 出てきた幽霊の数は、ざっと百体くらい。

 たくさんの霊が一度に出る場所と言うのは確かにありますけど、ここがそうだったのでしょうか?

 それにこの数、私達だけで何とかできるかどうか。


「どうしましょう。ここは一度引いて、作戦を立てて出直した方が良いかもしれません」

「その方が良さそうだ。問題は、この数からどうやって逃げるかだけどね」


 葉月君の言う通り、敵の数が多いと言うことは、逃げるのも大変と言うこと。

 以前、七人岬の事件の時も苦労しましたけど、今回の数はその比じゃありません。

 無事に脱出するためには、三人で上手く連携を取らなきゃいけません。

 けど……。


「あたしはイヤだよ。逃げるなら、風音と知世ちゃんだけで逃げて」

「は? まってルカ。状況分かってる? この数相手に、どう戦うつもりなの?」

「だからって、尻尾を巻いて帰れって言うの? 冗談じゃないよ。あたしは一人でも戦うから」


 そう言うと北大路さんは先ほどと同じように、手でピストルを作ります。


「嘘は善、偽りは真──滅!」


 放たれた光によって数体の幽霊が消滅する。

 そしてそれが開戦の狼煙になったように、集まってきた幽霊達が一斉に動き出しました。


「うらめしや~!」

「うらめしや~!」

「うらめしや~!」

「ああ、うるさい! 来なよ、あんた達の相手はあたしだよ!」


 言うや否や、駆け出す北大路さん。

 すると集まっていた幽霊達は、一斉に彼女を追っていきます。


 無茶です。一人であれだけの数を相手するなんて!

 どれだけ血の気が多いんですかあの人は……。


「ちっ! ルカのバカ! わざと自分から囮になったな!」

「へ? ど、どう言うことですか!?」

「アイツ、あんなこと言ってたけどさ。きっと囮になって、俺達を逃がす気なんだ。アイツはそう言うやつなんだよ」

「そんな、まさか……」


 よく見ると、北大路さんは群がっている幽霊の間をかぎ分けて神社の奥。つまり出口とは反対方向に走っています。

 そして幽霊達は完全に彼女を標的にしているので、残った私達の脱出は簡単。まさか本当に、私達のために囮に?


 信じられませんでしたけど、私は北大路さんと今日会ったばかり。

 対して葉月君は、彼女のことをよく知っています。そんな彼が言うのですから、その通りなのかも。

 けど、これだと北大路さんはどうするんですか。一人でどうにかできる数じゃありませんよ。


「仕方がない。トモは逃げて、この事を師匠に連絡するんだ。俺はここに残って、ルカのフォローをするよ」

「何言ってるんですか! だったら私も残りますよ。一人だけ逃げるなんてできますか!」


 これだと結局、北大路さんの囮には何の意味もなくなってしまいますけど、元々彼女が独断で始めたこと。

 なら私たちだって、好きにやらせてもらいますよ。


「い、言っときますけど、別に北大路さんのために残る訳じゃないですからね。まだ勝負はついていないのに、怪我でもされたら迷惑なだけなんですからね!」

「結局その、勝負って何なの? それに何さそのツンデレ発言。ま、まさかトモ、ルカの事を好きになっちゃったって事は……」

「どうしてそうなるんですか! バカなこと言ってないで、さっさと北大路さんを助けに行きますよ!」


 北大路さんはのろのろと追いかけてくる幽霊の大群相手に、逃げながら応戦しています。

 けど、あのままだといずれ限界がきます。やっぱり、一人で囮になるなんて無茶だったんですよ。


「トモ、技を合わせるよ。天に星、土に命、還りたまえ──」

「了解です。迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ──」

「「滅!」」


 同時に放った光が、集まっていた幽霊の集団を襲い、5、6体が姿を消しました。


 不意打ち成功。

 すると、北大路さんを標的にしていた霊達が、私と葉月君にも目を向けてきます。

 これでいいのです。北大路さんだけが狙われるのは避けられますから。

 けど、驚いているのは幽霊だけではありません。


「ちょっとー! 二人とも、何で逃げないのよ!」

「バカ言うな、ルカだけ置いて逃げれるか! 囮になろうとしたことなんて、バレバレなんだよ。後でしっかり怒るから、覚悟しておけよ!」


 不満を漏らす北大路さんと、それを一蹴する葉月君。

 けど怒ってはいても、彼女のことを心配しているのはよくわかります。葉月君にとって北大路さんはそれだけ、大切な人だと言うことなのでしょうか?

 って、今はそんなこと考えてる場合じゃありませんね。この大群と、いったいどうやって戦うか。


「北大路さん! 私と葉月君で援護しますから、まずはこっちに戻って、合流してください!」

「オーケー、やってみる」

「落ち着いて行動すればできるはず。さっきのでわかったけどコイツら、数は多いけど一体一体が驚くほどもろいから」


 葉月君の言う通りです。

 いくら不意をついたとはいえ、一回の攻撃でやけにあっさり倒せたと言うか、手応えが無いと言うか。

 何か、違和感があるような……。


「トモ、どうしたの?」

「何でもありません。それより、早く援護を」

「だね。天に星、土に命、還りたまえ──滅、滅、滅!」


 葉月君が再び術を放ち、私もそれに習います。

 するとさっきと同じように、当たった幽霊はあっさりと姿を消していきました。


「うぁぁぁぁぁ」

「う、うらめしや~」


 やっぱり、手応えが無さすぎます。

 もちろん手強かったらそっちの方が面倒なので、良かったのですけど、違和感が拭えません。

 すると北大路さんが混乱する幽霊の間をかい潜って、こっちに向かって来ます。


「嘘は善、偽りは真──滅! ありがとう風音、助かったよ! あ、知世ちゃんもありがと」

「わ、私は祓い屋として、仕事を全うしているだけです。それよりこれ、どうするんですか」

「うーん、一体一体はビックリするほど弱いから、3人もいれば案外ごり押しで何とかなったりしない?」


 それは、どうでしょう?

 確かにこの霊達は弱いですけど、このままやっつけていって本当に終わるのでしょうか。

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