第42話


   6


 週明け月曜日の放課後、オレたちは部室に集まっていた。

 参考書を広げて勉強していたイリスが、正面に座るさわりを睨む。

「さわりさん。どうしてあなたがここにいるのよ」

「別にいいにゃろ。アタシもこの事務所に入るんナ。隠し通路の入り口はあるし、暗くて寝やすくてメシも食えて一石二鳥ナ」

 椅子の上に行儀悪く胡座をかいてお菓子を頬張るさわり。今日はいつもの野戦服ではなく、全体的にサイズが大きい制服に身を包んでいた。

「ここはお前の宿屋じゃないんだぞ……」

 溜息交じりにオレが文句を言うと、「何か言ったかナ?」ギロ、とさわりに睨まれた。

「いいえ全然大丈夫です」

 下手にさわりに逆らえば、オレの秘密をバラされかねない。触らぬ神に祟りなし。くわらばくわらば……

「というかなんで全員集まってんだ。今日別に何も予定ないだろ」

「何言ってるのよ。報告がまだでしょう?」

 イリスが呆れた顔でオレを見た。なんだよ、報告って……

「決まってるじゃない、土曜日の報告よ!」

 何でそんなに偉そうなんだお前……

「じゃあさじゃあさ!」恵が手を上げる。「アオハちゃんと四神楽さんのデート報告会を兼ねて、ギョパしようよ!」

 恵が瞳を輝かせながら提案した。いやなんで報告する前提なんだ。

 ……ギョパ?

「なにそれ?」「あぁ、いいわね、ギョパ」「え、伝わるのそれで?」「ギョパ! 最高ナ!」「ギョパってなに? ねぇ」「ふふ、ギョパとなると、わたしの腕が火を吹きますよ……」「ギョパギョパ~」「ギョパギョパ? ねぇ、なにギョパって!?」「買い出し行くわよ~」

「ねぇってばぁっ!!」


 ホットプレートの上で、きつね色に焼けた餃子がうまそうな匂いを放っている。

「やっぱり、おめでたいときは餃子パーティだよね!」 

 餃子パーティ、略してギョパ。なんだそれ。

 ホットプレートの横ではガスコンロに土鍋が乗っかり、同時並行で水餃子も行われている。

「で、どうだったの土曜日は」ちゅるん、と水餃子を頬張り、イリスがオレに訊ねる。

「どうって、楽しかったよ、結構……」

「帰ってくるの、結構遅かったんでしょ? どこ行ってたのよ、ね、教えなさいよ」

 イリスの瞳が爛爛と光っている。コイツ以外と下世話ネタ好きか……

「どこも行ってないっての! そうだろ、凜火」

「ええ、残念ながらイってません」……イントネーション変じゃない?

「ふ~ん? ま、そういうことにしといてあげるわ」

 イリスは含んだ笑みを浮かべて、今度は焼き餃子を頬張る。よく食うなコイツ。たんとお食べ。

「なんにしても、アンタたちが仲直りしたみたいで、なによりだわ」さもどうでも良いことのように、イリスが呟く。

「月城さん、土曜日ずっと心配してたんだよ」

「ちょっと、恵さん! 余計なこと言わなくていいわよ!」

「そーナ。ずーっと、「わたくし余計なこと言ってしまったんじゃないかしら、大丈夫かしら」って、うるさかったのナ」

「さわりさん!」

 イリスは顔を真っ赤にしてさわりの皿から餃子を奪い取る。

「なにするんナ!?」

「うるさいわねっ! 余計なこと言う子はこうよ!」

 イリスが餃子を皮と具に分解し始めた。はしたないぞ社長令嬢。

「そうだ恵、この前頼んだばっかりだけど、アレ、どう?」

 さわりから餃子の皮だけ押し付けられていた恵がニヤリ、と笑う。

「順調だよ。実は、月城さんにもちょっと強力してもらって」

「イリスに?」

 イリスが餃子の具にぶっ掛けていたラー油の蓋をパチン、と閉めて自慢げな顔になる。

「どうしてもって言うから、ウチの製品を売ってあげたの」

「格安で譲ってもらったんだ」

「まぁ、不良在庫でしたからね……きちんと使ってもらえるなら、それに越したことはないわ」

「なんの話ですか?」凜火が首を傾げる。ふふ~ん。「ま、ちょっとな……」

 オレが言葉を濁すと凜火は眉をひそめる。

「月城さまのご実家の魔導素材で、黒菱さまがなにか作ってらっしゃるということですよね……あ、わかりましたよッ!」頭の上に電球を点灯させて、凜火が立ち上がる。

「攻撃を受けると透けるえっちな服ですね! 素晴らしいです!」んなワケあるか。

 ギャーギャー騒ぎながらこうしていると、自分が瓦斯鬼に狙われているなんて嘘みたいだ。でも、奴は諦めてない。あの角の折れた鬼は、絶対にオレを狙ってまたやって来る。

 石榴は全て任せろ、と言っていた。たしかに、地位も実力もある彼女に任せて、オレは大人しくしているのが正しいのはわかる。

 でも、それで本当に大丈夫なのか……

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