第53話

凜火りんかを、返せ……ッ!!」


 血の海を爆散させ、オレは伝説ヘカトンケイル級怪異に迫る。さっきオレと凜火が作った魔力シールドの亀裂は、まだ塞がりきっていない。

 無数の腕が頭上から降り注ぐ。全て無視する。刀を振りかざし、シールドの亀裂一点だけを狙って、振り下ろした。

「──ォオオオオオオオオッ!!」

 ──バギンッ!!

 シールドがついに砕け散る。次の瞬間、怪異本体の肉の壁に異変が起きた。

 ただの肉の壁にぷつり、と亀裂が走る。亀裂は見る見る内に皺が走り膨らみ唇となり、その奥には歯茎が、歯列が生まれ、巨大な口となった。

 口の中は歯列が何重にも連なり、暗い奥底まで続いている。全身から血の気が引く。

 ビビるな、殺れ。

 シールドを打ち砕いた刀を、巨大な口に突き入れる。ほぼ同時に無数の腕がオレの身体に絡みつき、猛烈な力で締め上げる。

 歯茎に突き刺さった刀に、オレはありったけの魔力を注ぎ込んだ。刀身に施された魔導回路が、青銀色の光を放つ。

 ボギッ、と嫌な音が響く。左腕の肘から先がありえない角度を向いていた。それでも魔力を緩めない。

 刀身の輝きが、魔導回路を埋め尽くす。過剰な魔力供給に、回路が臨界する。

 だが、それでいい。

「吹っ飛べ、バケモノ」

 刀身に亀裂が走る。直後閃光が弾け、刀身が爆発した。

 さながら対人地雷のように破片が周囲に撒き散らされる。巨大な口を、オレを締め上げていた腕を、そしてオレ自身を、鋭い破片が引き裂いていく。

 身体中を引き裂かれ、青銀色の《賢者の石》が露出する。伝説級怪異もただでは済まず、巨大な口は半分近くが消し飛び、その奥には──

 黒い、ただ黒い闇が広がっていた。

「なんだ、これ──」

 呟いた瞬間、無数の透明な手で掴まれたかのように、オレは闇の中に引きずり込まれた。


 

 柔らかい草の匂いにくすぐられて、目を覚ました。

 穏やかな風が吹き抜ける。空は穏やかに晴れ渡り、羊のような雲がのんびりと流れている。

「怪異に呑み込まれたんだよな……?」

 立ち上がって自分の身体を見下ろす。傷だらけになったスーツと、右手には柄だけになった刀を握り締めていた。

「ここが、伝説ヘカトンケイル級怪異の内部……? だったら、凜火も!」

 周囲を見渡す。どこまでも続く草原の中に、巨大な構造物が目に入った。

 その傍らに、人影が横たわっている。

「凜火っ!」

 刀を投げ捨て、オレは駆け出した。

 石の構造物に近づく。六角柱の柱が円形に立ち並び、空に向かってい伸びている。そのすぐそばに、凜火が倒れていた。

 見たところ外傷は……でも。

「りんか、凜火! おい、おきろっ!」

 彼女の頬を触れて、その冷たさにゾッとする。

「うそだろ、なあ、起きろって! なに死んでんだよッ!」

 肩を掴んで揺らしても、閉じられた凜火の瞳は一向に開かれない。


「起きろよ! 頼むから! 起きたらキス以上のことだって、いくらでもしてやるからッ!!」

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